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第23話:類似、似て非なるもの。

【23】


 兵士たちがいた家屋は遠目からは「くの字」型に見える作りをしていた。外観で近しいものを上げるとすれば、馬房と家屋がつながった南部作りの田舎屋敷だろうか。しかし彼らのいた建物は特に馬房部分が大きい立派な作りのものだった。その建物に俺は音を立てないよう、身を滑らせるように入り込んだ。入り口のすだれをくぐると室内は薄暗く、一瞬何も見えないほどに薄暗い。恐怖心を押さえること数瞬、暗さに目が慣れると、母屋とぶち抜きで繋がる作りになっていた馬房に横たわる巨体が見えたのだ。


 間違いない、ヒトガタだ。


 寝そべる姿勢の巨体は頭部側から眺める状態だった、それゆえに大きさを把握することは難しかったが、おそらく家屋の大きさから考えるに俺のヒトガタと同程度の背丈と思われた。おおきく突き出た腹部と首のない丸い頭部が、まるで達磨に短めの手足を生やした姿を連想させた。外観が俺のヒトガタとは大きく違う。

 寝そべった姿勢ゆえにまるで休止しているかのように見えるが、呼吸音のような「ふいご」の稼働音が僅かにする。となると、パイロットが搭乗していると考えていい。パイロットからの干渉がなければヒトガタはわずかな動作もしないはずだからだ。

 だとしたらまずい。

 まだいまは気が付かれていないとしても、いつ感づかれるか分からない。ここで不意打ちの一撃を加えたとしても、はたしてどこまでのダメージを与えることができるだろう。一番良いのは腹部にあるはずのコックピット内部に渾身の一撃をというものだが、パイロットの同調を終えているヒトガタは、その外部装甲に触れるだけでパイロットに感づかれてしまう。胸部コックピットへ登るための足場はここから見る限り存在していない。となると腹部に登るためには、手から腕、肩、胸へと伝うような移動が必要でパイロットに気が付かれないはずがない。


 残りの弱点としては「踵の腱」に該当する培養筋肉を切り裂くことだろう。足元まで静かに、気が付かれずに移動ができれば手の届く位置にあるはずだ。足首の駆動に係る筋肉を切り裂かれると2足歩行のヒトガタの動きは格段に低下する。機動力を失ったヒトガタならば人の身でもなんとか対処は可能になってくるだろう、もちろん手負いの獣を相手にする程度の覚悟は必要だ。


 どうする?


 躊躇してると、続いて入り口からバルドルがするりとすべり込んできた。外の警戒に一区切りつけたのだろう。彼も暗闇への視覚同調を終えた瞬間にヒトガタの姿を視認すると、ぎょっとした表情で固まった。俺は「静かに、少し待て」の合図をした後、いま少し観察を続けた。


 部屋の中には酒の匂いが充満していた。母屋部分には酔いつぶれて寝ているのか四人程度の兵士らしき姿がころころと寝そべって見える。正直できればこいつらもいまのうちに切り捨てておきたい。指揮官がいるのなら生かして捕えたいが、いったいどいつなのだろう、はだけた衣類では区別がつかない。

 そしてこのヒトガタについても情報は必要だ。おそらくこれがエッダの言っていた「ヨトゥン」なるものなのだろう。果国はこいつをいったい何体所持しているのだろうか。


 しかし妙なヒトガタだ。俺がヒトガタ「MultiマルチSubstituteサブスティテュートBodyボディ」とリンクして知りえたものに、このような外観の機体は存在していなかった。もちろん前搭乗者の最終戦闘記録で見た、羽が生え、空を飛び、火を吐くというような規格外の機体もあった訳なのだから、俺の大脳直結ブレインリンク共有情報シェアデータが全能なわけではない。しかしそれにしても…。


「ずいぶんと、みすぼらしい御使いだな」


 バルドルがぽつりとつぶやいた。俺も「ああ、品がないな」と答えた。

 ひとめ見て感じる印象として鎧となる外部装甲の状態がひどすぎる、かなりおざなりだ。俺のヒトガタのような再生機能の装甲板が見当たらない。その代りに、この世界にあるふつうの布と木板で組まれたと思しき粗雑なものを身にまとっている。

 肩宛てと胸当ての部分を木製に、それ以外はあらい織の麻布だろうか。その継ぎはぎした布地の隙間からむき出しになった培養筋肉が見えるが、その培養筋肉も状態がひどい。黒ずんだ色はかなり劣化した証拠だ。もしかしたら少し異臭も放っているかもしれない。充分な休養と日光と水があれば、培養筋肉は健康的な桃色をした状態を保ち数週間から数か月の期間を待機できるはずなのに、この培養筋肉ではいまにも腐り落ちてしまいそう雰囲気すら漂わせている。そういえばいま動いている「ふいご」の稼働音も、安定しているものの、どことなく「漏れ」を感じさせる。吸排気に問題もおきているのかもしれない。


 しかし状態が悪いと言っても、肉厚の胸部、太い首に埋まった頭部を見ると、この機体の重厚なパワーを予測させられる。優美にも見える俺のヒトガタはスマートなモデル体型でダンサー的だ、それに対するに肉厚なコイツは力士かプロレスラー的な印象を与える。もしこのヒトガタがまだまともに動けるのなら、正直、正面からの組打ちで勝てる気はしない。重さがそのまま打突のパワーにつながる物理法則の世界では、吹き飛ばされる側は明白だからだ。


 いかん。余計な考察ばかりをしている、急ぎ決断をしなければ。


 現状一番良い方法は、外に倒れている兵士の死体を手早く隠し、その後、俺がヒトガタに戻るまでの時間をバルドルにここで待機してもらい、バルドルが「ヨトゥン」の足首を切りつけたと同時に俺がヒトガタでここに乗り付け、ヨトゥンと兵士を蹴散らすのが一番効果的な敵の排除方法だろう。指揮官についてはヒトガタ同士の戦闘中にバルドルに見定めてもらっておけば、戦闘後にヒトガタで確保できる。


 俺は「一度外へ出る」という仕草でバルドルに合図を送った。バルドルは何も言わずにしたがってくれた。

 と、その時、光が見えた。それはかつての夜、イズナがニョルズを救うために発していた「あの蛍のような光」そっくりだった。

 ぽつり、ぽつりとちいさく光るそれは、酔いつぶれた兵士たちから浮かびあがり、ふわりふわりと漂いながら、戸口であるこちらに向かってくる。俺たちは驚いて飛びずさる。「光」は俺たちの間を抜け外へと向かう。驚くべきことにヨトゥンからも光が浮かび上がって来ていた。なんだ? 何が起こっている? 俺たちは光を追って外へ飛び出した。


 イトゥンがいた。


 道の真ん中で、血まみれになった四人の兵士の死体と、一人のもがく兵士を見下ろして立っていた。恐怖にすくんで座り込んだままの村娘を労わるように、彼女の肩に手を載せ、イトゥンは虚空を見つめていた。いつも冴え冴えと人を見据える黒曜石のような瞳は、いまは少し焦点が合わさらない状態で虚空に焦点を合わせていた。

 「光」はイトゥンへと流れ、彼女の体の周りを周回しながら頭部に向かって収束してゆき、やがて彼女の額に触れ消えてゆく。傷を負った兵士は少しづつではあるがうめき声を小さくし、眠りに誘われているようだった。一方、イトゥンの額には汗のきらめきが見える。無表情で虚空を見つめていた表情は、徐々に苦しそうなものに変わる。

 俺は何かイトゥンにまずいことが起きているのだと思い、飛び出そうとした。しかしすぐにバルドルに肩をつかまれて止められた。バルドルは言った。


「いまイトゥンは魔導を行っているんだ」

「まどう?」


 いきなり聞きなれない言葉を発せられ、俺は聞き返した。 


「異能だ、心を読んでいるのさ」


 バルドルの答えを聞き、俺はこれがそうなのかと思った。そしてやはりあの「光」は魔法に類するものなんのだと知った。あれは「魔力」とか「魔素」とか「魔法で具現化された何か」とかそういうものなのだろう。俺の理解の範疇を超えてはいるが。

 しかし俺たちは黙ってイトゥンに見惚れていられる状態ではなかった。道の先の向うでは、家の戸口から顔をのぞかせた村人が幾人かこちらを覗き込んでいる。そろそろ人のざわめき声も出てくる頃合いだ。これではもうバルドルに待機を願い出れる状態ではない。


「イトゥンの魔導を終えるのに、あとどのくらいかかるか分かるか?」

「わからねぇよ、長けりゃ一刻はかかるぞ」


 一刻といえば一日の十二分の一だ、俺の常識で考えると二時間に該当する。


「そんなに待てないぞ!」


 俺が驚いて叫ぶと同時に、イトゥンの瞳から異様さが消え、光が霧散した。イトゥンは立ったまま気絶するかのように足から力が抜け、どさりと道に倒れ込んだ。


「イトゥン!」


 俺は叫び声を上げ彼女に近寄った。


 地べたに倒れたイトゥンの背中に、腕をあて抱き起した。くたりと力の抜けた彼女の体はやわらかく、汗ばんで熱を持っていた。しっとりと汗で濡れた背中の熱さに俺はぞっとした。まるで病で高熱にうなされている子どものようだ。やはりイトゥンにとって今回の強行移動は辛すぎたのか、そうでないのなら異能の後遺症に違いない、それともその両方なのか。とにかくここでのんびりしていていいはずがない!


「バルドル、とりあえず俺たちのヒトガタに戻るぞ!」

「分かった。ああ、この娘さんはどうするんだ?」

「村人に頼めばいい! 今はイトゥンが!」


 イトゥンを抱え俺は駆け出した。俺がこちらの様子を伺っていた村人たちの家の前まで走り寄ると、覗き込んでいた村人たちはあわてて戸口を閉めはじめた。俺は構わず「あの娘をはやく隠せ! 兵士たちに気づかれるとまた襲われるぞ!」と叫びながら突っ走った。対処が拙い村人たちと、俺自身に舌打ちをしたくなる。

 俺の両腕の中ではイトゥンが力ないまま気を失っている。軽く柔らかくか細い少女の体は、俺の両の掌を通じてあまりにも脆く儚げに感じられた。俺は背筋から力が抜けるような不安感を感じながら走り続けた。

誤字訂正:2013.06.04

誤:Substituteサブジェクト

正:Substituteサブスティテュート

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