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第17話:若人たちの武具。

【17】


 俺は早朝や深夜に時々ヒトガタを動かした。里や社で聞いた「困ったこと、不便なこと」に対して対応できることをしたのだ。主な業務は土木作業である。


 川に橋があれば、という意見があったので、山で大木をなぎ倒し、枝を払って3本ほどまとめて渡しておいたりした。細かい作業は後の者に任せる。大がかりな運搬と設置をやってしまえば、後は人海戦術で調整していただく手法だ。それだけで十分に手間が省ける。

 畑の横にある森についても少しつづ切り開いてゆく。樹木を、大きめの切り株を引き抜く、これだけでも開墾作業は大進歩だ。もちろんきちんとした畑にするまでには「岩、砂利、木の根」をきちんと取り除かねばならない、土も育てなければならない。が、それは人力で十分できる。馬も牛も数が少ない状態での一番の大仕事は茂った樹木の切り倒しなのだ。ここで重機ヒトガタが活躍しない訳がない。


 そういえば、馬がいた。ちいさく、小柄で、可愛らしく……気性の荒い馬だった。牛は角が怖かった。なにあれ短刀並みに怖いのですが。どちらも俺が見知った姿より小さかったり大きかったり、毛並みの色が違ったりした。知識に乏しい俺は、それらが「野生原種」なのか「モンスター」なのか区別がつかない。ここが過去か未来か、やはりわからないままであった。


☆☆☆☆☆


 鍛冶屋にも行った。前にバルドルの銅剣をへし折ってしまったのが大変申し訳なく、なんとか復元できないかと思っていたのだった。しかしこの里にいる鍛冶屋では根本的な対応は難しかった。銅剣を再度溶かし直し、再生するという方法もあるらしいが、やはり難しいという。ついでに言うと俺も鉄剣が欲しい、しかしそれにいたってはここには無く、山向こうの隣里まで行かないといけないらしい。


 俺は婆さんに願い出て、隣里へ行く許可を貰った。しかしそこで困ることが2つある、俺には銅剣修理や鉄剣購入のための代価を持っていない、おまけに道もよく分からない。婆さんは「御使い様のご要望ならば里からいくらでも代価を用立てする」と言ってはくれたがそうはいかない。俺は御使いではなく、ただの継手として認可を受けたのだ。里の指導者ではない、ヒトガタを動かす素養を持ちえたただの客人だ。

 しかしそう言うと婆さんは「なら仕事に見合った報酬を与えよう、お前様が朝夕と行ってくれた里への貢献は成人男子二十人分に値するものでな」と言って笑ってくれた。それで俺もありがたく受けることができた。

 鍛冶師のいる里で不足しているだろう品を用意した。米をはじめ雑穀、干し魚、干し貝、なめし皮、朱塗りの食器、布、いくらかの輝石と…化粧用の朱? なんに使うんだ? と思って聞いてみると、「鍛冶の里にも当然女子おなごはおる、女子がほしがる品を用意すれば、男どもも無下にはできんというわけじゃ」と行商の心得を教えてくれた。さすがだ婆さん、伊達に女を何年もやってはいないな、もう止めて久しいだろうけど。あえて年数は聞かない。


 出発の前夜、里の若衆たちが小さな酒宴を用意してくれた。ここでは隣里に行くのも結構珍しいことなのかもしれない。素朴な粥と1~2杯の濁り酒、そしてたっぷりの笑顔と会話が宴のメインデッシュだ、何も無いのに満たされた気がするのは、俺の今までの人生がえらく空虚だったからだろうか、それとも俺は何か少し変わってきているのだろうか。


 道案内はバルドルがやってくれた。男2人で2泊3日の行商旅となる、彼の所持していた銅剣を修復するためのことなのある意味必然でもあるが、折ったのは俺なので申し訳なく思い「手間をかける」というと「若頭の仕事だしな」と言ってくれた。こいつのそういった気遣いがありがたい。


 大荷物を2人で背負って山道を登る、1時間ほどおきにこまめに休憩をいれ、汗が引く前にまた登り、降り、登り、降りる。山道の何と過酷でキツイことか。岩場も多く道幅は狭い、しかしところどころ見える眺めは最高だった。バルドルも鍛冶の里へ行くのは1年ぶりということで、新鮮さを感じてくれているようだ。2人で雑穀ビスケットをかじり、沢の水を飲み、ちいさく短い無駄口をはさみながら里をつなぐ行商路を歩き続けた。

 山歩きとなるので俺はいつもの着物の下に「股引き(ズボン)」のようなものを穿いた。そして里で作られた皮の靴ももらった。少しづつではあるが、スニーカー以外の靴になれる必要もあるだろう、いつかこの靴はボロボロになって履けなくなる。しかしそうだな…可能ならはこの革の靴の底に鉄片を仕込めないだろうか、スパイクだ。山道はかなり日陰も多く、靴底がすべる、雨の翌日などでは転倒防止のため藁底の草履のようなものを履かせるのだが、それがそこそこ使えるが意外に重いわズレルわ磨耗するわという代物だった。俺はすぐに脚がつらくなり毎日半日履いただけで結局スニーカーに戻した、そうしないとあまりにバルドルのペースに遅れるからだ、この痩身の若獅子は山道でも健脚だった。


「また履き替えるのか?」


 昼休憩に入ったところでバルドルか声をかけてきた。


「ああ、少しは慣れてきたが、やはり足先に力が入らない。怪我をする前に履き替えるよ」

「鍛え方が足りねぇんだ、なんだその真っ白な足裏は、まるでイズナか女官みたいじゃないか」

「お姫さまみたいだってか」

「ああ」


 そんな会話をした時だった。姫って概念はあるんだ、王族制がどこかにあるのかなと疑問に思ったその時、ふと唐突に「ああこいつはいま、イズナのことを考えているのだな」と感じた。そしてそう思った瞬間、すとんと何かがはまり込むように「バルドルはイズナのことが好きなんじゃないか?」と思いたった。そして「そうだ、彼はイズナのことが好きなんだ」と知った。


 そうだ、バルドルはイズナが好きだったんだ。


 彼が嫁を貰っていない。あれほどどれほど里の年配者から薦められても「里の誰からも」嫁を貰っていないのだ、里に好きな者がいないのだ。

 彼は若輩で若頭を勤めはじめた、たぶん苦労も人並み以上にあったはずだ、それの困難と辛さは、この俺でさえ周囲の彼を慕うものたちから聞き及んでいる。しかし彼は、弱音を吐かず、逃げもせず、じっくりゆっくり努力と実績を重ね、今日までやってきた。それがあの周囲の評価だ、それはイズナの傍にいたかったからじゃないのか。


「どうした?」

「いや、なんでもないよ。もうすぐ紐を縛り終えるから、少し待ってくれ」

「おう」


 俺はいつもどおりに話せた、話すしかなかったから。


☆☆☆☆☆


「鍛冶の里の一族は、もともとは俺たちの里と一緒の集落だったんだ」とはバルドルが語ってくれた。彼が本家と呼ぶ「社の里」は祭事と農耕を行い、下手しもての里と呼んだ「海岸の里」では漁業を生業としている。そして「鍛冶の里」は鍛冶屋として研鑽をしていた数家族が大きくなり、やがて効率的に鍛冶をしようと場所を探し移動し続けた結果、里を「すこしばかり離れて」仕事をするようになった、というものだった。


「そうだなぁ、社と里が家族なら、海の里は兄弟で、鍛冶の里は親戚だな。」


 家族と兄弟で違うのかよ、という突込みは流された。この脳みそ筋肉の発言は時々感覚で発せられるから微妙に困る。しかしその「感覚」を理解できなくもない。


 二泊の行程を終えて、三日目の午前中に「鍛冶の里」にたどり着いた。行商の大荷物を持っていなければ一泊二日、もしくは一昼夜の移動でもできない訳でもないらしい。「そんな至急のことは、水害や流行病などの連絡以外にすることはないけどな」といっていた。そうだな、他にあるとしたら家族の危篤とかなんだろうか、ここでの婚姻関係が継続しているかどうか、危篤や臨終の見舞う風習があるかどうかは知らないけど。 


 里の様子は、山の中腹に作られた集落ということもあり、社の里とそう変わらないように見えた。違いがあるとすれば「水田」と「大型の家畜」が見当たらず、里のあちこちからかなりの煙があがっていることだった。

 俺たちは煤の香りを時々鼻先に感じながら里の中に入っていった。


☆☆☆☆☆


「直せんこともないが、質は前よりもずっと悪くなる、薦めんな」


 俺たちはバルドルが世話になっているという鍛冶師の家を訪問し大荷物を預けると、そこに住むゲヴンという壮年の男性に会った。ケヴンは太い腕と赤茶けた肌を持つ、がっしりとした体つきの男だった、額や口元に刻まれた皺、頬まで伸びた髭などからずいぶん年配のように見えるが、たくましい筋肉がまだまだ若輩者を寄せ付けない力強さを感じさせる男だった。

 そんな目つき鋭いケヴンに、真っ先に折れた銅剣の再生について相談をしたところ、しばらく折れた剣を眺められた後にそう言われてしまった。


 バルドルが注文した鍛冶師なのだからたぶんこの里随一の腕の持ち主なんだろう、そう思ってバルドルに小声で確認すると「当代一ではあるが、里随一ではない。というのがゲヴンの言い分だ」といってにやりと笑って見せた。なるほど、自信と腕のよさ、謙虚さと研鑽を続ける姿勢に信頼を寄せていると解釈してよさそうだ。


「もう一度溶かし直すことはできる、だがそうすると前のように強靭ではなくなる。同じように使うことはできん」

「銅に混ぜるスズの量が増えてしまうからですか」

「…そうだ」


 俺が確認のために言うと、ぎろり、という音を立てているのかというほどに力のこもった視線で射抜かれる。これは怖い。俺は腹の力を入れた。

 なら減らせばいいじゃないか、とバルドルが言ったが、そういうものではない、とケヴンは返す。わかんねぇと脳みそ筋肉が言うと、ケヴンはどう伝えたものかという風に腕を組んだ。


「錫を足すと融点が下がり、加工がしやすくなり、強靭さも増すが、衝撃に脆くなる。溶かしなおすにはもう一度錫を足すだろう、そうするとますます脆くなるんだ。前に足していた錫はすでに1度熱入れでその性質が変わっているので、どうしても足さざる得ない。…違っていますか?」


 沈黙があまりに長かったので俺は再度口を挟んだ。バルドルはなんとも言えない、嫌な気抜けた表情で俺を見て、ケヴンは石化光線のような視線を俺に向けた。


「そのとおりだ、それを知っているお前さんは鍛冶師か」

「いや、コイツは治療師で社の客人だ。いろいろ変なことをたくさん知っているんだ」


 ケヴンの問いかけにバルドルが答えてくれた。俺は改めて頭を下げて自己紹介をした後にお願いをした。


「この銅剣は私がバルドルから借りた際に折ってしまったものです。直せないのならばどうか同等の銅剣を1本用立てて欲しい。そして叩いた彼の鉄剣の調子も見てあげてくれないだろうか。私たちが持ってきた荷物には米、魚、貝、肉、皮に布に石に朱がある、剣2~3本分の価値はあろうと思って持ってきた、どうかお願いする」

「何をして折ったかと思えばやはり鉄剣と打ち合ったのか、刃こぼれも激しい。お前さんの腕力は見た目の大きさ以上にありそうだな」

「ええ、あります。もし可能なら私用の鉄剣も1本探したいと思っていました」

「銅剣ならば用立てはできる。鉄剣の様子もみてやれる、しかし新たな鉄剣はそう用意できん」

「今あるもの、今作られているものは、既に依頼されているものだから?」

「そうだ、鉄剣三十本。里全体でやっと先ほど用立ての見込みがついた」

「三十本だって!?」


 バルドルが大声を上げた。


「そんな大量の注文がどこから来たって言うんだ?」

「少し離れた里からだ。きな臭くなっているそうだ、噂は既に『社の里』にも届いておるだろう」

「ああ、聞いてはいる、しかしそこまで話が大掛かりだとは思ってなかったぞ」

「かのクニでは、どの里が総出でも敵わんほどの数の戦士を並べ、不可思議な妖術を使い、獣を操り、巨人を従えているとの話だった。噂が本当なら、鉄剣30本でも足りぬだろう」

「そんなにかよ…」


 バルドルとケヴンに重苦しい沈黙が落ちる。俺も耳慣れぬ単語を耳にして思わず腰を上げそうになった。しかしここであまりに基本的なことを質問する訳にもいかない、重要な部分だけ確認する。


「従える獣はどのようなものか、聞き及んではいますか? あと巨人とは?」


 ケヴンとバルドルがお互いを見たあとで、ケヴンが口を開いた。


「狼と猿と聞いている、それもとても大きなものだ、人ほどの大きさがあるという。巨人は我々の背丈をはるかに越えるという、人によっては倍もその倍もあったと言っていた」

「人の背丈の、二倍から四倍?」

「大男とはとても言えん、既に人ではないそうだ」

「オレもそんな噂は聞いてはいたぜ。巨人の背丈までは初めてだが、そりゃもう化物じゃねぇか。巨人というからオレはてっきり今まで『大男』のことかと思ってたぜ」

「違うらしい」 

「人ならば剣で対応できますが、獣や化物相手となると、剣とその他の組み合わせが必要になってきますね」

 俺がそう言うと二人は何を言っているのだという顔をした。

「オマエ、そりゃどういう意味だ?」

「普通の意味だよ、獣ならば罠や網や槍や弓も効果的だろう? 化物も同じで、その特性に合わせて準備をするしかないということだよ」

「まるで化物を相手にしたことがあるような物言いだな」


 ケヴンが厳しさを含めた声で言ってきた。俺は腹に力をこめて返した。


「直接対峙した経験はありません。しかし『人ならぬ大きく強いもの』と対峙する方法を書物で読んだことがあります」


 ケヴンは驚きからか目を見開いた。


「お前さんは文字を読めるのかね?」

「私の故郷の文字だけですが」


 俺は床に指で文字を書いた。ケヴン、バルドル。


「これが私の故郷での、ケヴンさんとバルドルの名前の表し方です」


 ふむ、とケヴンが考え込むしぐさの後に言った。


「ならばお前さんなら巨人をどうする?」


 正直、俺が知っているのは騎馬武者とか戦車の対応知識だ。歴史漫画で織田信長の武田騎馬隊への対応があったな……。あとポーランドの独立戦争を描いた映画で、レジスタンスが戦車の誘い込み手法があったっけ?


「相手を観察しないとなんとも言えませんが…巨体ならば動きが遅いと仮定して、やはり罠でしょう。遠くから弓や石で引き付け、罠の場所まで誘い込みます。そこで落とし穴や丸太や巨石で押しつぶします。柵で囲った場所から長い槍で突き立てるのも手です。足元を滑らせたり、すくわせたりする手段も考えられます、長い紐を編んだり、絡める網は悪い手ではありません」


 言うのは簡単だがやるのは大変、そういう作戦である。実際できるかどうかはとても予測できない。それでも思い出せるまま、思いつくまま言った。


「地形を使い、集団で対応するのです」

「……オマエ、よくそこまで、ぽんぽん考え付くのな」 


 バルドルが呆れ顔で言ってきた。


「俺が考えたわけじゃないんだ、聞きかじっただけだよ」

「そもそもオマエが文字を読めるということ自体、オレは知らなかったぜ…」


 どんだけ隠し玉を抱えてやがるんだこの治療野郎はよ。とバルドルがブツブツと文句を言い始めるのを聞き流し、俺はケヴンに向き合った。


「失礼を承知で伺います。ここの鉄剣の作り方は鋳鉄式ですか? 合わせ式ですか? 鍛鉄式ですか?」

「……お前さんの言っていること自体がワシには分からんよ」

「では、鉄を溶かして鋳型に溶かし込む銅剣と同様の作り方ですか? 2種類の金属を張り合わせる方式ですか? 鉄を叩き伸ばす方式ですか?」


 ケヴンは今度こそ射殺すのではないかという視線で俺を見据え、たっぷり3呼吸分、俺は息を止めて視線を受け止め続けた。


「工房へ来るといい、見せてやろう。そしてもし許されるなら…お前さんが知っている鉄剣の作り方をワシに教えてはくれんか」


 当代一の里の鍛冶師は確かに謙虚だった。

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