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第15話:俺は役を受けた

【15】


 修業と自ら証する行為を始めて7~8日たった。身になっているのかどうなのかは正直分からない、ただ日々過ごす時間に充実を感じていた。朝の挨拶を交わす相手も増えた、何気ないその事実がうれしい。昼飯を男同士の馬鹿話を聞きながら頬張るのも悪くはない時間だった。


 血気盛んな若衆たちは、いかに強くなるか、納涼祭での腕比べでどれほど立派な腕前を見せつけれることができるか、剣は槍は弓はどのように使いこなすべきか、手本は無いか、この飯の味付けは薄くはないか、もっと盛りを良くしてほしい、肉が食いたいから今度皆で狩りに行こう、イノシシがよくはないか、いやサルが、ウサギはどうだ、隣通りの娘は最近腰つきが色っぽくないか、そいつは次女のことか三女のことかそれとも四女か、そいつは俺が目を付けている女だからやめろ、うるせえ早い者勝ちだ、おい俺の飯椀から具を取るな、などと話題を矢継ぎ早に繰り出す。本当に馬鹿ばっかりだった。


 里の祭りが近づき、社も里もどこか高揚感で浮ついているのか、俺の心が浮ついているのか、どことなく騒がしい時間が過ぎてゆく。そんな日々を過ごしているある夜更けに婆さんがかしこまって俺に言ってきた。


「可能ならば、御使い様みずからの手により『大いなる漂泊者』様を社までお運び願い、里の皆にお姿をお見せいたしたく願い奉る」


 僅かに戸惑いはした、が、どのように行えばそれが可能かを決めかねているにせよ、俺自身なんとかあの機体を乗りこなし、里への貢献をしたいと願っていることだったので「動かす際に、近くに社や里の者を置かなければ」という条件を付けることで事前に移設することを了承した。万が一にも俺が『煩わしい小さきモノ』を叩き潰したりすることが無いように、だ。


 また、婆さんとイズナとイトゥンには、あの機体の状況と俺の力量不足における危険性について、きっちりきっかり伝達をしておいた。大事なことだ。「俺は御使い様としての胆力も能力も無い、足りてない。現在、あの巨大なヒトガタを動かすと、そのヒトガタの持つ破壊衝動や怒りに触れ、俺は暴れまわりたいという激しい欲求に突き動かされることになる、だから動作の際は人を近づけないでくれ」といった内容のことをだ。


 イズナは「なるほど、それで…」と言い、イトゥンは「かまわない」と言い、婆さんは「心を強く持つこと、あとは慣れじゃな」と言ってきた。どれもこれも的外れか問題外か役に立ってないかのどれかの気がする。しかしとにかく、俺はあの機体に乗り込まなければならない。準備を始めた。


 俺はそれから滝行を朝昼夕の3度とし、素振りを欠かさず、気持ちを引き締めることを中心に修業の状態をシフトした。顔や腕の腫れについては数日前に引き、多少の痣の残りはあるにせよ、ひとまず痛みや見栄えに煩わしさを感じなくなっていた。


 当日は晴天だった。心地よい初夏の風の予感をさせる早朝に、俺は最後の滝行を行い、身体を拭いて着替えを済ませた。小屋を出て『ヒトガタ』の前に立つ。外見だけを見るながら、威圧的な容貌ではなく、品よくむしろ優しげにさえ見えないこともない。俺は足を水に濡らし『ヒトガタ』の装甲版に触れ、目を閉じた。


(これから俺はお前に乗る、お前は俺を取り込みその感情を爆発させるだろう、だが俺は俺だ、お前ではない。だからお前の衝動のままには従えない、俺はお前を乗りこなしてみせる、力を貸してほしい)


 黙祷のように祈り願った。静かな時間だった。冷たい水に足を浸しながら、冷えた朝の空気が少しづつ温まってくるのを背中に感じ、俺は目を開けた。


 よし。


 俺はひと息で機体によじ登ると、前にそうしたようにコックピットを開け放った。乗り込むとシートは1度柔らかく俺を包んだ後で激しく締め付ける。腕を脚を胴体を締め付け、後頭部からヘルメットがせり出し、肩と首と後頭部をホールドする。バイザーが下りた、後頭部に電気ショック、目の前にいくつもの波形が流れ、ゆるやかないくつもの波形がやがてひとつの線になった。


『準オーナーとしてのXXX終了、遺伝子適合率XXパーセント。再起動スタンバイ……』 


『平行感覚機器の同調調整XX、視聴覚機器の同調調整XX……』


 意識が少し遠のいた、身体が拡張する感覚。薄く見える世界はハッチの向うではなく、頭上のメインセンサーからのものになる。朝靄が少しづつ晴れてゆく空、小鳥が鳴いている、滝が見え、泉のきらめきが見える、そうだモウナガク見テイタ景色ダ。


 そうだったな。


 我ハ立ツ、立チ上ガリ敵ヲ滅ボス、奴ラメヲ紅蓮ノ炎デ包ンデクレル。


 違う、敵はもういない。ここは穏やかな場所だ。


 敵ハドコダ? 味方ハドコダ? 我ト戦ウ同族ハドコダ、我ガ守ルベキ一族ハ。


 敵はいない、味方もいない、お前だけが取り残されたのだ。


 同族ヨ! 一族ヨ! ドコダ! 我ト共ニ戦イ、我ト共ニ生キル我ガXXX! 我ハXXXXX!


 突然の絶叫、視覚の奥で映像イメージがはしる。大地を埋め尽くすようなヒトガタの群れ、丘の上に相対する敵のヒトガタたち。怒号のような魂の叫び、旗を立て、胸部装甲版を叩き己を鼓舞する雄叫ウォークライび。槍を構えた軍勢が1つの塊りとなり敵軍に進む。激しい衝撃と振動。煙を上げて各坐する敵と味方。押せ! 押せ! 押し進めろ! 敵を押しのけ、味方を乗り越え、前へ! 前へ! ただ前へ!

 雨の日での行軍、風の日での行軍、布張りの外套を身にまといヒトガタは黙々と進む。夕刻になると歩を止めしばしの休息、搭乗者は降機し夕餉を囲み、一族は整備のために忙しく動き回る、子どもは憧憬の瞳でヒトガタを眺め、大人は胸を張って明日を語る。明日こそ敵を粉砕し、大手柄をたて、一族の名を轟かせん! 笑顔と熱い思い、空に響く声。

 突然の炎、空から雲霞のように押し寄せる異形のヒトガタたち。空を飛び、炎を吐き、爆発と爆音と衝撃が周囲を包む。叫びまわる群衆、一族とそれに連なる同族たちが炎と煙に巻かれ叫んでいる。敵襲! 槍を持て! 弓を持て! あの異形のモノタチを叩き落せ! 再度の爆発、途切れの無い爆発。飛び散るナニか、巻き込まれ消え去ってゆくダイジナナニカ、決シテ失ッテハナラヌダイジナダイジナナニカタチヨ!


 違う!


 決シテ忘レヌ、決シテ許サヌ、我ガ誇リトXXカケ、決シテ!

 

 違う!


 我ハ! 我ハ! 我ハ! 我ハ! 我ハ! 我ハ! 我ハ!


 違うんだ! もう終わったんだ! 


 身体を軋ませながらヒトガタは立ち上がった。四肢に、内臓に、ちぎれるような痛みと歪む背骨シャシーの悲鳴、全身が泣き叫ぶ。断ち切れぬ憤りを込めて空に手をかざす。見えないものが見えてくる。その雲の影に敵がいる! その森の影に敵がいる! 泉の向う、光る海のかなた。ありとあらゆるところに敵がいる! 敵だ! 立ち向かえ! いや違う、敵などいない、もういないんだ! 全身の細胞が沸騰し、液体流動神経がパルスを発し、筋肉筒が発熱し、発電板が稼働する、全身から放出された生体電流はひとつの流れとなり、叫びにならない叫びを発して伸ばした右腕から『雷撃』を発した。激しいスパーク。轟音。空気イオンを震わせ泉の水が跳ね上がる。そして飛び跳ねた水が数瞬後にスコールのように降り注いた。ざーざーと機体を打つ湖水により発熱した筋肉筒が急激に冷却され、ぴきぴきと音を発した。水は滝のように顔面装甲版奥のメインカメラ上も流れる、頬を伝う水、いない、いないんだ、もういない、ここにお前を怒らせ、哀しませ、たぎらせるものはもういない!


 社に、里に行こう。あそこにはお前が恋い焦がれていた全てのものがあるはずだ。お前を慕う巫女と女官たち、そうだイトゥンはきっとお前を気に入るだろう、あの無表情な顔で興味深そうにあちこちお前を眺め、撫でまわすに違いない。イズナは毎日毎日一心に祈っていた、お前を思ってくれているものたちだ。ニョルズもきっと驚きに目を見開きながら満面の笑みを浮かべるだろう。バルドルだって子どものようにはしゃぐに違いない、男の子はみな大きく強いものが大好きなんだ。婆さんに、里の若い衆、知り合った猟師に鍛冶屋に子どもに娘たち……。


 帰ろう。


 俺は強い意志を持って一歩を踏み出した。みしみしとその身体を軋ませながら、重たい衝撃を持ってヒトガタは確かな一歩を踏み出した。俺は泉と山道を崩さぬよう、細心の注意をもって歩みを進めた。



☆☆☆☆☆



 祭りは大いに盛り上がっていた。

 祭りといっても俺が記憶しているような、夜店の明かりが華やかな、買い食いメインの祭りではない。素朴で、原初的で、腹の底が熱くなる、熱気と祈りと喜びがあふれる祭事が大盛り上がりだった。


 夕闇が少しづつ色を濃くするあたりから、里から社への登り道にかがり火や松明が灯された。ゆらめく幻想的な炎にあぶられた顔が、一人、二人、時には大人数で連れ立って社へと集まってくる。穏やかで、しかし期待に満ちた表情の者がいれば、血気はやる表情の者たちもいた。


 宵闇が濃くなる頃、木製打楽器と笛の音が鳴るのと共に、社の女官が前庭に敷設された宴台にするすると現れると舞いを舞いはじめた。素朴な木琴のような音が響き、静かな音色の笛が鳴る。女官は里人を演じ、日々の生活を踊り始める。木の実を探し、野山の獲物を探し、畑の手入れをする。

 やがて金属打楽器が打ち鳴らされる頃、大仰な衣装を着た男が宴台に現れる。大きな板張りの面あて、激しくデフォルメされた大きな瞳が描かれた「仮面」を付けている。衣装は目の冴える白と縁取りの貝紫で、たっぷりとした前垂れ布が付いており、熊の毛皮を肩にかけ、腰に黒狼の毛皮を巻き、袖裾と脚裾に夜光貝を縫い付けた華やかな舞台衣装だ。

 男は大きく音をたてて足を踏み出し、ダン、という音で聴衆を惹きつける。日照り、水害、病、争いごとなど、困窮し悩み続ける里人の前に、雄々しくその姿を現す。男は腕を鳴らし足を鳴らし立ち向かう、強い風に、激しい雨に、灼熱の炎に、水塊となる濁流に、ありとあらゆる困難に立ち向かい、叫び、抗い、ねじ伏せてゆく。男は立つ。晴れやかな音色、わざわいは全て去った。


 わっと聴衆が声を上げる。「歌え、踊れ、喜びを謳い上げろ!」と誰かが言った。社の女官や里の手伝いの者たちが聴衆に対し、濁り酒、ビスケットのような板飯、粥、果実などを振る舞い始める。皆が心赴くままに歌い踊りだす。かがり火に照らされた赤い、顔、顔、顔、皆が生きていることを喜んでいる。


 がんがんがん、と銅鐸どうたくが鳴らされる、婆さんが声を上げる「御使い様の使い『大いなる漂泊者』のお姿をここに!」宴台背景として、何本ものつなと幾重にも重なるむしろで幕のように敷かれていたものが取り払われ、姿を見せる。そこには片膝立ちで駐機体勢を取る、全長10m弱のヒトガタがあった。かがり火に照らされ妖しく光る。


 どよめく聴衆たち。


「長き空白の時を経て、御使い様の『』が表れた!」バルドルが声を上げる。

「長く泉に鎮座おわした『大いなる漂泊者』を動かした『継手』はここに!」イズナが声を上げる。


 がぁーーん、がぁーーーん、がぁーーーんと銅鐸がいっそう大きな音を響かせる。

 俺はヒトガタの背後に組まれたやぐらから一歩踏み出し、ヒトガタの左肩に立った。駐機姿勢を取っても高さは建物2階と3階の中間程度はあるだろうか。足場のヒトガタの肩は丸く、女官たちの手によって一昼夜磨かれ続けた外部装甲板はつややかを取り戻し、滑りそうで肝を冷やした。


 俺の身に着けている衣装は先に演台にて『御使い』役をこなした男と良く似た衣装だ。先ほどの男は里の若い衆で、このような宴席で催される際には引っ張りだこになる舞踊の才に秀でている若者だった。彼と同様の鹿革の靴底は、すべる。

 俺は彼の仕事を引き継ぐかのように、同様の木製の面、白と紫の前垂れ衣装、黒い熊の毛皮と狼の毛皮を身に着けている。ただ裾に付けられた鳴り物は貝殻ではなくサメの歯だった。舞台映えを目的とした鳴り物や光り輝く夜光貝ではなく、呪力ある品としての装飾品らしい。なんだろう、再生の象徴かな、それとも単純に強い生き物だからかな。

 そんな益体もないことを考えないと上がってしまいそうだった。何しろ俺の眼前には、里と近隣の集落からの一族同族の大半の者たちが集まった全聴衆がいるのだ。息を殺し、緊張の面持ちで、じっとこちらを見上げている。顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔。その瞳は真剣だ。息が詰まる。

 俺は静かに息を吸い、ゆっくりと聴衆を見回した後、背筋を伸ばし胸を張り、片手をあげて挨拶をした。


 歓声があがり、人の声が社と森を震わせた。



☆☆☆☆☆



 後日、治療中のニョルズに声をかけられた。


「先日の祭りは大盛り上がりでした、いままであのように歓声があがった祭りは見たことがありません!」


 満面の笑みで彼は何度もそういった。そしてその後、少し困った表情で言った。


「ただ…、里の方々は口々に『あの継手は里のどの者に任じられたのだ?』と噂をしております。私にも『長く社にいたのだからなにか聞いてはいないか』と尋ねられました。先生、きちんと皆さんにご自身のお立場をお伝えされてないですよね?」


 そうだった。俺は名乗りを上げてない。

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