第11話:俺は状況を知った。
結論から言おう。俺は獣肉を手に入れ、電話は手に入らなかった。もっと明確に表現するなら、俺は完全に認識を改めた、というか諦めた。そして社と里での生活を始めた。
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里には、板葺の家屋か竪穴式住居ばかりだった。板葺屋根の屋根の上に石を載せているのは台風除けというか、強風による吹き飛ばされ防止だろう。粗末な作りの家が多く、そこを元気に走りまわる子どもと、作業らしきものをしている大人たち。皆一様に貫頭衣というか浴衣と言うか、イトゥンとバルドルによく似た衣装を着ている。何人かは染料で染めたと思われる布を頭に巻いたり腰に巻いたり肩にかけたりしており「おしゃれ」を楽しんでいるようではあるが、いやはや、これがアミューズメントパークなら某ねずみの国もびっくりだ、何しろゲストたる客は俺一人なんだから。この人件費だけでどんだけ赤字がでるんだというか入場料は無料だったな、あと児童労働法違反だ。
電柱も、標識も、高架道路も、鉄路もない。いやそれは遠景から望んで見て、諦めてはいたが。
土むき出しの道を歩き、猟師の家を訪ね、その他に細々した用事を済ませた。ここで驚いたのはバルドルの人気の高さだった。里の者はイトゥンは遠巻きに見るが親密には話しかけてこない、が、バルドルには違った。皆があれやこれやとバルドルに話しかけてくる。内容は雑談に相談に噂話に恋話だ。
恋話!?
なんと驚くなかれ、この朴念仁というか恋愛皆無主義のような「武辺者」っぽい、剣おたくで戦闘狂と思われる言動を俺に叩き付けてきたこの男が、この里の相談役っぽいのだ。あの娘とあの若者をくっつけてくれないかとか、あの若者の真意を聞いてきてくれとか、今度の祭りでは予定はあいているのかとか、そろそろお前も嫁ごをもらえとか、いっそうちの双子を娶ってくれんかとか。なんだと!? どんだけリア充なんだこの野郎。
「ひとまずこれでいいか」
そんな里のひとたちとのやり取りの中、バルドルが布の塊を俺に押し付けてきた、どうやら衣類らしい。「お前、それ変すぎだ」とはバルドルの言だ。何しろ俺の風体と言えば、昨日、社で借りた浴衣のような衣類、ウサギの肩掛け、通勤用レザースニーカー、ビジネスバックという現代社会で表に出れば通報間違いなしの状況なのだから。浴衣の裾は短く、すねがむき出しだ。うん、おれもこれはどうかと思っていた。正直、強烈に思っていた、だから無視した!
「そこで着替えてこいよ」というバルドルに礼を言い、建物の陰で身支度を整える。なにこれどうやって結ぶんだ? 木綿布を二枚四枚を繋いで作られた浴衣のようなもの、麻紐と木綿布などの腰布、ターバンっぽい巻き布、適当に身に着け戻ると「なんだその珍妙さは」とバルドルがあきれていた。
「まだ裾が短いかな?」
「そうじゃねぇ、そんな縛り方じゃ、すぐ解けんだろ。おまけになんだその覆面、お前のツラはそんなに人に見せられんのか」
「うまく頭に巻けなくて」
バルドルは、猟師から受け取った山雉っぽい鳥を四羽縛り結んだ麻紐を肩にかけたまま、「こっちだ」と首をふって促した。
里の真ん中に、社ほどではないにせよ大きな高床式の建物があった。「若衆男組の館だ」とバルドルは言う、里の中で評判になった、身体と精神が特に頑健な者たちが、訓練と儀式を経てこの館に居住するものらしい。家の畑の世話や狩りもするが、主な仕事は里の運営。とりまとめごとを行ったり、紛争の仲介、不埒者の処罰、そして里の防衛。自警団の詰所のようなものか、もしくは『戦士の館』といったところか。
建物の傍に来ると、建物の周りから中から十名ほどの若い男たちが飛び出して集まってきた。「バルドルさん」「若頭」「兄さん」などなど呼び方はまちまちだ。そいつらが一斉に言う。
「誰です、こいつ?」
どいつもこいつも身長百五十~百六十センチあたりか、どいつもこいついも痩身で血気盛ん、中学1年生の群れに囲まれた気分だ。オラオラ的な雰囲気を漂わせている。「いったい、どこ中だオラ、やんのかコラ」と今にも言ってきそうだ。「こっちは厨房を相手にしているヒマねぇんだオラ、ガキは小便してさっさと寝ろコラ」と言いたい気分を押さえて、泰然自若とする。ここはアウィだ落ちつこう。
「社の客人だ、いまはニョルズの治療を任されている。誰か、とりあえずこいつに里の衣の着方を教えてやれ」
ぽいっと山雉を二羽、話しかけてきたヤツに押し付けて「飯にすんぞー」と言い出した。まだ食うのかこいつは。
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そんな風に里に初めて踏み入れてから、俺は社と里を行き来するようになった。最初は社に男が常駐するのはどうだろうかと言われたが「治療師・薬師」は別らしい。それに俺は里の者に身寄りや繋がりを持たず、若衆男組の館に居住するにも「試し」を済ませてないのだからバルドルも受け入れを進めれなかった。結局、引き取り先不明の旅客人は社預かりの身、ということとなり、バルドル一同若衆組に眼光鋭く睨まながら、当座は社の離れの小屋で寝起きを許された。
朝と夕方にニョルズの手当てをする。ニョルズには俺の申し出と特段の配慮で社の一角に床を借りた。俺の寝起きする小屋は決して日当たりがよい訳ではなく、そこでの治療は傷に良いとは言えなかったからだ。残り少ない薬を気にしながら手当てをする。といっても滋養のある食べ物を取らせ、薬を塗り、衛生的な布で患部を清潔に保つだけだ。あとはイズナの祈祷がある。
ニョルズと取り留めのない話もした。里での生活の話なら、イトゥンやイズナよりずっと実体験に即しているのだから明確だ。
「バルドルさんは、先代組頭からの推挙で頭を継ました、若くして継いだので最初は里の者にも不安はありましたが、今では立派な頭です。問題があるとしたらいまだに嫁を取らず、女性を寄せ付けない男気がありすぎる所でしょうか」
「確かに嫁取りはまだの様だった、あいつはいくつなんだろう?」
「確か十九です。急がないといけませんね」
「君はいくつだ?」
「十三です、あと二~三年後になれば僕にも話が来るでしょうね」
楽しみです。と屈託なく笑う彼を見て、やっぱりと思った。そうだよな、ここでは婚姻は早いんだ。
「イズナさんやイトゥンさんは婚姻をしているのかな?」
「巫女さまは俗人との婚姻はしませんよ? 神様と結ばれておられるのですから」
イトゥン様も姫巫女として修業中の身ですから、と言う。
「先生の故郷では巫女さまも婚姻をされていたのですか?」
私の故郷には巫女さまはおられなかったんだ、と言っておく。まさか神社のバイト巫女の話をしても仕方があるまい。よく知らんし。
ニョルズは毎食の獣肉を喜んで食べていた「ご馳走ばかりです」という。野草・雑穀と獣肉の塩茹でや炊き込み飯、乾燥した木の実や果物、焼き魚やだった。顔色もよく、順調に治療は進んでいるようだった。肉の引きつりが気になったので、傷口がふさがったあたりで湯で湿らせた布を患部に当て、かるく動作確認もしておいた。大丈夫そうだった。
彼は要領よくいろいろなことを伝えてくれた。
里の皆は、ある程度の稲作を行い、その他に雑穀やイモ・豆類を栽培し、狩猟も行う雑多な生活様式のようだった。魚も獣もよく捕り、物々交換を主体とする経済交流であった。貴重品としては、翡翠やオパール、琥珀の輝石、金粒、鉄や銅の塊、ガラス玉などであり、工芸品として黒曜石の装身具、道具、織布、毛皮、牙などが扱われていたが、里の中ではの基本は物々交換であり共有財産方式のようだった。
金属製品は鉄や銅の鋳鉄のようだった。工具・農具のほか、わずかに武具も作られていた。剣は最近使われだしたもので、主流は槍と斧と弓のようだ。弓は短弓でありあまり遠くまでは飛ばないようだ。近距離の小動物を仕留めるためのもので、大型獣には槍と斧と罠で仕留める。
そして最近、近郊の里では大きな諍いと争いがおきているらしかった。
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日中はイトゥンとよく川べりや山道を歩いた。彼女とは会話を楽しむことはあまりない、とにかく周辺地理を知っておきたいと思ったのだが、姫巫女と呼ばれていた彼女は意外なほどに地理をよく知っていたので散歩のように同行したり同行されたりした。
彼女は人と会話を楽しむより、自然と戯れるのを好む気質らしく、口数の少ない彼女とともに道のない場所を歩きながらいろいろなことを教わった。ここにはイノシシがでる、ここにはサルがいる、ここは眺めがよく、ここが山の稜線になり、ここはきれいな湧水があり、ここは気持ちのよい水辺である。
そんな細切れの情報を教わる日々のなか、出会ったのだ。運命を大きく変えるアイツに。