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第14話:俺は相対した。

【14】


 バルドルが庭先に姿を現したとき、なぜか俺は心穏やかだった。「ああ、来たな」と思っただけだった。俺は彼と約束した、そうだ、約束をしたんだ。


「銅剣と鉄剣を持ってきた、好きな方を選べ。もしオマエが木剣を使いたいというのなら、小屋に数本置いてあるはずだ」


 迷いのない、まっすぐな瞳の彼はなんてきれいなんだろう。冴えた月明かりの下、俺は「男ぼれというのはこういう時に起きるのかな」と感じていた。そうだ、俺は彼のようになりたかった、素直で、迷いなく、おおらかで、人に慕われ、たくましく精悍な肉体と精神。

 バルドルは必要なことを伝えると、ただ静かに、しかし強烈な存在感を持って佇んでいた。俺は彼からの強風のような気迫を受けながらぼんやりと考えていた。「ここは木剣を選ぶべきだろうな、俺の腕力は思いのほか強かった、木剣ならば軽く早く扱えるうえに、相手の剣をたたき折る選択もでき、万が一の場合の怪我も軽くすむ」俺はいつだって正解を選ぶように立ち回る。いつだって、どこででだって、俺は保身と逃げを打って生きてきたのだから簡単だ。そしてこんな世界ばしょに来ても、俺は変わらず保身を図り続けている。だから……


「銅剣を貸してもらえるかい?」

「1本ずつしかねぇから、オレが鉄剣を使うことになるぞ」

「それでいいよ」


 着物の帯を結び直し、靴だけはスニーカーを履いて庭に降りた、まだ俺にはここの地面は硬すぎる、軟弱なことだ。バルドルから黄金色に光る銅剣を借り、持ってみる。刃渡りは五十~六十センチほどだろうか、思いのほか短く重く冷たかった。握り手まで銅製の一体成型らしい、握り手はやや狭く二十五センチほどか、両手で握るには少しギリギリだ。俺はバルドルから少し離れ、体の向きを変えると剣道の要領で正眼に構えた。確か中学高校の体育教師が言っていた、この構えが1対1での攻防にはもっとも理に適っていると。学校授業の体育、わずか数か月の必修期間しか学んだことはない、あとは幼少期の少年団体験だろうか、すぐに通うのを止めたんだったな。

 二度三度と振って重さを確かめる。重量に振り回されはしないようだ、竹刀と違い、剣先までの長さはかなり短いが、とにかく一合で終わることだけは避けたかった。


「待たせたね」

「おう」


 バルドルは、俺から五~六歩の距離を取ると、金色銅剣と良く似た形・長さの鉄剣を右手右脇に構え、やや腰を低くおろし俺と正対した。この構えは何と言ったかな、八双だったかな、脇構えだったかな、片手だけど。


「はじめるぜ」


 そういった瞬間にバルドルは一気に間を詰めて右手を振るってきた。俺は素早く後ろに下がる、踏み込みが早い! ぎぃん!という音を立てて鉄剣が左から右へ流れる。彼は振り切った身体を回転させながら、もう一度踏み込んできた。ぎぃん! ぎぃん!と剣が合わさる。俺は三度目の合わせで身体を前にだし、思い切り押し返した。彼の剣戟は思いのほか軽く、体格差もあって彼をはじき飛ばした。転がるように後退した彼は、猫のように身をかがませた体勢から再び激しく間合いを詰め寄る、乱打だ! 右、左と激しく下段打ち込み続け前に前にと押してくる彼を、一歩二歩と後ずさりながらいなしてゆく、駄目だ、これではこちらの剣が持たない、確か銅剣は鉄剣に比べて衝撃に対して脆い、いずれ折れる!

 俺は剣を受けで合わせるのではなく激しく打ち返した。バルドルの体制を崩そう、一合、二合、三合、銅剣の耐久力は持つだろうか、四合、五合、六合、俺の方が腕力がある、バルドルが体勢を戻す前に剣に向かって打ち込み続ける、七合、八合、ここだ! 腕に力を込める、バルドルの体が沈む、足払いだ! 俺は足先に力を入れて踏ん張った。がちぃ! 左脛に激しい衝撃、痛みが全身を走る、俺は激痛をこらえながら足払いと共にくる鉄剣に向かって銅剣を振るった。ぎぃぃぃん! という音と共に、銅剣が折れ、鉄剣が弾き飛ばされる。俺は脳髄を脈動させるような痛みを感じながら柄だけ残った銅剣をバルドルに叩き込んだ。バルドルは腕を交差させて受け止めた。

 軽い、彼の体が宙に舞って、ごろごろと転がりながら離れてゆく。俺はバルドルから視線を外さぬまま遠くに飛んだ鉄剣に向かって走り出した。後転を止め、すばやく立ち上がったバルドルも走り寄る、俺の方がわずかに早く剣が取れると身をかがませた時、バルドルが肩から俺にぶち当たってきた。鉄剣も銅剣の柄も取りこぼし、肺の空気すら吐き出しながら、俺は彼の腕を捕え、転げまわる。頭ががんがんする、脚と背中が痛い、だがまだだ、まだやれる、やってやる! 俺は力任せに彼を抑え込み、右手をバルドルの顎に叩き込んだ、俺の左顎に衝撃が走る、ヤツもまだやる気だ! 俺は雄叫びを上げながらもう一発叩き込んだ、同時に衝撃が来る、もう一発だ、また衝撃が今度は側頭部だ、もう一発だ、もう一発だ!


 繰り返される拳撃は一撃一撃ごとに弱々しいものになってゆき、俺の左腕と左頬と左目は熱を持ち始め、ガードする左腕も上がらない、腕が、ツライ。一方でヤツの顔もボロボロだ、精悍な頬ははれ上がり、唇も膨れ上がっている、ざまぁみろ色男が台無しだ。どれもう一発と腕を振り上げたところでヤツの右足が出て俺の左脚の脛を打つ、悲鳴を押し殺しながら、俺は愚直に右腕を振るう、ヤツの左肩を叩き、地面に押し倒し込みながら、俺の体制も崩れて、もつれ合って倒れ込んだ。


「…オマエが、気に、くわねぇ」

「…俺も、お前なんか、嫌いだ」


 俺とバルドルはお互いがお互いの片腕をつかんだ状態で倒れこんだ。俺がバルドルを抑え込んだ姿勢なのでやや有利ではある。が、ヤツにつかまれた右腕の拳は、もう感覚がないほどに腫れ上がり、痛みと熱を発していた。左腕で殴ろうにも左手はヤツの右腕をつかんでいる、これ以上殴られるのは勘弁だ、至近距離からの拳撃はもう嫌だ。お互いにお互いの腕をつかみ合ったまま、お互いのくそったれな顔を覗き合い、お互いに息も絶え絶えに罵りあっていた。


「オマエの…、考えて、いることが…、分かんねぇ」

「俺も…、お前が、理解…、できない」


 激しい息使いと、流れる汗、むせ返る熱気が逃げてゆく感覚を感じながら俺たちは罵り合っていた。こいつは俺に剣を向ける意味を知っているはずだ。俺は社に『御使い様』として認可された。その俺に対し、一切の遠慮なく「約束どおり確かめに来た」りしたらどうなるのか。おそらく決して軽くはないペナルティを受けるのではないだろうか? こいつは自分の立場を分かっているのか、里の皆に慕われる若衆組頭というものが、社の巫女の指示に逆らってよいものだとはとても思えない。


「オマエ、さっきまで、逃げる気、満々だったろ」

「うるせぇ」

「オマエ、放り投げて、逃げる気だったろ」

「知るか」

「なのになんで…、オレとの勝負は受けたんだよ!」

「知らねぇよ! お前からも逃げ出したら…、情けなさすぎんだろ!」


 イトゥンの前で約束したのだ。少女の、子どもの前で大見得切ったものを大の男がいまさら無かったことになんてできやしないと思ったのだ。だがそれは言えない、女の前での見栄に意地を張ったのならともかく、子どもの前での見栄に意地を張ったなんて絵にならない。

 月明かりの下、俺たちは息を切らしながらいつまでも罵倒し合っていた。 



☆☆☆☆☆



 結論から言うと、翌朝、俺とバルドルはイズナにしこたま叱られた。呆れ果ててモノも言えないと言われながら三時間は土石流のような説教を食らった。やれ、若衆組頭が軽率だの、やれ、御使い様もご自身のお立場を弁えろだの、やれ、その顔で里の皆に顔合わせをする気なのかとか、やれ、社の女官が皆怯えているだの、やれ、その口でモノが食えるのかとか、消化に良い粥ならどうだとか、薬草を用意するから寝ておけとか、いいから話すな動くな言い訳するなとか、散々な言われようだった。まるで言うことを聴かない子どもを相手にしているような頭ごなしの扱われっぷりだった。


 昨夜はお互いの汗が引いたあたりから、身体があまりにも痛く、腫れ上がりはじめ、動くのに難儀し始めていることにお互いに気が付き、どちらからともなく「やってらんねぇ」とか「終わりだ」とか言って別れた。

 バルドルは両腕をだらりと下げたまま、俺は左脚を引きすって、お互いに顔半分あたりを真っ赤に腫れあげての別れだった。俺はすぐそこの社に敷かれた寝具に潜り込めたが、バルドルがどこに戻ったか知らなかった、が、なんと庫裡の台所あたりにもぐり込んで眠っていたらしい。朝食の準備に来た女官が気が付き「若頭…?」と声をかけると、そこには顔面半分を紫色に染め上げたお岩の妖怪がいたという塩梅だ。


 悲鳴を上げた女官と、集まってきた女官どもに質問攻めにあうバルドルを婆さんとイズナが見つけ「何事か」と声をかけ、とりあえず朝食が遅れそうだということを俺に伝えに来たところで、そこでまた悲鳴が上がった。婆さんの上げた悲鳴が思いのほか色っぽく、俺も悲鳴を上げた。あれは怖かった。


 朝食を抜かれ、昼食も抜かれるのかと、俺もバルドルも腫れ上がった顔の痛みと共にうんざり気味になったあたりでイトゥンから「なぜ、したの?」と問いかけられた。「…約束したからな」「…約束だったから」と声に詰まりながら同時に発してしまい、どうにも居心地が悪くなったときに粥が出された。熱くて、美味くて、痛くて、のた打ち回った。



☆☆☆☆☆



 怪我のダメージは意外に残らなかったのかバルドルは1泊した後に里に帰って行った。俺は念のため二日間を安静にした後、三日目に「俺も修業をさせてくれ」と婆さんに申し出て、滝行や剣術の稽古を行い始めた。

 あの、ものすごい悲鳴と怨嗟、そして破壊衝動を巻き散らかす機体に乗りながら正気を保つには、まず自分の心の平静と平穏を保つ修練が必要だと思ったからだ。しかしどうしたら良いか分からないので、とりあえず手近な滝行から始めようと決めた。


 ロボットから逃げることも、現状の立場からも逃げることも、とても出来そうにない。もっと格好つけて言うと『逃げることを選択したくはなかった』、俺はあの直情バカを見返したいし、イズナに軽蔑されたままではいたくないし、イトゥンや婆さんの信頼も裏切りたくはなかった。俺はこの社や里の者たちに愛着と好意を持ち始めていることに気が付いた。

 それにバルドルとそこそこにやり合えたということは、この里約7000人の中で一番の豪剣使いとほぼ同等ということではなかろうか。それだけでも努力の遣り甲斐はありそうだ。バルドルのように一気に懐に入り込むような、勝負勘というかクソ度胸を身に着けたら俺はもっと強くなれるのではないか。なら稽古をするのは地盤があるここが一番いい。ロボットもあるし。


 早朝、イズナの朝行に合わせて俺も滝に打たれる。その後は社で素振りを行い、朝食後に里の『戦士の館』で乱打の稽古だ。最初に訪問した時は「若頭とやりあったって? 手合せしてくれよ」と、若者たちから好奇心と敵愾心のミックスで歓迎されはしたが、木剣で数号打ち合うと、相手の剣を弾き飛ばすか、どちらかの剣が折れることが重なり、やがて「あの馬鹿力の兄ちゃんとやると、いらん怪我をしかねない」という風潮になり、普通の稽古だけになった。

 槍や弓も扱い方を教わってみた。槍は長く、剣で相手をするのは苦労した。バルドルなどは素早い踏み込みで懐に入り相手を打ち倒していたが、俺は延々と槍を弾き飛ばした後で、つばぜり合いのようにして懐に入るしか方法がない。脛を何度も叩かれるので、足に薄い板と布を巻いて稽古をするようにした。

 弓はどうも苦手だった。うまく勘所がつかめない。


 そんな試行錯誤の修行生活を十日ほど行ったところで、俺は再び「ロボット」に乗り込んだ。

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