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第27話:戦跡、思慕、想い。

【27】


 全身を貫く電気ショックが俺を襲った。一瞬、俺の身体が青白く光ったのを見た、光っていたのは俺の眼底細胞だったかもしれない。それと同時に強制的なリンク断絶の激痛が脳を走り、電撃による全身の激痛と合わさって、俺はだらしなくも舌を出しながら痙攣し、人様にはとうてい聞かせられない獣じみた悲鳴を発した。同時に脳裏に映るヒトガタ視点の画像がブラックアウトし、五感がばらばらに粉砕されるような感覚を受けた。

 口から唾液がが飛ぶ。

 繋がる者である、操者リンカーとのリンクが切れ、作動を急停止させたヒトガタは、ゆっくりと横倒しに倒れ込み、最後に、ずずんっ、と地響きを立てて地面に横倒しになった。俺は地上4mからの落下衝撃を受け、内臓が揺れ動く痛みに全身を痙攣させた。操者席コックピットシート固定体パフから力が抜け、ヘルメットの固定が外れ、コックピットハッチが、ばんっ、と音を立てて開く。

 涎を垂れ流し、伸びっぱなしの俺の舌に外気が流れる。俺は、ずりりとシートから身体がずれていくのを感じながらもどうもしようもない。全身の筋肉が馬鹿になって指先ひとつ動かせず、口元から垂れ落ちる涎を認識しながら俺は地面に投げ出されるのを待った。もう、顔面や首をぶつけなければいいな、と願うだけだ。


 そこに、男の姿を見た。

 織りの細かい上質な麻をたっぷりと使い、色鮮やかな濃い青に染められた衣類に身を包んだ、目つきの鋭い男だった。上着は丈が短く、ズボンのシルエットは細く、肘と膝に布を厚くあてた補強がしてあった、操縦専用の衣類なのだろう。男の顔立ちは南国風に彫りが深く、くっきりとした鼻梁に、厚めの唇、濡れたような瞳で独特の色気があった。

 つらそうに身体を揺らしながら右手には剣を持ってこちらに近づいてくる。身長はわずかに俺より低い程度で、引き締まった体型、この世界では長身と呼んで差し支えないだろう。目には剣呑な光、スルトだ。奴は一足早くMSB、ムスペルのコックピットから這い出てきていたのだろう。

 一方こちらは、いまだに身体に力が入らず手足が固定されたままだ、腰に結んだゲヴンの剣を手に取ることすらできない。どれほどに力んでも腕に脚に力が入らない。歩み寄ってきたスルトは右手に持った鉄を振りかぶり、鈍い光が俺の目を射抜く。俺は悔しさを堪え、口もとを引き締め見返すだけだ。最後まで奴から目をそらすものか――。


「おいたはソコまでだ」


 スルトの背後からバルドルが剣を突き付けていた。スルトの左わき腹、ちくりと当たる位置に剣先が当たっていた。


「オマエは負けたんだ、みっともない真似はよしな」

「私は負けてなぞ――!」

「オマエの巨人が先に倒れたぜ」


 スルトの抗議を、バルドルがひとことで切り捨てる。


「戦士なら、勝てなかったことを敗北と、認めるべきだ」


 ぎりり、とここまで音が聞き取れそうなほどスルトの両手が握りしめられ、身体に力が入ったのが分かった。


「――決着は、後ほど付けさせてもらう。ここは私にとって正式な戦場ではないのだから」

「その機会があるか?」


 一度入れた力を抜いてから背筋を伸ばして傲然と言い放つスルトに対し、バルドルはわずかに剣を持つ手首を揺らして問いかけた。


「私は所属する北軍に戻らねばならん。それとも剣でそれを止めるか――?」


 質問に質問で返してきたスルトだったが、バルドルは「ふん」と鼻で息を吐いた後、首をしゃくって言った。


「いいさ、行けよ」


 バルドルが引いた理由は分かった。いま俺は彼らから3歩といった距離でコックピットに縛り付けられている、いまだに身体に力も入らない。もしここで争えば、バルドルがスルトを切ると同時に、スルトは俺を切り殺すことができる。バルドルはそれを危惧したのだ。

 スルトは剣を向けられたままくるりと向きを変えると、自分の巨人、ムスペルに向かって歩き出した。いま切りつければ奴を倒せる。だがバルドルはそれをしないだろう、一度口にした言葉をたがえるような奴ではない。胸を張って歩み去るスルトにバルドルは最後の声をかけた。


「オレらの巨人は大きく強い、何度戦おうと負けはしない」


 スルトはバルドルの声を背に受けて、四つん這いになっていたムスペルのコックピットに懸垂の要領でするりと身体を滑り込ませた後、答えた。


「次は、そうは言わさん――」


 コックピットの向うに入ったスルトの表情は見えない。しかし声音から、奴の並々ならぬ怒りと矜持が感じられた。ハッチが閉まり、ごぅん、と「ふいご」が動作する音と共にムスペルは立ちあがった。土ほこりを巻き上げ立ち上がるムスペルは、僅かばかり外装を汚したものの、右手以外に目立った損傷は無い。取り落とした槍を左手で拾い上げると、じっとこちらを見つめてきた。いま奴がその槍を俺たちに突き付ければ、俺に対処のしようは無い。バルドルも同様だろう。俺はただ黙ってムスペルの頭部を見た。バルドルも腕を組んで立っていた。

 呼吸四~五回ほどの時間だろうか、息苦しくなるような緊張感を止めたのはイトゥンだった。


 イトゥンが飛び込んできた。とす、と音を立てて俺の胸に体当たり。そのまま頭をぐりぐりと押し付ける。痛い、痛いイトゥン、なんで隠れていないんだ、早く離れろ、巻き込まれるぞ。俺は焦りながら、どこか甘い痛みを胸に抱いた、ぶつかってきた痛みとは違う、和やかな気持ちを生まれさせる何かだった。彼女のつややかな黒髪が俺の胸でよじれ、暖かな体温を写し、俺の鼻に甘い匂いが香る――。


「――次に合う時まで、その者を大事にすると良い」


 スルトは外部スピーカーでそう言い放つと、くるりとムスペルを振り返らせ、そのまま大きな足音を響かせながら、ゆっくりと村を去って行った。


「とりあえず、これで一安心ってやつかな――?」


 スルトのムスペルが山の中へ消えてゆく、バルドルが大きく息を吐き出して、身体から力を抜いてひとりごちた。もしかしたら俺に対して語りかけたのかもしれないが、俺はその相手をしてやれる余裕がなかった。


 イトゥン、やめろ、汚いから。まるで猫のような仕草で、イトゥンは俺の胸元に、顎に、頬にと頭部や頬をこすり付け続けていた。ごしごしごしごしごしごし。俺は汗だくになっていたし、先ほどまで涎を垂れ流してもいた。イトゥンの頬にそれらがこびりつくのが分かる、気恥ずかしさから俺が「いま汗だらけだから、汚れているから」といくら言っても止めてくれない。

 マタタビにじゃれつく子猫のようにその行為を止めることは無い。なんだこれは、親ライオンとはぐれて一晩過ごした子ライオンかお前は、餌を取りに行って1週間帰ってこなかった親ペンギンにまとわりつく雛ペンギンか。彼女は声にならない鳴き声ともうめき声とつかない音を発し、頭を頬を額をこすり付けてくる。イトゥンの熱い息が俺の頬に当たる、瞼に当たる、唇に当たる。最後にイトゥンは俺の頭を抱え込んで撫でまわし始めた、小熊に抱きつかれるボールような気分になった。

 傍で風が吹いた。誰かのため息が漏れた。暖かで穏やかな風だった。


「トゥージロ、ジロ、御使いさま――」


 ほうぅ、と俺の身体から緊張が抜ける。俺はやっとの思いで左手を固定体パフから抜くと、イトゥンの肩に手を当て、そして頬にこびりついた――たぶん俺の唾液を拭った。イトゥンの大きな瞳にはあふれた滴が付いていた。


「ただいま、イトゥン。俺たちを守ってくれてありがとう」


 俺は自然に沁みだす笑みとともに、帰還を伝えた。子猫の鳴き声はまた大きく風に乗った。


☆☆☆☆☆


 戦闘があったその晩を村ですごし、その時間を休息と、村の情勢を確認するために使用した。俺の疲労は前回の行軍と比べると驚くほどに軽減されており、わずか四半時(三十分)程度の休息で回復し、すぐに動き出すことが出来た。が、ヒトガタは少し調整を必要とした。

 右肩のダメージが遠因なのか、急激なリンク断絶でへそを曲げたのか、なかなか起動しない。ふいごが、ごうぅん、と動作を開始してもすぐに停止してしまう。俺は手桶に綺麗な水を入れ、ヒトガタ頭部顔面から何度も流し込んだ。水は仮面の奥の肉面にくづらを洗い流しながら、首元の管を通って全身に行きわたる。かなりの量が首元、肘、腰から装甲板との隙間で抜けてゆくが、これでも指先から足先まで繋がる正規の配水管ルートだ。人間でいうところの、顔を洗い、喉を潤し、首を拭い、手足を洗うようなもの、身体を冷やすシャワーのようなものと考えて良いのだと思う。ぶっ倒れているラガーマンにやかん水をぶっかけるようなものでもある。寝てんな、試合はまだまだ続いてるぞ、荒っぽいがそういうことだ。


 俺たちがその作業をしている間、世話をして助けてくれたのは暴行されかかってた村娘とその姉妹と母親だった。彼女たちは泣きながら額を地面にこすり付けて感謝を述べた後、俺たちの労苦を軽減すべく、沢の水汲み場を伝え、いくつもの手桶を用立て、村人たちに口添えを行い、水をヒトガタの足元まで運び運ばせてくれた。そして作業がひと段落つく頃に、果国の兵士たちの乱暴狼藉について語り、支配されていた三ヶ月(約百日間)のことを伝えるべく、村長をひっぱり出して語るように口添えをしてくれた。


 ずいぶんな苦労と心労を重ねたような、皺が濃く、暗い顔色をした村長だった。彼は俺たちを自らの家屋に呼ぶと、夕餉に誘ってくれた。菜っ葉と干し肉を煮込んだ山芋粥を食しながら ぽつりぽつりと村の状況と、知っていることを語ってくれた。


『春の息吹をまだ待っていた頃、奴らはやってきた。三百を超える戦士を連れ、巨大な獣を連れていた。村人全てを集めても六~七百人程度である我々の村ではとても敵わない。我々は降伏し、彼らを受け入れた。しかし彼らのその後の行為はいままでの戦士たちとは大きく違っていた。昼日中に白酒を飲み、乱暴狼藉を働くそれは戦士の行為ではなく、盗人のものだった。戯れに村娘をかどわかし、腹が減ったと言っては家畜を殺す。彼らは自らを『兵士』と呼び、戦士とは違うのだとうそぶいた。彼らはひと月ほどこの村に逗留した後、幾人かの兵士が三十名ほどの若い村人を攫って彼らの国に連れ帰り、残りの大半の兵士が西の山へ向かって進んでいった。村が春までにと蓄えた食料、牛馬、豚、鳥の全てを奪われ、春に蒔く種豆まで食われてしまった。我々は斜面に芽吹いた木の芽や山菜で飢えをしのぎ、隣り合う村にいる親族を頼り、わずかに恵んでもらった種を植える春を迎えた。気骨ある若者は皆殺されたか連れ去られ、土起しを共に行うはずだった牛馬は兵士の胃袋に納まっており、村の生産力は大幅に落ち込んだ。しかも我々を支配すると言って、あの巨人と僅かな数だが兵士が残り、好き勝手に振る舞い続けた。しかし、もう、我々に逆らう気力も体力も残ってなかったのだ――』


 俺は粥に浮かんだ肉片思い出しながら、村長の語る話を聞いた。あの肉はこの村のかつての労働力だった牛馬のなれの果てだったのだろうか。繁殖用のつがいまで殺され、種まき分の豆にも事欠くこの村は、はたしてこの夏を過ごし秋を終えたとき、冬を越してゆけるだけの体力が残っているのだろうか。


 村長の息子は殺され、孫息子は連れ去られた。老いた妻は春先に体調を崩し亡くなっており、息子の嫁は乱暴狼藉を受けた末に気狂いを起こし自害していた。すっかり人気が減って冷え込んだ空気が漂う村長の家に、久々に湯気と人の空気がこもっていた。バルドルと俺が救った村娘は村長の身内であり、妹家族の孫娘だったのだ。

 俺たちは、孫娘たちが支度をしてくれた夕餉を腹に収めながら、淡々と語りながら、止まらない涙を流し、語り続ける老人の慚愧ざんきの声を聴いた。


『――あの時の儂らに勇気があったなら、戦う意思を持ちえたなら、このような境遇に陥ることは無かったはずだ。誇りある者がなぶり殺しにされ、老いた者だけが残され、娘たちがただ傷つき怯える日々を過ごし続けることは無かったはずだ。全ては遅い、もう遅い、だが――。』


 老人は、はらはらと涙を流していた。虚空を見つめる瞳に映っていたのはなんだろう。かつての健やかな村の風景だろうか、頼もしい息子夫婦と孫だろうか、長年連れ添った妻の姿だったろうか。

 俺たちは話を聞き終え、一晩の宿を借りた後、村民に伝えるべきことを伝えたのち、翌朝に村を立った。


☆☆☆☆☆


 帰路ではバルドルとイトゥンを固定する木組みが無い、戦闘で壊れてしまった。そこでバルドルは縄で組んだ網をヒトガタの首に巻き、そこにくるまった。激しく走るとバルドルはヒトガタに叩き付けられることになるが、そこは網であるがゆえにしっかり固定することで補う。そしてイトゥンは、恐るべきことに操者席の隙間にはまり込んだ。


 操者席はやや長いカウチ状の椅子みたいになっている。そして操者はヒトガタが直立すると寝そべったまま立ち上がるような姿勢を取ることになるのだが、イトゥンは操者の膝に乗るようにして同席をすることを求めた。俺は「無茶だ!」と何度か止めたものの「やってみなければ分からない」とイトゥンは澄まし声で言い募るばかりだ、彼女を乗せる場所を壊したのは他でもない俺なので強くも言えず、まさか掌に乗れと命じる訳にもいくまい、あれはあれですごく危ない。

 操者席に俺以外の者が乗ることでどのような悪影響を受けるか、衝撃吸収が十分に作用するのか、そもそも俺のリンクに支障は出ないのか、いろいろな部分が大いに不安だったが、結論的には何とかなった。


 俺とイトゥンはまるでスプーンを組み合わせるかのように身体を重ねる。俺の股間に少女の尻が収まることに抵抗がなかったわけではない、そしてそれが表に出てしまうほどには俺はウブではなく、それを冗句にできるほどに俺は達観できてもいなかったが、平静を装う程度には俺は大人だった。

 身体を固定する締め付けはかなり緩くなり、衝撃に対してイトゥンの重さが俺の胸部・腹部・下腹部に加わるので、正直、これで戦闘はしたくない。アンコが出る。しかし歩行や山岳踏破程度なら可能だった。イトゥンの身長が低いので、俺の視界を遮ることもない。その代り、イトゥンは顔の下半分を固定帯パフ覆われるので、下手な衝撃を受けると固定帯パフが変形し、口を覆ってしまいかねない。そこは口の周りに板組を組み合わせることで補った。万が一、呼吸が苦しくなったら彼女は右手で俺の腰を叩く、というか押すことを合図とした。


 行きと同様に、踏破性の高いヒトガタで一泊二日の移動となる。

 夜を迎えるまでの移動八時間、こまめな休憩をはさみはしたが、少女特有の甘い香りと柔らかさが出始めている肉体と身体を重ね続けることに、俺はぐったりと疲れ果てた。そしてそんな甘い感覚とは別に、体重がのしかかられることにも精根尽き果てた。本当にアンコが出る。

 そこで時に、イトゥンが俺の腰に跨る形、つまり正面から抱き合うような姿勢をとってもらいもした。これはイトゥンが膝や肘で突っ張れる分、俺の下腹部や腹部が圧迫されたりすることはない。呼吸が楽だ、が、俺の胸元にイトゥンの熱い呼気こきがあたり、これはこれでどうにも納まりが悪かった。ゆっさゆっさ揺れるヒトガタの歩行振動が俺とイトゥンの身体をこすり合わせ、華奢な肩や、つややかな頬や、柔らかな腰が当たる。汗が流れ、濡れた肌が重なり、呼吸が絡まり、湿度を上げる。俺の吐く息は臭くはないのだろうか。そして、何とはなしに「ポリネシアン・セックス」という単語が頭をよぎり、俺はあわてて早めに休憩を入れたりした。

 そのような一昼夜を越え、俺たちは『社の里』に戻ってきた。


☆☆☆☆☆


 社の上座には大巫女のユーミル婆さんが正装して鎮座し、その傍らには巫女イズナが同じように座っている。姫巫女の席は空席だ。

 対峙するように御座を敷かれた部分に俺とバルドルとイトゥンが据わる。中央に座っているのは俺だ。俺は腹の底から声をだし、婆さんたちと、社の前庭に篝火を灯して、ずらりと揃った里の住人達に聞こえるように報告をせねばならない。

 俺たちが『社の里』に戻ってきてから半時ほど時が経過している。俺たち三人は手桶の湯で身体の汚れを洗い流した後、汗と泥で汚れた衣類を着替え、一杯の白湯を飲んだだけで、食事もせずにここに座った。社の広間側面には女官たちが勢ぞろいで着席し、縁台の隅には戦士たちが、庭の前列には里の重鎮がずらりと勢ぞろいだ。俺たちの報告をいまかいまかと待っている。俺は腹の底から声を出した。


「報告をいたします。山向うの村は、既に果国によって過酷な占領を三ヶ月に渡り受けている状態でした。常駐していたのは兵士十名に、ヒトガタを模したと思われる粗悪な巨人兵、ヨトゥンと呼ばれるものが1体でしたが、それらを切り伏せ壊滅いたしました。その直後に別部隊で、彼らの占領を観察しに来ていた高性能のヒトガタ、ムスペルと呼ばれる巨人兵一体が戦闘を挑んできましたが、これも撃退することができました。ムスペルが去ったのち、村人には『このような残酷な戦をするクニに対抗するため、いま村々が結集しており、自由を求めるならば合力し、事に当たるべきだ』と伝達いたしました。この里が中心となり村々をまとめていることは伏せましたが、彼らが望めばすぐに連絡が届くでしょう。村長は戦をせずに支配を受けいれたことに対し、深く悔やんでおりました。村の生産力は大きく落ち込んでいます、この冬を越せる蓄えがあるとは思えません。彼らが助力を求めた場合、できる限りの支援を望みます」


 一気に言い放った俺の報告に対し、社の外、前庭の前列を詰める里の重鎮たちから声が漏れる。「大戦果ではないか」「さすが我らが守護者たる継手殿よ」「戦士長バルドルの手腕に間違いは無い」「これなら安心じゃ――」


「して、敵国の姿は見極められたかな?」


 穏やかな表情を屑さぬまま婆さんが問いかけてきた。俺は大事なことを伝えるべく、再度腹に力を入れた。


「いえ、いまだ詳細は分かりません。しかしヨトゥンと呼ばれる巨体兵の保有数は十体や二十体ではない模様です。おそらく百体程度の数は有していると思われます。そしてそれ以上に強く、硬く、強靭な巨体兵ムスペルの存在を知りました。こちらの数も決して1体ではないはずです、少なくとも数体から十数体は存在するものと予測します。ムスペルの強さは我がヒトガタと同程度の強さを持ち、敵国は北方面の軍と、南方面の軍の、少なくとも2つの軍を有しています」


 俺のネガティブな報告に、どよどよとした声が社の外から漏れる。「なんだと?」「巨人が百? 強いのが十を超える?」「こっちの守護神は一体だけだぞ」「どうすれば――」


 そこで一呼吸をいれ、しっかりと婆さんの顔を見つめた後、俺はふかぶかと頭を下げた。


「お婆様のご忠告である戦闘の回避を守れませんでした、申し訳ありません」


 沈黙が落ちる。そして再びのどよめき。里の人たちの中から「軽率なことを」と言う声が聞こえた。俺は、何も言えない、そのとおりなのだから。

 すると婆様は片手を上げて里の者たちに静まるように言った後、俺に軽やかな声で問いかけてきた。


「その戦いは継手殿の独断かね? 三人の総意かね?」

「私の強い希望に、彼らは…」

「総意だ」


 バルドルが俺の声を遮って言い切った。


「三人の総意だ。兵士を切り倒す前、オレと継手は視線を交わし、同じ意志で事に当たった。イトゥンも怒りを感じ村娘を庇った。だからあれは総意だ」


 胸を張って言い切った。イトゥンもすまし顔で座っていた、当然なことをと言わんばかりの表情だった。


「戯れに村の娘を辱めるような、そんな暴挙に憤りを感じない戦士なぞいない、やつらを切り伏せたのは当然のことだと思っている。村の家畜を全て屠り、来春の種撒きの豆まで食いつぶすような無法者を従えた集団だ。里の戦士長として言う、ヤツラを受け入れることは到底出来ない」


 重苦しい沈黙と緊張が落ちる。


「もとより、承知よ」


 婆さんがにっこり笑って答えた。


「我らが同朋である『鍛冶の里』を焼かれた時より、果国は不倶戴天の敵となった。果の者たちが詫びを入れ、心を入れ替え、別のモノとなるまで、我らは彼らを受け入れることは到底できん」


 婆さんが立ち上がって俺たちのところに近づいて来る。そして俺たちの横を過ぎ、社の縁台まで出ると、集まった里の者たちに言い放った。


「この者たちは汗を流し山谷を越え、歯を食いしばり無事に勤めを果たしてきた。社の里の名を辱めることなく、高める行いを成してきた。この者たちの汗と労苦を笑うことは社の長として許さん、良いな!」


 びりりと空気が震えた。振り返った俺たち三人以外、女官に戦士の皆が平伏した。続くように里の者たちが平伏する。「ははっ」と「おうぅ」という呼応が庭に響き渡る。


 バルドルの言葉がありがたかった。婆さんの心遣いが嬉しかった。自分の行動を支持してくれること、このような場できちんと言い放ってくれる彼らに感謝した。あの瞬時での判断、行動を起こした一連の対応は、決して意見のすり合わせから行ったことではない。それでも同じだと言ってくれたバルドル。俺の判断と行動を自らのものと同一であると言い切り、背中を支え、押してくれるバルドル。気持ちの良い男とはきっとこういう奴のことを言うのだろう。

 そして里の意見と目指すものをひとつにまとめ上げるため、こうして場を整え、里の皆に言い含めるユーミル婆さん。この人の配慮と手腕に心から敬服する。

 彼らと一緒ならば戦える、彼らとならばどのようなことも乗り切れる、精いっぱい力の限り、どこまでも駆けてみせる。そういう予感をさせてくれる。俺もいつか、バルドルを支え、ユーミル婆さんの支えになってみせる。この借りをいつか必ず返したい。

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