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第12話:俺はアイツを知った。

 その日は、春の陽気が進み、初夏のような暖かさを感じた日だった。

 早朝からの山歩きの果て、昼前あたりで俺がこの世界に落っこちてきたときの滝壺に出た。もちろんこの場所は神域の奥であり、そう気軽に立ち入って良い場所ではない、が、姫巫女たるイトゥンには関係なく、彼女の認識上「御使いさま」とされる俺にとっても禁域ではない。ゆえに2人での散策時では意識せずに山歩きをしてはいたが、さすがにピンポイント的な場所であり、ばれたら怖かった。


 しかしイトゥンは何も気にするそぶり無く、滝が流れ込む泉のふち、大きめの岩に飛び乗ると履物を脱ぎ、山歩きで熱を持ったのであろう足を水に着けて冷やしはじめた。どうしたもんかなと俺が眺めていると、彼女は突然そこで衣を脱ぎ、河にすとんと飛び込んだ。

 ちいさな音しかしなかった。

 十三歳と聞いている、その棒っきれような細い手足につるりとしたまるい尻が俺の目の前で揺らめく、まるで白い魚のようだ。「きもち良い」と一言いうと、カワウソのようにすいーっと遠くまで泳いでいった。俺はその頓着の無さすぎる所作にあんぐりと口を開け、そしてため息とともに足を水につけた。


 気持ち良い。


 またくもってそのとおりだった、正直ひとりだったら俺も泉に飛び込んでいたかもしれない。熱を持った足が冷やされてゆくのが心地よかった。あたたかな日差しは首筋を照らし、風は心地よく森を撫ぜ、水辺では少女が無心に泳いでおり、遠くには煌めく滝と、そこで妙齢の美女が半身を水に浸し祈念をしている。


 あれはイズナだ! マズイ! いかん! これはヤバい、かなりマズイ! 俺は岩陰に身をひそめ、そして必死のゼスチャーでイトゥンに合図を送った。「ここから離れよう」「なぜ?」「あそこにイズナがいる」「だから?」おい! お前本当に何も分かってないな!


 最近やっとイズナは俺に警戒心を解いてくれたようなのだ。最初の夜の、あの親密な空気の会話は朝になると朝霧のように消え失せており、翌朝からは再び「素性の知れない変なよそ者」的に警戒心バリバリで、会話らしい会話が成り立たなかったのだ。ある意味バルドルより攻略は難航していると言ってよい。


 しかし、しかしだ、ニョルズの回復が進むにつれ、ここ数日は花がほころぶようにゆっくりと会話が進んでいる。今朝だって「おはよう」「おはようございます」「良い天気になりそうだね」「そうですね」「そんな今日も修業なのかい?」「ええ」「残念だね、では祈祷を願いできるかな」「ええ、もちろんです、そのために参りましたから」といった言葉のやり取りが進んだ、4回連続で言葉を交わしたよ、やったね新記録!


 いや、分かっている、全然警戒心が解けていないのは分かっている。あからさまな「排除」の発言がないだけで、俺がまるでぼうの石のように扱われているのは理解している。なんだあの難攻不落の絶壁ガードっぷり、せめてもう少し友好的な空気を身にまとってもいいじゃないか、女子高の生徒会長だってあそこまで排他的じゃないぞ。しかし、だからこそ、ここで再び「この不埒者! 即刻私の目前から姿を消しなさい!」的な関係に巻き戻すようなことはしたくはない。現在、居候たるこの身において特に!


 身を隠さなければ、と言うより即刻ここから立ち去らなければ。しかし泉の周辺は河原で、そばの森までには結構な距離がある。ここから逃げ出すと姿が丸見えだ。近づくときは偶然見られていなかったのだろうが、帰路もそうだとは限らない。


 そこで気が付いた。この泉は「くの字」型をしているようだ。くの文字の末尾に滝がありイズナがいる、その傍らに小屋もある。そして俺たちはいま、くの折れ曲がったあたりの近くの岩場にいる、ここでその先の死角に進めば……もちろん姿を隠すため、水の中を泳いでだ!


 俺は岩場の上に放り投げられた、イトゥンの衣類と履物を手繰り寄せると、自分の衣の懐に押し込んだ。そして水にゆっくり身体を浸す。うわ、やっぱりまだけっこう水は冷たいな、あとで身体をあたためたり衣類を乾かすのをどうしたものか。しかしそんなことに躊躇している場合ではない、衣装の裾が水面に浮かび上がらないよう気を付けながら、頭部だけをわずかに水面からあげ、まるでワニのようにすぃーっと先へ進む。すぃーっとイトゥンが寄ってきて、俺の手を取り俺の背中に乗り俺の肩につかまり脚を絡めつかせる。


 おいこらやめろ、じゃれつくんじゃない、遊んでいるわけではないんだ! いまおれは戦っている、イズナの裸身を見るまいと己の欲望と言う巨大な敵と戦っているのだ! あの女、また全裸で水に浸かってやがった。白い肌、なめらかな肩、豊かな胸、細い腰、その先の……。言っておくが当然ながら俺は聖人君子でもなんでもない、ただの普通のサラリーマンだ、この世界に落っこちてきてから、エロ本も過激グラビアからも縁遠くなり、そこに規則正しい生活と十分な睡眠があり、律した言動の日々を過ごしているんだ。

 そうだ、つまりそろそろ俺の獣ゲージはMaxパワーなんだよちくしょう! そこでイズナのあんな恰好を、くそっ、残念なんかじゃない、くそっ、魅力的だなんて思ってないっ、あのおおきな胸が気持ちよさそうだとか柔らかそうだとかそういや最近大福を食ってないなとか思ってない、だから俺の背中でなめらかな肌をまとわりつかせるんじゃない気持ちいいじゃねぇえかちくしょうがっ!


 俺は取り留めない思考をダダ盛らせながら必死で、しかし静かに泳ぎ続けた。そしてイトゥンが俺の腰にまたがり歓声をあげた瞬間、その重みで水中に頭からもぐりこみ、ごぼごぼと音を立てて空気を漏らし、また求め、水底を蹴り水面に飛び上がった瞬間、ソレは目の前にあった。


 巨大な、鎧を身に着けたヒトガタだった。


 甲虫のように厚めの装甲を全身にまとった人型のモノ、その四肢は太く力強く、面当てから見える瞳は涼しげにも優しげにも見えた。俺が呆けていると、背中にぴたりと貼りついたままのイトゥンが言った。


「これが御使いさま、『大いなる漂泊者』のうつせみにして仮の肉体、私たちを守り導いてくれる存在の姿かたちを岩から写し取ったもの」

「これを、岩から掘った……?」


 おおきい。いまは手足を投げ出し、岩壁に背中を預けるように倒れこんでいる構図だが、これは立ちあがると10m近くありそうだ。その巨大で精密なディテールはただの石像には見えない。いや、違う、これは断じて石像などではない! わずかに水に浸された足先から『ヒトガタ』に触れる、俺は背中にイトゥンを背負ったまま『ヒトガタ』のあちこちを確認し始めた。


 装甲の素材は石に似ているがこれはたぶんセラミックだ、陶器のようになめらかで部分的に軽石のように気泡が浮いている部品もある。各関節にはパワーユニットと思しきジャッキやピストンやサスペションなどの筒が見え、胸部にはめ込まれたきれいな瑠璃ガラスのようなあれはポリカーボネイト樹脂じゃないのか? 明らかな人工物、それも原始的とはいえない技術によって作られた……これは『ロボット』だ!


 素朴な感性しかない里の者にはこれは『石像』に見えるのかもしれない。しかし、機械技術を知り、子どもの頃からTVアニメに慣れ親しんだ者ならだれもが言うだろう、「わー、ヒーローロボットだー!」と。


 大きさは、さほどでもない。前出したとおり全長は10m弱。そのサイズと外観的にいうなら、MSモビルスーツではなく、HMヘビーメタルでもない、小さすぎる。かといってWMウォーカーマシンATアーマードトルーパーのように無骨な鉄製品と言う感じもしない。そうだな……これってABオーラバトラーっぽいよな! ヒトガタだけど!


 俺はヒトガタの胸部を覗き込んだ、透明ではあるが、あまりはっきりと向こうが見えない。パターン的にはここがコックピットのはずだ。開閉装置はどこにあるんだろう、ここか! 側面のパネルらしき部分をスライドさせる。ぷっしゅー、という空気の抜けるような音とともに、がきんっ、と音がして胸部が観音開き的に開いた。まちがいない! ここがコックピットだ!


 心臓が跳ね上がるほど緊張し覗き込んだ場所にはシートがあり、中に人の姿はなかった。よかったここで人骨とか白蝋化した死体とか出てきたらどうしようかと思ったぜ。上半身を屈ませ内部を見る。胸部のキャノピーは半透明に見えたが、内側からの透明度の方が高い、マジックミラー式なのだろうか。シートは革張りなのか? 妙に肉厚で柔らかい。左右に複数のレバー、スクリーン、スイッチ、フットペダルなどなど、どう考えてもロボットだ、人が乗り込んで操縦する機動機械!


 この形状と材質とサイズ的に兵器ではないと思う、なにしろ砲弾1発で転倒するし壊れる構造だ。これは作業機械だったんじゃないかなっ。モノを運んだりするとかっ。そうだ、これ動かないかなっ、そうすれば里での土木作業が格段に向上するはずだ。治水工事に開墾、巨石と樹木の運搬、おおきな建物もより容易に作れるはずだ。きっと皆の役に立つ! エネルギー源はなんだ、まさかガソリンではあるまい、蓄電池とかだろうか?


 どきどきしながら汗だくであちこちに触れてまわった。背中に乗っかるイトゥンの重みも気にならない。最近気が付いたが、どうやら俺はここにきてからずいぶんと『力持ち』になっているようなのだ。里の皆は小柄でやせっぽっちだから、なかなか比較対象的がなく気が付かなかったが、俺の脚力や腕力はかなり強靭なものとして評価されている。

 というのも、里で作られた柵や農具の柄などに俺が激しく触れると、あっさりへし折れてしまう事故が頻発したからだ。俺の感覚としては、ここの木材はずいぶんと密度が軽いなという感覚だ。大げさに言えばサトウキビかウドのように感じられる。

 いろいろな思いが交錯し、胸元の布で額から流れ落ちる汗か水だかを拭い去り、ふんふんと鼻歌も交えながらご機嫌に確認作業を進めてゆく。何を隠そう俺はこの手のロボットアニメが大好きだったんだ。おまけに人が動かす機械製品も大好きで、10代ではオートバイに触れていたし、20代では旧式のクルマも所有した。古いラジオなどは必ずばらして組み立て直しといった遊びをして……。


「何をしているのですか!」


 突然の怒声。見るとヒトガタの足元で仁王立ちになっているイズナがいた。いかん、そうだった、こいつがいたのだった。


「あなたと言う人は、なんて場所で、なんという格好で…、破廉恥な!」


 うん、俺もいま気が付いた。びしょ濡れの俺は、着崩れた半裸の姿で、背中に全裸の少女を背負い、少女の着物を肩に汗をぬぐい、えらくご機嫌にスクワットをしているのだ。なにこれ人さらい? 西洋バロック絵画のワンシーンを決められそう。「レウキッポスの娘たちの略奪」とかどうだろう? そして怒り狂ったイズナはまたしても陽光の下で全裸なのであった。


 あとで思えばそこできちんと言うべきだった、釈明すべきだった、提案してもよかったかもしれない。「なぁ、俺たちいい加減、全裸で喧嘩するのはやめないか?」とか。うん駄目だな殴られる。何にせよ、激しく動揺した俺は、思わず逃げ出すようにコックピットにもぐり込んだ。


 ぷしゅーっという音を立ててキャノピーが閉まる。暗闇にわずかな明かりが灯されており、シートの形がゆがみ、転がり込んで座った俺の体を激しくホールドした。まるで全身マッサージ機に締め付けられるような感覚だ。後頭部からヘルメットの様なものがせり出し、肩と頭部をがっちり固定する。視界はバイザーで閉ざされた、後頭部にぴりりとした痛みが、なんだろう、何か電流を流された感じだ。


『オーナ適合xx確認、遺伝xx合性xxパーセント。保管xxxxx年xxか月により準オーナと認xx。動作反射xxx七十パーxxxx』 


 何かがヘッドセットの奥からアナウンスを始めている。


『サスペンxx態からの緊xxxープを解x、メインスクxxx投xします』


 バイザーにゆがんだ横線の信号が走り、やがて1本の線に変わってゆく。意識が少し遠のく、視界がクリアになり感覚的な透明度が増してゆく。遠くに青空が見え、緑豊かな森があり、流れる滝の水、澄んだ泉、力なく投げ出された腕と脚が見える、その足元に『ちいさきモノ』が見えた。ウルサク、煩ワシク金切リ声ヲ上ゲテイル。我ノ胸元ニモ一人『ちいさきモノ』ガイル。我ノ胸元ヲ不安ソウニ覗キ込ンデイル、不敬ナ!


 違う!


 身ヲ起コソウト身体ヲユスル、硬イ。コノ身ヲ動カスコトノナイママ過ゴシタxx周期ハイカホドナノカ。『ちいさきモノ』ハ悲鳴ヲ上ゲ、ソノ身ヲxxxxxオル。我ヲ煩ワセタxx、ソノ身デ償ウトヨイ。


 違う!


 ユックリ半身ヲ起コス、体ガキシム。『フギン』ト『ムニン』ガ゛完全デハナイ。『フレキ』ハドコダ? 剣ヲ、槍ヲ持テ、我ハ立チ上ガリ敵ヲ滅ボサント欲ス! 煩ワシキ物事ヲ我ニ持チ込ムナ!


 やめろ!


 敵ハドコダ? 味方ハドコダ? 軍勢ハ! 我ト共ニxx雄々シキxxxxハドコダ!


 イトゥンが転げ落ちてしまう! イズナを踏みつぶす気か!


 ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!

 ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!

 ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!ドコダ!


 やめろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

      

 声を上げることなく心が絶叫していた。何かが引きちぎられるような感覚と共に、周囲の胎動が収まる。ずしんっ、と音を立てて『ヒトガタ』が再び各坐した。感覚的にわずか数センチ身体を動かしただけだったが、衝撃的に2階から飛び降りたような振動が走った。


 ぶっしゅーーーっ! 音を立ててキャノピーが開かれる。よかった、イトゥンはまだそこにいた、ぶるぶると体を震わせて必死になって外装装甲にしがみついている。ちょうどサブセンサーの突起があったのが幸いしたのだろう、排熱管に身体を寄せていなくてよかった、あの高熱ではこんな裸身だと焼け爛れてしまう。イズナはむき出しの脚部筋肉筒の傍でしゃがみ込んでいた。まだ発熱がしていなかったのは幸いだ、彼女も火傷はないだろう。


 何を言っているんだ? 頭の中でぐるぐるといろいろな単語がかき回される。この機体のパーツ、状態のさまざまな単語が脳みそと思考の中でうす巻いていた。気持ちが悪い。ひどく視界が揺らめく。


 「だいじょうぶだったか…」


 ひとことだけ、口にできたのはそれだけだった。俺は意識を失い倒れこんだ。コックピットから転げ落ちそうになる感覚と共に、あたたかくやわらかいものが俺を繋ぎとめたように感じたのは気のせいだと思う。

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