第2話:衣、身に着けていたもの。
【2】
彼女ら3人の言い分をまとめるとこうだった。
1.ここは神域である祈りの場で「御使い」と呼ばれる「大いなる漂泊者」への加護と救済を伝える場所である。
2.近く開かれる祭りに備え、巫女は禊等の準備中であった。
3.最近、世の中は物騒になってきたから、大事な祭りである。
4.ここは男子禁制の場所なので、男性侵入者は断罪される。
5.早い話がお前の正体をさっさと語れ。
あれからそれぞれの情報伝達は混乱を極めた。というよりお互いの常識というか前提がずれっぱなしで、大事な情報が抜けた状態で説明するから始末が悪かった。たとえば俺が「会社に連絡を取りたいから電話を貸してもらえないか」と聞くと、会社ってなんだ? 電話ってなんだ? となるのだ。わーお、ここはいったいどんな秘境ですか。
ユーミルと名乗った婆様が、ややオーバーヒート気味の若い娘イズナと、物静かすぎる少女イトゥンの質問と予測を自分の疑問と見解を交えながら話し始めてやっと話が見えてきた。
「お前さまの名は、キタノトラジロウ。カイシャに急ぎ行かねばならぬ身、デンワなる道具を探しておる。道に迷い記憶も定かではない、それで相違ないな?」
「はい、そうです」
湯呑というか、茶わんというか、とにかく癖になるざらつきのある器を手の中でもてあそびながら、そう答えた。しかしなんだな、そろそろ昼ごろかな、遅刻の連絡を一つ入れるだけの話がなんだかすげぇ壮大な話っぽく聞こえるんだよな、なに? 俺は天竺までお経を取りに行く坊主かなんかなのか?
「おぬしの身の上は分かった、わからぬ部分も多くあるがそれはひとまず他に置こう」
見事すぎる白髪に、皺だらけながらかつては美しかったであろうと予測できる顔と姿勢の良さ、人の上に立つことに慣れた威厳ある声で語りだした。
「イトゥンが見つけてきたこの荷物、これは衣じゃな、これはお前さまのもので相違ないのだな?」
「ええ、そうです」
「着てみなされ」
濡れてますよ? とは聞かなかった。ひとまず衣類を身に着ける。うわ、肌に張り付く感覚が気持ち悪い。化繊生地のTシャツにYシャツに下着、スーツのスラックスにネクタイ、ベストとジャケットを身に着ける。うん、濡れたスーツってすごく気持ち悪い。
「よろしい、確かにその衣はお前さまのもののようだ」
「ご納得いただけて幸いです」
きょとんとした表情のイズナとイトゥンに向けて婆様が語りだす。このような衣は見たことがない、まずもって着方が分からん、それに手足の長さが特異すぎる。それをこの者は悩むそぶりもせず身に着けた。長さもちょうどよいようだ。となればこの衣の持ち主に相違なかろう。でしょうね、で、上着だけでも脱いで良いですか、ついでに乾しておいてくれると助かるのだけれど。
濡れた上着を残念そうに持っていると、イトゥンと呼ばれた子どもが両腕を差し出してきた。「お願いね」と言って上着やらなにやらを渡した。いや全部渡した。俺はふたたび腰巻1枚になるかと思ったが、今度は着物を1枚貸してくれた。イズナと呼ばれた娘が着ているものとよく似ている、というかそっくりだった。浴衣のようなその衣類を身に着けて袖口をつい、くんくん、と嗅いでしまった。するとイズナの顔がまた真っ赤に染まる。いかん、においを嗅ぐのは俺の癖ではあるが、こいつはいかんかったようだ。急ぎ真剣な表情を作って軽く頭を下げる。
「衣類を貸してくれてありがとう、感謝します。けっこうな品ですね」
「ふむ、邪気払いをした衣であると理解したか」
いや理解してませんが、なんすかその怪しげな形容詞。しかし疑念を口にすることなく真剣な表情を保つ。なんだろう。たぶんしばらくは向こうが話し続けてくれそうな雰囲気だし、余計なことはしゃべらず聞いておこう。
「邪気払いの衣を身に着けて平然としておるのだから、とりあえずおぬしは悪鬼魔物の類ではないようだ。邪心を表しもしないのだから、とりあえずケダモノの類でもなさそうであるな」
どんな鑑定法だよ。