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第13話:俺は己の立場を知った。

 あの後、社と里では大騒ぎだったようだ。ようだ、というのは俺はそれを体験していないからだ。俺は陽が落ち、あたりが暗闇に包まれるまで意識を失ったままで、ふと気が付くと社の真ん中に寝かされていた。目が覚めると俺の隣には婆さんとイズナとイトゥンがおり、俺が身を起し「ここは…あれから何が…」と口にしたとたん、3人がきれいな姿勢で床に平伏した。


「御使い様におかれましては、この度の帰還、まことに難儀された由。社の者一同、そのご苦労を察し、心身を入れ替えてお仕えすることを御報告いたします」


 婆さんが朗々と語りだした。


「いま里に使いを出させております。近く祭日もあり、この度の帰還を大いにお伝えする所存、一族郎党皆そろって御使い様からの御声がかりにて御帰還の言を賜りたく、伏してお願い申し上げます」

「まってくれ!」


 あの妖怪とも思っていた婆さんが、綺麗な白と貝紫で染められた衣を身に着け、真剣な声音で床に額をつけて語り続けるのを俺が我慢できなかった。まるで本物の巫女のように白と緋の衣を付けたイズナとイトゥンの細い首と肩を見続けるのも怖かった。何かが大きく変わり初めている。

 するすると集まってくる女官たちが次々と平伏する。あの、女子高トイレか井戸端おばさん風の、女の寄り合い所帯じみた雰囲気がよく似合っていた彼女らが、青白い緊張の面持ちでずらりと土下座で並び始めるのもあまりに唐突過ぎた。


「……まずは状況を説明してくれ。それといつもどおりの言葉で語ってくれ」


 俺は、そう言った。



☆☆☆☆☆



 ユーミル婆さん、今はすでに次代の巫女に席を譲った「大巫女」であり、この社の仮主かりぬしでもある。そんな婆さんが細かい伝承といま俺の置かれている立場を説明してくれた。


1.かつてこの里の者たちは『大いなる漂泊者』の助力と指導によりこの地に来訪した。

2.『大いなる漂泊者』は『御使い様』として、里に繁栄をもたらせた。

3.御使い様はやがて姿を消したが、いずれまた戻ってくると言い残していた。

4.里からは御使い様の助手として『巫女』と『継手』が選ばれる。

5.巫女や継手は『大いなる漂泊者』への「試し」と呼ばれる儀式において像との会話を試み、反応を得れるか否かによってその資格を授かる。

6.能力の片鱗を見せた者、成人した者だけが、祭日の儀式として「試し」を受ける。

7.かつてここまで明確に『大いなる漂泊者』を動かせた者は誰もいない。現れた状態から鑑みてあなたは「御使い様」そのものである。

8.いま里の内外では不穏な噂が流れている、いさかいが争いを呼び、里と里がつぶしあうほどの騒動がおきていると聞いている。

9.ぜひ、皆の心を静めてくれ。


 女官たちを下がらせ、婆さんたちから率直な内容を聞き出した、つまりはアレだ「伝説の剣を引き抜いたからお前が勇者だ、魔王を倒してこい」と言うやつか。だが引き抜いたのは剣ではなくてロボットで、倒す魔王は「不穏な世情」という曖昧なもので、おまけにあのロボットは暴走スタンピートしているんだ!


 あれは神様とかそういうものではない。いつの時代どこで作られたのかは知らないが、あれは人工培養筋肉と液化流動神経回路を併用させた「マルチ・サブ・ボディ」だ。作業用にも兵器にも転用できる道具に過ぎない。

 人工培養筋肉には発電板を発達させた部位があり電気ウナギのように発電が可能だ。その電力を使用し道具や武器を使い、障害を排除することが出来る。


 液体流動神経回路は、その大きく別物の肉体を動かすための補助機関だ。昆虫の神経束のように「ある一定の補助脳」的な役割も果たす。つまり使い込めば使い込むほどに、その仮の肉体はスムーズに最適化した動きをトレースしてくれる。だが、あの機体の「補助脳」は、あまりに長い歳月を戦争に費やし、また信じられない期間放置され眠り過ごしたために仮人格を形成し、かつ正気を失っている! 機体の平行感覚はパイロットの三半規管を利用しているし、有視界情報・電気パルスによる索敵レーダーのフィードバック情報及び各基本情報をパイロットの脳に直接送り込む手法だが、その情報に「補助脳」の叫びが上乗せさせられているのだ!


 あれは伝説の聖剣なんかじゃない、もはや呪われた魔剣だ。



☆☆☆☆☆



 俺は一人になりたいと言って皆を下がらせた。大きな社に俺一人が残された。今朝までここで治療を受けていたニョルズは庫裡の広間に移されたという。容態に別状はないらしい。


 おれは大きく満月になった月を見ていた。


 どうしたものだろうか。あのロボットはとても魅力的だ、だが正直、あの激しい破壊衝動のフィードバックにさらされ続けながら正気を保っていられる自信が俺には無かった。自分の自制心や衝動抑制の限界を超えている、何よりあの、あまりに強烈な『悲鳴』はもう聞きたくなかった。


 それに、この里では敬われる立場とその期待というものは、その激しい落差を持つことによって保たれている。1体のロボットが動かせるからと言って俺に何ができるだろうか。はるか昔、あの機体のパイロットはここに『落ち』、ここで暮らしていた素朴な人に生存する技術を伝えたのではないだろうか。もしかしたら安心して暮らせる社会システムも構築したのかもしれない。だが今の俺にどんな知識と技術があるというのだ。


 パイロットはここで死んだようだ。ロボットのパイロット認証システムは遺伝子で行われている、それゆえメインパイロットの直系子孫にはサブパイロットとしての資格がある。ただし遺伝子適合率に従ってある程度のリミッターがかかるため、親がメインパイロットの期間では限定反射スピードでしか動作をさせることができない。親が子供に伝え、子供がそれを学んでいる期間における事故を防ぐ処置だ。やがて子供がメインパイロットとなる時期になれば、ロボットに再調整を施しメインパイロットの移行・最適化設定をする。不思議なシステムだとは思う、が、一族にてロボットを所持し、使い続けるというシステムとしては悪くないのかもしれない。


 かつてのパイロットは激闘の末に本隊から離れ、ここで子をなし、老いて死んだのかもしれない。里にはその子どもとして遺伝子を受け継いだ者もいたのだろう、それが「巫女」と「継手」として残ったと考えられる。いったい何十年、何百年前の話なのだろうか。そして俺にそれが動かせるということは、ここは過去なのか、それとも未来なのか、タイムスリップなのか、平行世界なのか。


 もう、どうしてよいか分からない。俺は月明かりの下で頭を抱えた。少なくとも俺は『御使い様』と呼ばれるほどに偉くも、強く、賢くもない。この原始的で荒々しい世界で、人をまとめることなぞ出来そうにもない。俺の脳裏に今まで生きてきた履歴が思い起こされる。ただひたすら、地道に、生真面目に、そして不器用に生きてきただけだ。人を導いてきたことなんてない、友人関係しかり、学校生活しかり、放課後での部活動や習い事、どれもこれも必死になって立ち回っていただけだ。そして結局、自分一人のことだけをなんとか面倒見てきただけなのだ。


 逃げよう。


 やしろの片隅に俺の私物が置いてあった。その畳まれたスーツと鞄を見たとき、唐突にそう思った。ここで祭りの日に盛大に騒がれたら2度と逃げ出すことはできなくなる、俺はあの不完全な機械を扱わされ、不器用な采配と言動を垂れ流し、社と里の者たちに手間と迷惑を負わせた後、侮蔑の視線を持ってその座を叩き落されることだろう。その時、彼らの手に棍棒や石が握られていないと誰が言えるだろうか。俺の肉体は引きちぎられ、焼かれ、もしかしたら貪り食われるかもしれない。かつてニョルズを治療した時に調理したあの山雉のように。


 逃げるべきだ。


 それが最善だ。俺がいない方がこの里は安定するに違いない。救世主伝説を信じ、その教えのもとで緩やかで原始的な共同体を育んでいる。ここで現実のメシアなど表れた方が社会不安や騒動を巻き起こすに決まっている。体調は悪くない、知識も多少は得た、荷物には手を付けていない携行食料や菓子がわずかだがあったはずだ。それを持ってこの里から遠く離れ……。


 庭先に人の気配を感じた。


 抱えた頭を上げると、明るい月光の下、若々しい獅子ライオンが佇んでいた。細い体躯もまっすぐに、黒い毛皮のたてがみと、茶色い『つんつく髪』を威風堂々とたなびかせて、美しい金色銅剣を穿いていた。若獅子は言った。


「約束を果たしにもらいに来た」

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