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第36話:戦、峠防衛戦

【36】


「喜べオマエら! 敵は大勢だ! いまこそ戦士の誇りを見せる時だ、父祖に負けない勇気を見せろ! 名を刻め!」


 バルドルの呼びかけに、おおおーー、と雄叫ウォークライびが砦に響き渡る。砦に詰める男たちが喜びに震えた顔をしている。良いのか、本当に良いのか、もしかしたらこの戦で死ぬかもしれないのだ、もう家族にも、愛する者にも会えなくなるのかもしれないのだ、本当にお前たちはそれで良いのか。俺の胸中の不安を吹き飛ばすかのようにバルドルはなおも皆に呼びかける。


「里を守るのだ! 家族を守るのだ! 隣には兄弟たちがいる! 共に行こう! どこまでも行こう!」


 おおおおおーーーーーっ、雄叫ウォークライびが高まってゆく。古強者は拳で胸を叩き足を踏み鳴らす、新参の若い戦士も緊張で青白い顔色から頬を薔薇色に染め声を上げ始める。もう、どこにも恐れを抱いている者はいない。不安と歓喜が混ざり合い、いま命が輝いているのが見える。俺にも見える。そうかイトゥン、いまお前の言っていることが分かった気がする、どうだ、俺の命も輝いているか。

 息を大きく吸いこみ、剣鉈を抜き放ち、俺は言った。


「共に行こう――。戦士たち、配置に着け」


 初夏の日差しを受けて、剣先が煌めいた。



☆☆☆☆☆



 九十九折つづらおりの峠道には複数の関を設けている。

 俺は山の中腹に駐機させていたヒトガタに乗り込むと、ヒトガタの眼と耳を最大同調ハイリンクさせ現場を俯瞰した。


 第一の関は、山岳部特有の岩や石が増えて道幅が狭く急峻になっている場所の先にある。幅広い場所でも二名程度が並ぶことができるのがせいぜいの峠道で、狭い場所ならば一人がやっと進めるだけという狭さだ。それがけっこうな距離となっている。そこに続く峠道を、まずは果国の兵士でも軽装備な勢子せこのような者たちが鉈を手に、芝や低灌木の枝葉を切り分けながら進んでくる。それに続いて、弓・槍を持った屈強な男たち。峠の細道の、もっとも奥まった場所にたどり着いたところで、道を閉鎖するように柵が設けられているのに勢子が気づく。「なんだ?」と脚を止めるも、後ろからは蟻の行軍のようにぞくぞくと人が詰めてくる、「おい止まれ、柵が――」勢子の後方へ伝達をしようと口が開かれたところで「行くぞ」という小さな声が聞こえた。


 柵のこちら側から向こう側へ、長い長い槍が突き立てられる。岩場に身を隠していた槍持ち戦士たちの攻撃だった。勢子の先頭で柵を壊そうと斧を取り出していた兵士の腹に、はがねの穂先が突き刺さる。ごぼりという音と共に兵士の命が消えた。「え? あ?」という声があちこちで上がり、ずぶりずぶりという音がする。「敵か――」そういう呟いた先頭集団の兵隊長と思しきやや華美な衣を身に着けた男の頭上に、石がばらばらと降りかかる。がっ、ごっ、ばきっ、という重くくぐもった音がしたと同時に悲鳴が上がった。


 崖の上にはずらり二十名ほどの戦士が並び、投石器による投石を続けていた。勢子の後方では反応の良い者があわてて逃げだし始めるが、道幅が狭く、後続の兵が大勢詰めかけているため先が詰まり、なかなか逃げ戻ることはできず、すぐに立ち往生を始める。またうずくまり両手で頭を抱える者がいるが、そこにも容赦なく石が投げ入れられる。紡錘形に削られた石が、頭上の七~八メートルから勢いよく投げ入れられたら、運が良くて骨折であり、運が悪ければ死ぬ。そしていつかは運が尽きる。兵士たちは混乱し、互いを突き飛ばしあうようにして逃げ惑う。中には本当に味方から崖下に突き飛ばされる者まで出る状態だ。


 ひととおりこちらの投石と槍攻撃が続いたところで、果国側は後方から弓矢を飛ばしてきた。先頭から二番目の集団からの矢だ。距離と高低差があるためその全てが脅威とはならないがその矢数は多いい、百や二百の矢が一度に飛んでくる。ごうっという音がした数瞬後に、激しく地面を叩くような音がした、矢が地面を穿つ音だ。度胆を抜かれる騒音だった。

 十名二十名という数で行動を起こしている戦士側にとって、矢の一割でも届けば身を引かざる得ない数であった。鈴なりに並び投石を行っていた戦士たちは、矢の飛翔音がすると同時に隊長からの合図により投石場所から身を翻し、姿を消した。「逃がすな――っ!」と果国兵士の声と共に、果国二番手集団から一部が突っ込んでくる。倒れた兵士たちを脇にのけ、跳び越し、蹴り飛ばして突き進んでくる。そこに再び戦士たちからの投石が行われる。

 戦士たちは逃げ出したのではなく、矢を防ぐために作った天井の覆いのある場所に身を隠しただけなのだ。突撃兵が進んだことで敵味方の距離が近くなり、弓兵は弓を射かけることができない。が、幾人かは味方の損害を気にせず矢を射かける兵士がいた、確実に崖上まで矢を届かせる自信がある腕自慢か、もしくは他人の損害を考慮しない馬鹿者か。しかも距離もある、集団による一斉射ではなく個別であるがためそう当たるものではない、投石隊は時折飛んでくる矢を警戒しながらじりじりと後退し投石を続け、確実に眼下の兵士たちを打ち倒していくことができた。中には果敢に弓兵へ向かって投石をする者もいる、高さがある分こちらがやや有利にも思えるが、連投には向かず、投げる際は姿を大きく晒すことになる、危険だ。


 やがて突撃兵士が打ち倒され、引き換えし、姿を消したところで三番手集団が集い始める。木板を頭上に掲げた「盾」兵士の集団だった。

 身を寄せて隙間なく固まるその姿はひとつの生物のように見えた。ゆっくりゆっくりと着実に進んでくる、進む先に倒れて呻いている兵士たちがいれば手渡しで後方に送り戻し、もしくは救えぬ怪我と分かればすみやかに崖下に叩き落し、着実に迫って来る。そのじりじりとした歩みをする集団へ投石隊が再び石を投げ込む、飛んでくる矢を警戒しながら。

 しかし「盾」に阻まれ致命傷を与えることはできない。数発が盾を貫いたが、それによって生じた隙間もすぐに別の盾によって塞がれた。なによりほとんどの石は阻まれていた。石を当てられた盾はぐらりと僅かに傾いただけで進軍を止めることなく迫ってくるのだ。そこに再びものすごい数の弓矢が飛んでくる。放物線を描き、頭上から襲い来る矢は、盾を構えている兵士たちにとっては気にすべきものではないが、投石器を大きく振り回す戦士たちにとっては危険極まりない。

 そして盾集団は第一の関、柵へとたどり着いた。柵の向こう側で盾を固めて団子を作り、団子の中心で手斧を振りかぶる。槍戦士が柵のこちら側から雄々しい叫び声をあげて突きたてる、それを盾集団が押しとどめる。盾が割れ、槍が折れ、鮮血が滲み、人が倒れ、柵がきしむ音が峠に響く、やがて―――。


「打ち破ったぞーーっ!」


 押し倒された柵の向うで、十、二十では利かぬ数の果国の兵が倒れている、それを振り返らずに兵はなだれ込んでくる。槍戦士の隊長が撤退の指示を出す。十名の戦士たちが息を合わせた最後の一突きを突き入れた後、一斉に下がる、そして隊長は下がらない。次の関に仲間を駆け込むまでの殿しんがりを勤めるつもりなのだと理解した。槍をぶおんと振るい、息を吸い、勲と鬨の声を―――上げる間もなく人波にもまれて消えた。


 死んだ! 死んだ! 同じ鍋釜で飯を食い、冗談を飛ばしあい、腕を競い合った仲間、兄弟が死んだ! 


 俺は見た。最後に笑みを浮かべ、檄を飛ばし力を魅せようとした戦士の姿を。一突きに対し、その十倍の数の槍や斧が叩き付けられるそのさまを。俺は見た。俺が殺した! 俺が見殺しにした!

 すぐに、今すぐにヒトガタを立ち上がらせ、この峠道を駆け下り果国の兵を薙ぎ払うべきだ、できるのだ、俺とヒトガタならそれができるのだ! だがそれはしてはならない、ならないのだ! ここはまだ彼ら戦士の領分で、俺の役割と彼らの役割はそれぞれ別にあるのだから。だが何の役割だ、死ぬ役割なのか、見殺しにする役割なのか、そのようなものがなぜにあるのだ、仲間が死んだのだ! 俺は彼を知っている。名も、年も、家族の顔も知っている。ともに汗を流し、ともに同じ夜空を眺め、多くの夢や希望を語り合った、彼は一族なのだ!


 果国の兵は第二の関へと駆け上がる。獣のごとき吼え声を上げ、目を血走らせ、血をたぎらせて駆けあがってくる。ひとつの槍のように、蛇の口のように襲い掛かってくる。そこに崖から大岩が落とされた。再びくぐもった音が峠をこだまする。肉がつぶれ骨が砕け命が消える音だ。敵も味方も、多くの命が消えてゆく。

 認めよう、俺は人を殺し、敵を殺し、皆をも殺す。しかし守るのだ、里を、家族を、同朋を、皆とともに守るのだ。ヒトガタのふいごが高速回転を始める。まだだ、逸るな、今しばらくは戦士たちに任せるのだ、お前の出番まではまだあと少しの時がある――。



 太陽が中天に差し掛かり、両軍の攻防は気温が上がるとともに激しさを増した。どの男たちの額からも汗が流れ、泥まみれの血すら流れた。そして太陽が西に傾きはじめた頃、戦闘開始から四刻(8時間)経過したあたりで、七つあった関のうち五つが破壊された。多くの石と、大岩と、丸太を投げ入れ、千を越える数の兵士たちをニ~三百ほど減じさせながらも、六つ目の関に取りつかれ、いま、打ち破られようとしていた。果国の兵士たちは不気味な獣のように峠をじりじりと着実に登り詰めてきたのだった。


 この関が打ち破られたら最後、残る関は山頂部、砦を囲む関のみとなる。そこにはもう効果的な罠は設置していない、平坦な広場という構造のため、最後は砦に詰める戦士団が正面からぶつかる形となる。撤退に次ぐ撤退を経て、全ての戦士たちがここに集っていた。どの男たちにも疲労の色が出ていた、肌を汗で濡らし、土と泥にまみれ、皆が満身創痍で、大小の裂傷を帯びている。正念場だ。これが最後の力だ。

 柵がぎしぎしと音を立てる。投石と弓矢が飛び交う、槍が繰り出され、投槍が飛ぶ。名も無い兵士が倒れ、名も知らぬ男たちが隊長を、陣羽織の男を打ち倒したと名乗りを上げ、その直後に打ち倒される光景を幾度も見る。押して、押し返され、また押して、また押し返される。


 俺は暖気回転させていたふいごを大きく唸らせるとヒトガタを立ち上がらせた。

 機体を覆わせた枝葉を跳ね除け、ばりばりと音を立てて巨人の姿を現す。センサー反応のみだった視界から正面パネルを併用した視界へと切り替わり、地上八メートルの視界がくっきりと現れる。俺の眼下に峠道の全景が映った。急峻な斜面と、そこをうねるようにある細道いっぱいに、蛇のように伸びた果国の兵士たちの集団が睥睨できた。正面やや後方には兵士を指揮していると思われるのぼり集団の姿も確認できる、そこから山頂にかけて、ほぼ全軍がうねうねと峠を埋めていた。


 これだ、これを狙っていた。ここの一撃で指揮集団を叩き潰し、可能ならば捕虜にする。そして峠を駆け上がり、後方から果国兵士の全てを削り潰す。千の兵団を殲滅させるのだ、一人たりとて逃さない、数に劣る俺たちが、より大きな集団に立ち向かうなら、より効果的な戦果を上げる必要がある、この里に手出しをしたらちいさな怪我ではすまないことを知らしめるのだ。そのためにここにヒトガタを設置した。反撃の機会はいま、ここだ!


 突如現れた巨人たるヒトガタの姿は効果的で、現に指揮集団は呆けているように見えた。また後方からの脅威に気が付いた兵士が上げた悲鳴と動揺が、まるで伝言のように後方から前方へと伝わってゆくのも見ることができた。全ての隊列で兵士が浮つき始めている。いまこそ反撃だ!

 俺はヒトガタを一歩進ませようとぐっと前傾姿勢を取った。

 その時、視界に煙が見えた、そして砦の戦士たちに動揺も見える。乾坤一擲、ここを逃せばこの砦は物量に押しつぶされてしまう、この機会を逃さぬよう、注意に注意を重ねていたはずの戦士たちに――なぜ?


 煙が見える、三本の白い筋のような煙が『峠の向こう側』に立ち上っている。あれは――三本狼煙? 『進軍あり!』の合図か? なぜいまになって? どこからどこへ向かって伝達している狼煙なのだろうか、そして大きな黒煙も立ち上っていた。なぜ! なぜいま里が襲われているのだ!

 俺は唖然と立ちすくんだ。



☆☆☆☆☆



 足元が指先が冷えるような感覚、胃が収縮する不快感を覚えた。しかし動揺していられる時間は無かった。俺はヒトガタを跳躍させると、一気に兵士の指揮集団へと斜面を駆け下り続けた。ひと蹴りで五~六メートル、斜面の高低差で十数メートル、その高さと距離と衝撃が流れる新緑の樹木と共に伝えられる。胃が打ちのめされ、首が顎が音を鳴らす、脳を揺らす衝撃を堪えて、枝を揺らし、樹木をへし折り、葉をまき散らせヒトガタを駆る。高速機動による視界の収縮を感じながら、一点、指揮集団と思われるのぼりと陣羽織の集団へと目を向ける。

 力強く大きな跳躍、三十メートルを超える跳躍を行い、滑り、木々を蹴倒しながら集団に向かって右手の長槍を繰り出した、そしてぶおんと一振りしながらすり脚でぐるりと半円を描き、周囲にいた兵士たちを薙ぎ払い、蹴飛ばした。悲鳴と絶叫が上がる。幟旗がへし折れ、倒れ、泥まみれになる。


 直後俺は、その戦果を確認もせぬまま一気に峠道を駆け上がった。攻撃も何も考えてはいない、ただ斜面を駆け上がる。ヒトガタの両腕は斜面に付き、四足の獣のような姿勢となって疾駆した。道に詰まる兵士という兵士を叩き潰し、なぎ倒し、踏みつけて、血と脂にまみれて駆け上がる。長槍をひっかける邪魔な樹木をも薙ぎ払い、斜面の土砂や岩を蹴り飛ばし、突き崩しながら駆け上がる。勢いそのまま駆け上がる。


 峠の頂上、砦の柵の手間でもう一度大跳躍をして、ずしんっと地響きと煙を上げて着地した。広場に詰めている戦士たちがこちらを見上げる。柵の向こう側では兵士たちが恐慌を起こしていた。

 俺は拡声器で呼びかけた。


「里からの信号だ! 山社の二番、三番、四番、五番隊の四十名は里へと戻れ! 里の防衛を確認し、襲撃を受けていたら皆を救助する! 他の残りの戦士たちは山社の一番隊の指揮のもと、このまま峠を守るんだ! 敵は混乱している、一気に叩き伏せろ! ヴィーダル! 指揮を頼む! バルドル! ヴァーリ! 四つの隊を伴い里へと戻るんだ! 急げ! 警戒を怠るな!」


 茫然としていた戦士たちは拡声器の大きな音に反応し、混乱を伴いながらもそれぞれの役割を思い出して動き出した。悪くない。固まっているよりはずっといい、動け、動き続けろ。


「俺は先んじて里へと戻る! 必ず戻る! だから峠を守っていてくれ! 必ず里を守って戻ってくるから、必ずだ!」


 そう言うと、俺は再びヒトガタを駆った。振り返らなかった。果国の兵士は混乱しているはずだ、きっと戦士たちは峠の封鎖をやり遂げるだろう、峠に残る戦士は百名を切っているが、攻め手の残存兵数はまだ五~六百余りはいる――。大丈夫だ、ヒトガタの姿はきっと彼らの肝をつぶした。恐怖にかられた果国の兵士に、積極的に攻め続ける胆力はもう残ってはいないはずだ。大丈夫だ。


 俺はそう自分に言い聞かせると、もうそのことを思い悩むのを止めた。あとは少しでも早く社と里の安否を確認し、対処するだけだ。しかしあの黒煙はなんだ、何なんだ。夕焼けに染まり始める空に、おおきくその姿を示す黒煙は俺の胸をきつくきつく締め付ける。痛みを堪える為に俺はヒトガタを大きく跳躍させた、もう一度、もう一度だ。ヒトガタは加速し続けた。この斜面、この段差を越えたら里が見えるはず、そうだ見えるはず――。

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