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第22話:偵察、あの人とバルドルと。

【22】


「ひでぇもんだな」

「ああ…」


 俺とバルドルはやるせない色を隠せずにつぶやき、そのまま次の言葉を探し出せない会話をした。

 その村は踏みつぶされていた。それは収奪を終え、虐げられる時期に入ったといって良かった。倒壊した家屋がところどころに残ったままであり、畑の作物はまばらで、若者はやせ細り、子どもの笑顔は消え失せ、老人の顔色は悪く、皆が病人のように背を丸めて生きている、そんな光景だった。


☆☆☆☆☆


 あの会合の後、俺はヒトガタに搭乗し北東の道にそって一昼夜を進んだ。里から北は道なき大山脈地帯であり、そこに大部隊が侵攻し駐留しておける里や村は存在しないはずとのことなので、必然的に北東の敵国に繋がる道を進むことになった。

 ヒトガタの腹部に櫓を組み、そこに大量の布と紐を組みつけ、同行者を乗せることができるように工夫した。

 しかしこれで俺はヒトガタでの戦闘行為に制約を受けることになる。同行者が乗っているときはもちろん、下した後でもこの櫓を壊してしまっては帰路に差し障りがあるからだ。今回ヒトガタは「長距離移動手段」のみとして使われるのだ。ヒトガタがこの山深い土地で抜群の移動性能を示すのは間違いない。しかし長距離移動した先での「搭乗者の安全確保」という意味で同行者の存在を求められたのだ。


 あの「鍛冶の里」からの帰路において、俺はヒトガタから降りた際、再度の激しい眩暈と脱力感を感じ意識を失ったのだった。早朝に到着し、向かい入れてくれた皆へコックピットハッチを開けて簡単なあいさつを終えた直後、俺は崩れるように意識を失い、気が付いたら半日が経過した夜半だった。

 広間の中心で目を覚ました時、寝具を敷かれて寝かされた記憶が全く無く、ぷつりと途切れた記憶に混乱をしつつも、声すらろく出せず、うめき声を上げることしかできなかった。近くに控えていたのか、クナが飛び込んできてくれて、濡れた布を俺の額や顔を拭き声をかけてくれるまで意識は半ば朦朧としているありさまだった。冷たく濡らした布の気持ち良さと、「すぐに皆をお呼びします」と言って飛び出していった彼女の深刻な表情という印象だけが記憶に残っている。その後、わらわらと集まってきた皆の表情も「今にも息絶える子猫か子犬を見る目」だった印象がある。そんなに具合が悪そうに見えたのだろうか。


 しかし確かにヒトガタ騎乗の疲労というのはかなりのものだった。決して振動による疲れだけではなく、ヒトガタと同調して操作するという「脳」の疲労と、ヒトガタ稼働時における搭乗者が生み出す「生体電流」の放出に由来するようだ。つまり、振動衝撃への耐性、脳の疲労、道なき道を進む緊張感と集中力、身体から抜かれる電流、それら合算される疲労度となり、あまりにも高いものなのだ。

 個人的な感覚で表現するならば、自動車やバイクを運転する状態と比べ、3倍も4倍も疲労度は高かった。若い頃、一晩中バイクを走らせて旅をする週末もあった、しかしそのようなことをしたら翌朝から1日がつぶれるだろう。ヒトガタの長距離騎乗はそれを超える疲労ということになる。たぶん俺の顔色はかなり悪かったのだろう。


 そのような理由から、長距離遠征での偵察の必要性を説く俺に対して、「搭乗者」の安全と健康を確保する人員が必要とだと言うのが皆の一致した意見になった。そして安全確保、つまり戦力としてバルドルが。健康確保として、つまり身の回りの世話役として、なぜかイトゥンが同行することになった。


「なぜイトゥンを連れて行く必要があるのですか」


 俺は驚きと少なくない苛立ちを込めて皆に言った。

 同行者を決める際、立候補者を募る前に「同行するのはオレだ、里での準備はヴァーリとヴィーダルに任せておけばいい」と臆面もなく言い切ったバルドルはある意味仕方がない。彼の性格から、俺だけではとても行かせられないと思ってくれたのだろう、また彼自身、敵を見定めたいという気持ちもあったはずだ。バルドルの腕も体力も十分に承知している俺としては、「里のまとめ役」という役割にもかかわらず軽挙な判断では、という危惧以外は文句の出ようがない。むしろ礼と謝罪を述べるべきなのだ。それに里のキーマンとして軽率だというのなら俺自身がそうなのだから非難のしようがない。


 しかしそこに「私も行く」と表情少なに挙手をしたイトゥンを誰も止めなかった。むしろどこか「ああ、彼女は適任だな…」という雰囲気になったのには納得が出来なかった。彼女のような幼い子どもが、危険であり体力を要し、血なまぐさい様子や情報と接することになる旅に同行する理由などどこにもない。もし身の回りの世話要員が必要だというのなら、戦士の館から1人若いやつを引っ張ってきて、火の世話や飯の支度や水汲みなどに汗を流してもらえば良いことなのだ。

 俺の苛立ちを感じ取ったのか、皆が一様に黙る。そこに婆様が、いつものおっとりとしたとぼけ声で言った。


「イトゥンは『声を聴く』能力に長けておる。お前様が敵国の情報を求めるなら、連れて行って損はあるまいよ。」

「声を聴く?」 


 そういえば、巫女の資格を得る儀式にてイトゥンは「心の声を聴くことに長けた異能」と説明を受けていた。あれを聞いた時は「治癒の異能を示したイズナ」という部分に気を取られ、するりと情報をスルーしていたが、心の声っていったいなんだ?


「この子の前では誰もが嘘も偽りもなくなる。また相手の見た景色、過去の体験を感じ取ることもできる、敵国そのものを知るにぴったりの人材じゃ」

「そうだとしたら、そうかもしれませんが…」 


 その異能はイトゥンにとって危険なものではないのか? 少なくともつらいものにはなるのではないか? 情報を引き出そうとした対象が歴戦の勇者や残忍な人物であったら? 彼女は凄惨な現場の情景を心に移すことになるのではないのか?


「子どもには過酷です、同行を認めることは…」

「間違えるでない継手よ」


 凛とした声が響いた。

 いつものとぼけた婆さんと思えぬ声の響きだった。まっすぐに貫く視線に質量すら感じた。呼吸が浅くなる。


「ここにいる者に子どもはおらん、皆が一つの立場と一つの役目を背負って坐しておる。継手といえど姫巫女の座を軽んじることはまかりならん」


 空気がぴりっと引き締まった。

 俺は価値観の違いに頭を殴られた気分だった。そうだ、この里で子どもと呼ばれるのは乳飲み子や学童前児童ぐらいの年齢を示す。7~8歳にもなれば家事や仕事を手伝い始め、12~13歳で一人前の道の入り口に立ち、歩みはじめるのだ。かつて19世紀から20世紀初頭のイギリスでは少年期と呼ばれる時期がなかったと聞いたことがある。労働力が早い年齢から求められる世界では、子どもは「ちいさな社会人」として身を律することを求められるのだ。

 過去の日本、江戸時代や室町時代においても元服や裳着は12~13歳ではなかったか。

 俺はイトゥンに頭を下げた。


「姫巫女のお立場を軽んじたつもりはありませんが、口が過ぎました。謝罪をいたします」


 頭を下げたまま、それでも俺は悔しかった。俺はイトゥンのぼんやり気の抜けた声が嫌いじゃなかった、正直に言えば、俺は彼女の少ない言葉、軽やかに語る口調が好きだった。ひどい光景を見せつけて彼女のその軽やかさや純粋さを失わせるようなことはしたくなかった。守りたいと誓った世界と日常に、イトゥンの「今」という時間が入っているのは間違いないのだ、しかし俺はそれを守ってやることができない。

 上げた頭を俯かせて、俺はわずかに下唇を噛んでいた。そこに再びおっとりとしたとぼけ声が響く。


「これは命綱じゃ。きちんと無事に帰ってくること、それを忘れるでないぞ?」


 そしてヒトガタ腹部、コックピットハッチの右側にはバルドルが布にくるまって寝そべり、左側にはミノムシのように吊るされたイトゥンがいる様な状態で俺は一昼夜行軍をしたのだった。移動中、言葉をかけることもできないイトゥンの黒い瞳が、ずっと気になった。


☆☆☆☆☆


 「社の里」から北東、名も知らない盆地の村を見下ろせる高台、そこから俺はヒトガタのカメラの拡大能力で、バルドルはその驚異的な視力で村の様子を観察した。狭い盆地に広がった村はおおよそ150人規模だろうか、敵国の兵士と思われる者の姿は少なく、10名程度しか見当たらなかった。しかし兵士らは、村はずれのずいぶんと立派な大型家畜家屋と併設された屋敷を接収したらしく、その屋敷周辺にたむろしている姿を見た。村人はというと、その家屋には近づくことを避け、わざわざ遠回りして農作業や所要を済ませているらしい。


 村人と接触したくてヒトガタを降り、村近くまで近づいた。が、そこからが難問だった、村人は一様に警戒心が高く、見慣れぬ姿の俺たちを見ると距離を取り近づこうとしない。通りすがりの旅人を演じるつもりだったが、近づくと逃げるような仕草をされると追いかけるわけにもいかず、村人との交流は適わなかった。気が付けば草薮に身を隠した状態で村へと近づき、改めて兵士の接収屋敷を間近で眺める羽目になったのだ。


 しかしこのままではどうにも手詰まりだ。果国のやつらが攻めた村に非道なことをするのは既に知っている、俺たちが知りたいのはより詳しい果国の情報であり、軍の規模とその装備だなのだ。村人と没交渉となると、あとは兵士で役職の高そうな者を宵闇に紛れて攫うしかなくなるだろう。その手間と、その後の村への影響を考えると表情が暗くなる。そこで冒頭のような会話となったのだった。


☆☆☆☆☆


 兵士が若い娘にちょっかいをかけていた。あえて遠回りに道を行こうとした若い娘に、兵士たちは卑猥な言葉でも投げたのだろうか。娘も足早に逃げ出せばいいものを、恐怖からか、脅されたからか、足を止めてしまい、兵士たちに傍に駆け寄る時間を与えてしまった。兵士たちはその若い娘を取り囲み、小突き回しはじめた。顔を伏せ、しゃがみ込んでしまった娘を後ろから羽交い絞めにし建物へと引きずりこもうとする。娘の哀しげな悲鳴がかすかに聞こえた。兵士たちは笑いだしながら、あえて通りの真ん中で娘の衣類に手をかけた。

 

 俺はバルドルを見た、バルドルも俺を見ていた、視線が交錯した瞬間、俺たちは走り出していた。姿勢を低くし風のように駆けるバルドルの半歩あと、一歩あと、一歩半と遅れてながらも俺は駆けた。バルドルが娘の衣類に手をかけていた兵士の背後をすり抜けた時、鉄剣のきらめきを見た。兵士の延髄から血がどろりと流れ出した時には、バルドルはそれに目もくれず、奥に立ち囃し立てていたもう一人の兵士へと向かっていた。俺は娘を背後から拘束している兵士の側頭部に剣鉈を叩き込んだ。がりっという手ごたえを感じた。がくりと脚から力が抜け崩れ落ちる兵士に引きずられるように、再び腰を落とす娘の腕を取り兵士から引き離す。娘の口元に手を当て「静かにしててくれ」と声をかけると俺も再び駆けだした。

 バルドルは既に3人目と切り結んでいた。俺は最後の五人目に向かって駆け出しだ、兵士は槍を構えて息を吸っている、ヤツが家屋に残っている者たちに呼びかける前に倒したい。俺はバルドルと俺のどちらに攻撃を仕掛けるか迷うように揺れた槍の穂先を剣鉈で叩くと一気に相手に向かって飛びかかった。剣鉈の柄で頬を殴り、口元に剣先を叩き込んだ。頬をざっくりと切り裂かれた兵士は声をあげれないままうめき声をあげて地面を転がった。

 三人目を切り倒したバルドルが駆け寄ってくる。俺は槍を遠くに蹴飛ばしうめき声をあげる兵士の背に馬乗りになると手早く縛り上げた。そして手信号でバルドルに合図を送り、俺は建物の入り口に身を寄せた。粗末な筵を扉にした建物内からは特に異変は感じられない。俺はするりと身をすべらせて室内に入った。

 そこにヒトガタがあった。

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