第10話:里へ、あの人と一緒に。
【10】
治療に獣肉をということで里の猟師を訪ねることになった。獲物がすでにあれば良し、なければ依頼して用意いただくか……俺がしとめるか、だ。
どうやって!? 魚釣りぐらいなら子どもの頃にしたことはあるが、鳥獣を捕ることは当然したことなどない。罠で捕まるものならいいが、そもそも罠の仕掛け方も知らなければ道具もない。どう交渉したものか。
そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、婆さんは「バルドルに案内してもらうとよい」と気軽に言ってきた。「なんでオレが」とバルドルは当然の反応をした。「ニョルズのためじゃぞ?」と婆さんが声を重ねると「ちっ、わかったよ」と承諾する。なんだろう、コイツ実は結構いいヤツなんじゃないだろうか。それに扱いやすすぎる。
「わたしも」とイトゥンが声を出したので、良いのか? と言う風に婆さんを見ると「まあ、よかろう。案内してもらうとええ」と承諾を得たので「では、よろしく頼む」と2人に挨拶をした。彼女に同行いただけるのは確かにありがたい、バルドルとだけで何かトラブル&暴走があったら俺の身に危険が危ない。こんな子どもに仕事と言うか、足労をかけるのは気が引けるのだが、どうもバルドルは婆さん、イズナ、イトゥンには逆らえないっぽい。それに彼女はたぶん社ではそれなりに権威ある立場らしいし、里でもきっと同様だろう。猟師への依頼がスムーズに進むのなら本当に助かる。何しろ『代価』を支払うすべが俺には無く、どのようにするのかもいまだ知らない。信用取引となれば、初めて見る顔のよそ者は排除されるだろう。
とにかくだ。これでやっとこの社から離れ、周囲の状況を確認できる。社は特別な場所らしいし、里に下りたら普通の社会に出会えるだろう、そこで無事に電話か携帯電話のアンテナを見ることができたら……甘い期待だな。とにかくこの『世界』のことを知ろう、知らないことには明日の命も危うい。
青空の下、庫裡を出て、里へ向かう道を行く。下り道だった。
つまり今までの俺の行程は、大きな山々が連なる外輪山のひとつ、山頂付近にある「滝&小屋」から道を下り、山腹にある「社&庫裡」に出て、そこを下って「里」に出るというコースになるようだ。ひたすら下り道、このまま人生も下り身にならなきゃ良いけどな…。そんな馬鹿らしいツッコミを心の中でいれながら歩いてゆくと、すぐに視界が開けた場所に出た。
そこからは太陽の光を照り返す、けっこう大きな河が見え、そのはるか向こうには河口と海も見える。午前中の陽光を受け、まぶしいほどに煌めく光だった。このすぐ下に集落はあり、その河沿いにも家々はある。河口付近にも家はあるように見えた。
「あれが俺たちの里だ」
バルドルが胸を張って言った。さわやかな風が吹いた。目を細めて俺は言った。
「どこまでなんだい?」
「本家はこのすぐ下手だけだ、だが、族集落なら向こうまでずっーとだ」
「何人の人が住んでいる集落なんだい?」
「知らん、家なら二百か三百か、本家だけでな。人の数なんて、始終、生まれたり死んだりしてるんだから、数える奴なんていねぇよ」
大きく両腕を上げて『のび』をしながらバルドルは言った。日によく焼けた感じの肌に、薄くだが引き締まった感じの筋肉が乗った腕と腿がむき出しになる。日に焼けて色素が抜けているのか、もともと色素が薄いのか、茶色とも灰色ともいえる『つんつく髪』が風にそよいだ。目を細めて日の光を浴びている姿は、金色の銅剣のイメージと合わさって、どことなくやせたライオンを連想させた。
そんな彼を見るともなく眺めながら、「出生数が高く、乳児死亡率も高いということだろうか。それとも別の要因があるんだろうか」的なことを考える。
「本家なら二百四十五戸。二千四百人ほどの人が住んでいる、この周りの山々にも同じくらい。川沿いと河口近くの海社は少し多いい。だから八千人ぐらいだと思う」
イトゥンが言った
「お前は妙なことを知ってるな」
バルドルが驚いた表情で言った。
「戸数から数えればいい」
イトゥンが言うには、一つの家には、ばらつきはあるにせよ十人前後で居住しているので、そこからざっとした数をはじき出したということだ。頭の回転のはやい子だ。『概算』と『平均』いう概念を知っているのか。1戸の典型的な家族構成は『祖父母二名、両親二名、その子どもたち五~六名』というものだった。もちろん両親の兄弟姉妹の若夫婦が一緒に住んでいる場合もあるし、子どもの数にいたっては千差万別だ。
「多いいのが良いなら二十人くらいできる」
イトゥンは言った。すげぇな、おっかさん、どんだけたくましいんだ。
「子どもを産むのは重労働だと思ったが」
「たいへん、だから頑張る」
「育てるのも大変だよなぁ」
バルドルが会話に加わり、なんだか神妙な顔をした3人となって里へと入っていった。