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第25話:戦闘、巨人対巨人。

【25】


 激しい衝撃。それとともにヒトガタと直結した俺の脳が、痛みのフィードバックをそのまま受信し俺は悲鳴を上げた。胸部や頭部の骨が軋み、細胞がつぶされるのを感じた。これはヒトガタの痛みだ。痛みを感じる最中で俺は見た。倒され、打ちのめされる『俺』を見て青ざめるバルドルとイトゥンの姿。バルドルはぎりりと歯を食いしばり今にも駆け出しそうな仕草だ、イトゥンは胸元で手をぎゅっと握っている、あれは祈りの仕草だ。


 彼女に魔導は使わせない!


 五体を苛む痛みを超える何がが全身を走る。魔導によるあの不快感、生まれてきたことを後悔するような淀んだ思考、それと同化する五感全てでの共有体験、そんな辛い体験をあの幼い少女に負わせるのか。また! 俺が! 大人である俺が! 強くなりたい、強くありたい。俺がしっかりさえしていれば彼女にそのような負担を強いることは無いのだ、俺にもっともっと力があれば! 力だ! 負けたくない! 怒りと衝動に突き動かされ俺は腕を伸ばし、振るった。目の前の思いどおりにならない現実を吹き消すために。


 幸運だった。


 『俺』の腕は、連打でやや動きを緩慢にさせていたヨトゥンの振り下ろした腕を、タイミング良く横に払った。弾かれたヨトゥンの腕は狙っていた俺の胸部から外れ地面へと振り下ろされる。そして俺は、爪を伸びきったヨトゥンの腕をひっかけ、痛みから避けようと身をよじった動きを予備動作に上体を起した。引き倒される形で入れ替えるようにヨトゥンは地面に胸から倒れ込む。俺はすぐ横でうつ伏せの姿勢で地べたに倒れたヨトゥンの背中を見て、急ぎ背後に回り込むと、がっちりと腰を抱きかかえる姿勢を取った。レスリングの攻勢姿勢だ。これで多少の体重差をガバーしてみせる。


 這いつくばる姿勢でもがく相手に対し、その動きを機敏に捉え、俺は追従する。やつの右手は変な角度で地面を殴ったためかやや歪んでいるようだ。動揺から立ち直る前に俺は攻勢に出る、レスリングなら間違いなく反則技である手刀を相手の『ひざ裏』に叩き込んだ。筋肉筒が切り裂かれ、インナーフレームの関節機構にダメージを与えた感触が伝わる。2度3度と手刀を振るうたび、相手の動きはどんどん鈍くなっていった。

 右手と右膝に深刻なダメージを受け、動きが完全に鈍くなったヨトゥンから俺は身体を離した。数歩離れた位置まで下がると、うずくまった状態のままのヨトゥン頭部めがけて足を振るう。

 足先に、柔らかな感触が伝わり、ひしゃげた頭部が宙を舞った。


☆☆☆☆☆


 体液を垂れ流し、動きを止めた巨体が目の前に横たわっていた。

 勝った。体が熱い、筋肉筒が熱を持ち、ふいごを激しく動かした。しかし、総合性能ではこちらが上だったはずだというのにひどい状態での勝利だった。俺の考えなしの動作と場所選定が、相手を有利にさせてしまった。これでは今後が心配だ、もっと先んじた予測をしなければ。そして何か武器が欲しい、槍か、刀か、そういった距離を取って敵を叩き伏せれる武具が欲しい。

 俺は心の底から願った。この機体には何かが足りていない。


「おーい、大丈夫かー」 


 見ると足元でバルドルが声を上げていた。周囲には手足を切り飛ばされ、倒れ込んでいる兵士たちの姿がある。そんな中で平然と笑って手を振ってくれていた、相変わらず強く豪胆だ。イトゥンはその傍らに立ち、だまってこちらを見つめている。透き通るような黒い目がまっすぐこちらを射抜く。あの力強さなら、どうやら彼女が魔導を使う前に間に勝負を決めたのだろう、俺は彼女の負担を軽減できただろうか。サムズアップで合図を送る。大丈夫だ、お疲れさま。


 暴れまわったため、周囲の建物が数軒倒壊している。俺が当初警戒した建物は、レスリング状態で蹴飛ばしたためか半壊という状態であったが、村人に大きな怪我人はいなさそうだ。おれは大きくふいごを動かした。熱い。中天にさしかかった太陽はそろそろ強烈な日差しとなってきた。

 そこに、バルドルとは別の声が飛び込んできた。


「――なんと無様な姿だろうか、劣悪な複製で軍を組織するからこうなる。しかし、あのMultiマルチSubstituteサブスティテュートBodyボディは見たことがないな。発掘品がまた出たか?」


 何だ? 何かの声が聞こえてきた。俺は驚きながらも、なぜか自然に背後を振り返り、遠くを見つめた。

 同調中のヒトガタのカメラがすぐに遠景を切り取る。村を見下ろす周囲の山。そのうちの一つ、急峻な崖っぷちに一体の巨人がいた。距離にして二キロ弱の彼方から、まっすぐに視線がかみ合った。あの巨人はヨトゥンなのか? いや違う。いま闘った、この「肉の塊」とも言える巨人がヨトゥンだとしたら、あれはこれとは違いすぎる。とても凛々しい。


 望遠カメラ越しに見るそれは、俺のヒトガタとよく似た「装甲板」で身を包んでおり、そのカラーは黒く光り輝いていた。黒色でも鮮やかなグラデーションがあり、太陽光が当たると部分的に玉虫色のように光を反射する。頭部は水牛のような「二本角」が目立つ筋兜、それに肩と腿に追加装甲板が垂れ下がっている。印象としては日本中世期の「大鎧」だろうか、いや、腰部の装甲板は短めなので徒歩戦闘に進化した「胴丸」に近いのかもしれない。

 全体骨格はがっしりと骨太ではあるがゆえに輪郭はやや丸い、とにかく立派な鎧武者姿だ。汚れた麻布と板っきれを身にまとったゾンビのようなヨトゥンとは比べられない。

 俺は村の中央部から離れた場所の『鎧武者』をまっすぐに見つめた。


「――気が付いたか。こちらの声は届いているかな?」


 間違いない、ヤツからの思考波だ。ヒトガタ同士で語り合うための手段を『鎧武者』は持っている。


「……聞こえている」


 高台にいるそいつに向かって俺は答えだ。


「見事な戦いぶりだった、とは言えないな。かなり色あせた老朽機とはいえ、君の乗機もMSBなのだろう? まがい物との一騎打ちで地面に倒されるとはリンカーの名が泣くぞ」


 何だこいつは? ヒトガタの正式名称にパイロットとしての呼称、繋がるリンカーという名称を知っている。この時代の者ではないのだろうか? それとも俺と同じようにMSBの大脳直結ブレインリンク共有情報シェアデータでの知識を語っているだけなのか。


「……」


 思考派を漏らさぬよう意識をする。今はまだ、こちらの情報を筒抜けにして得なことは何もない。


「だんまりかね? あいにく私は南方面軍を観察に来たたけで、残念ながら戦闘は想定していない、そう身構えることはないよ。しかし南方面軍のひどさはあきれ果てる次第だね、規律も無ければ質も悪い。君もそんなのを相手にしていても手柄にならず、つまらない思いをしたろう?」


(敵の質なら悪くて願ったりかなったりだ)


 漏らさぬまま罵倒する。相手のスカした声、気取った語り口にどうにも腹立たしさを感じる。思考波だとしてもそれくらいの個性を感じ取れる。どうにも好かない相手だ。


「しかしだ。いくら程度が悪くても同じクニの同朋がやられているのだ。救出するために、やむなし、という戦闘もあるとは思わないか? それならば偵察任務からの逸脱も許されるかな? 何より、我が国以外でMSBを見るのは久しぶりだ。」

「――!」

「このスルトと、お相手、願おうか――」


 くそったれだな、この野郎。長々と語り、理屈をつけて、結局はごり押しかよ。俺は神経をいま一度張り詰めた。


☆☆☆☆☆


「バルドル、新手だ! 来るぞ!」 

「またかよ!」


 俺は思考波から意識を切り、外部スピーカーに向かって怒鳴った。バルドルが悲鳴のような声を上げる。俺の不審な動きで、既に異変は気がついていたのだろう。バルドルは切り伏せた兵士を縛りあげ、ケツを蹴り上げていた状態から、すぐに動ける体勢に入った。俺は言葉を続けた。


「敵はヨトゥン一体だが、かなり高性能のようだ。別働隊の指揮官クラスで手ごわいぞ。呼吸百回分でここまで来そうだ!」

「村人をすぐに避難させる! その後オレはイトゥンと一緒に身を潜ませていればいいか?」

「頼む、敵はたぶん強い」


 そう声を上げ、俺は先ほど倒したヨゥトンが取り落とした「棍棒」を拾い上げた。ずしりとした重さが両腕に伝わる。これがどこまで役に立つか分からないが、先制攻撃のリーチとして使わせてもらう。

 スルトと名乗った鎧武者は、急斜面を滑り降りるように降下し、こちらに向かって駆け寄ってきていた。滑らかな動きだ。そして畑のあぜ道を突き壊して直進してくる。俺のイラつきはまた高まった。


「この野郎――」


 あぜ道というのは維持するのに、けっこうな労力を必要とするのだ。泥でつねに突き固めなければいけない。ここの村人たちだって暑い夏に額に汗を流して作業し続けていたはずなのだ。そういったことを分からない馬鹿者に負けたくはない。今度の敵は獣とは違う、培養された意識体とも違う、明確な―――敵だ。

誤字訂正:2013.06.04

誤:Substituteサブジェクト

正:Substituteサブスティテュート

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