プロローグ & 第1話:滝、あの人と出会った。
【自己紹介】
山犬。(やまいぬ。)です。
ずっとライトノベルや冒険活劇の小説を読んでいました。今回、自分が大好きなものを詰め込んで物語を書いてみようと思います。きちんと最後まで到達できるといいな。
【プロローグ】
そろそろ弾切れかな…。
水晶棒の光が徐々に弱くなってゆくのを横目で眺めながらそう思った。少し無理をしすぎたかもしれない。そう思ったところで水晶棒の光は完全に消えた。水晶棒は俺の右手の手のひらの内で、薄く暖かみのある光を消し、濁った傷だらけのガラス体に変わった。
最後のパルスレーザーが、朝の冷涼な空気を切り裂いて丘の向こうに飛んでゆく。ガラス体のキャノピーごしに、丘の向うで雲霞のように密集体制を取っていた槍兵たちがまた弾かれるのが見えた。青紫っぽい土煙が上がる。いまのでまた何人かが命を落としただろう。
しかしなぜここの大気ではレーザーが可視光線なのだろう。大気に何か混ざっているのだろうか。大量の水分子でも含まれていれば可視化されるのがレーザーだが、もちろんそのような霧は出ていない。それともいま撃ったこれはレーザーではないのかもしれない、荷電粒子砲とか? それにしては磁場に影響されてはいなさそうだ。いやそもそもこの大地に磁場って存在するの? 南北の彼方に極点は無く、大地は丸くもなく、世界の果てが断崖絶壁になっていたり、絶えることのない滝になっていても、もう俺は驚けないかもしれない。
益体もない考えを振り切り、目の前の問題に集中しなおす。これで相手が引いてくれれば良し、引いてくれなければあとは泥臭い肉弾戦か、それとも…。
引いてくれなかった。
槍兵たちのそのまた向こうから1体2体と、朝日の朱にそまった大型の人影が見え始めた。槍兵よりもかなり大きい、遠近感が狂うような巨体だ。槍兵と比べ4倍程度の身長がある。大型のその姿は、槍兵たちの持つ、薄い板の盾、皮の兜と鎧、粗末な穂先の槍と比べると鎧武者のように重く立派に見える。大きな姿の鎧武者は、上体を揺らすようなぎこちない緩慢な動きでこちらに向かってくる。
数は…6体。予想よりも多いいじゃないか!
これは気持ちを引き締めなおさなければいけない。敵の姿ができるだけ重なった部分を見つけ、左の水晶棒を軽く握り、念じた。今度は長く強く光るビーム、たぶん中性粒子ビームが飛んで行った。
ビームを胸で受けた大型の鎧武者は、一瞬身体を激しくふるわせた後、鎧の隙間のふしぶしから煙を上げて崩れ落ちた。しかしその後ろに立っていた鎧武者はほとんど無傷のようだった。ビームは貫通はしなかったのだ。その傍らに立つ武者への影響もない。
再び水晶棒を握りなおし、もう一度ビームを念じる。水晶棒の光はその度に弱々しいものへと変わってゆく。
「おい、御使い(みつかい)様よ! 左からも大型のヨトゥンが4体来ているぞ!」
突然俺の脚下で、いや違う、俺の操る人形の左ひざあたりから声が上がった。俺も鎧武者のような大型の人形なのだ。正確には人形に騎乗しているのだった。身体のほとんどを動かすことができないほどに締め付けられた姿で、意識と神経を繋ぎ、その巨体を操るパイロットとなっている。
後頭部からヘルメットのようなもので頭を固定され、首を動かすことができないため、横目に視線走らせると、確かに左側の丘からも近づいてくる鎧武者の姿があった。俺は最後となるビームを正面に放つと、左側の鎧武者たちに向かって人形を走らせた。こうなったら肉弾戦だ。
丘を駆け抜けながら背中に腕を回し、背負った槍を操る人形の手に握らせる。人形の身長ほどの柄と、半分ほどの長さの穂先は、頼もしい重さをもって鎧武者に突き立った。確かな手ごたえと共に強烈な電磁パルスが発生し、敵の体を焼いた。目の前のヨトゥンは煙と炎を上げながら各坐した。
俺がもといた丘からは、ヴォータン! ウォーダン!という声が上がっている。我が軍、といっていいのだろうか、彼らは俺の操る人形をそう呼んでいた。俺を鼓舞し、自らを鼓舞する声。意気は軒昂のようだ。これならば槍兵集団を威嚇できる。
そして俺の視界が暗くなる。また1段エネルギーが減ったのだ。さて、あと何回攻撃できるだろう。各坐した鎧武者の向うで3体の鎧武者がじりじりと迫ってくる。
【1】
どうしてこうなった。そういった言葉は時々目にした、耳にもしていた。が、自分がそのようなフレーズを口にすることがあるとは予測もしていなかった。
冷たく湿った空気、轟く水音が背後から聞こえる、これは滝だろう、水と草の匂いがたちこめる中、滝壺の手前にある大岩の上に俺は横臥しているらしい。ああ、滝は背後じゃなくて足元だなこれは。そしてそっくり返るように横になっている俺は、少しづつ後頭部を濡れた岩肌で滑らしながら、目の前で惜しげもなく裸身をさらしている娘と視線を交わしている。
抜けるような白い肌、華奢な肢体、豊かな胸と対照的な細い腰。色素の抜けた白い髪は身体に張り付いて、それがまた微妙にフェティッシュだと思う。驚きに見開いた瞳は真っ赤だった。アルビノ? そんな奇特な姿の奇特な娘を、奇特な姿勢で眺めている俺。双方の距離は5~6m程度、双方ともに驚愕の表情、そして双方まっ裸。そう、俺も、彼女もまっ裸だった。どこまで気が合うんだ、いや、そういう問題ではなく、これはいったいどういうことだとか思っているうちに、彼女は悲鳴をあげて身を縮め、俺も驚きの声を上げながら岩から落っこちた。
水はとても冷たかった。
「どういうことです! 貴方はいったい何者ですかっ、いつの間に神域の奥まで足を踏み入れたのです!? 先ほどまで祭壇には誰もいなかったはずですよ!」
娘は興奮したようにまくしたてていた。まっしろな肌がいまは興奮のためかほのかに色づいてたいへん色っぽくまたおっかない。その娘の背後からは彼女に白い着物を着せた老婆が、落ち着きなされ、巫女さま、落ち着つきなされ、とひたすら声をかけている。うん、俺もそう思う。おちついて濡れて肌に張り付いているその白い着物の着崩れを直さないと、また大切な場所が見えてしまうと思う。何しろ彼女の大切な場所は先ほど……。
いかん、思い出したらいかん。
俺は腰のまわりにまきつけた布を押さえ、別のことを考えようと視線をめぐらせた。ここは先ほどの滝の傍らに建てられていた小屋の中だ。まだ真新しい木の香りが残る小屋で、一角には祭壇のような宴台部分があり、出入り口は2か所。宴台の裏側とその向かいに外へと繋がる玄関っぽいものがあった。
側面の壁には棚があり、こまごまとした道具類がおさめられている。俺の布も、彼女の着物も棚から出され、与えられた。棚のそばにも子どもがひとり、その子どもが老婆に渡し、老婆が娘と俺に衣類と布を渡したのだった。
そもそもここはどこだ? 小屋の作りは素朴ながら何か清浄で神聖な感じがするが見覚えは無い。この小屋の周囲の大自然すぎる大自然にも見覚えは無い。俺は確か昨夜まで連続勤務十六時間の十日目か二十日目か四十日目かのあたり、俗にいうデスマーチ的な業務で……あれ? どうだったっけ? 昨夜は何があったんだっけ? 普通のルーチンなら、終電1本前あたりで帰宅をして、自宅近くのコンビニでカレーまんと明日の朝食を購入し、シャワーを浴びたらそのまま倒れるように眠っているという状況のはずだけど、昨夜はカレーまんを食べたかな? 何か違和感があるな。そもそも俺は寝る時に裸になる趣味はなかった、お腹冷やすと体調崩すし。
何か忘れているような気がする。そんな気持ちで腕を組んで横目になって考えていると、先ほどの棚のそばにいた子どもが何か差し出した。
「ああ、どうもありがとう」
器に入ったそれはお茶のようだった。白い湯気を立ており、うん、ちょっとまだ肌寒いし、温かなお茶はありがたい。日差しは春の陽気のようだが、さすがに先ほど冷たい水を浴びたばかりだし、まだ髪の毛も濡れているし、体に身に着けているのは布きれ1枚だし。
これが大型バスタオルのような布ならまだ身を包めようもあるが、なんだかえらくペライ布地なんだよな、いや肌触りは良いんだけど、なにこれ木綿なの? さらしっぽいかな?
受け取った器は白い素焼の陶器で、手になじむ感覚がなぜか懐かしい。ざらりとした肌触りと暖かさ、お茶の色と香り、緑色なそれは清涼な香りがした。ひとくち口に含むと柔らかな苦みとかすかな甘さを感じる。新茶ですかね。
「おいしいです、ありがとうね」
子どもに向かってにっこりとほほ笑む。笑顔は全世界共通の挨拶だ。
子どもはじっとこちらを見た。この子も先ほどの娘さん同様にびっくりするくらい肌が白い。なんだろうミルク色みたいな肌だ。この子の髪の毛は真っ黒で、おおきな瞳も黒目が大きいのだろうか小動物的に真っ黒だ。それに比して鼻や唇は小さめの作りで愛らしく、首がおそろしいほど細い。うん、あいていに言えば美少女ですね、子どもと表現するべきか少女と表現するべきか、9歳10歳はどうなんでしょうね、微妙な年頃ですね。とにかく軽く週刊誌の巻頭カラーを飾れるほどには美しいです。将来は安泰か大波乱でしょうか。
じっと見つめられるしぐさに、こっちが気まずくなり、お茶をゆっくりとした所作でもうひとくち口に含む。熱い湯がじんわり胃の中に広がって気持ちがいい。
「ちょっと! 話を聞いているのですか!」
「いや失礼、いまちょっとだけ聞いていませんでした、お茶があまりに美味しかったから」
まくしたてていたもうひとりの、美女と呼べる年頃の娘は唖然とした表情をした後、顔色を一段と朱に染めて息を吸った。再びのマシンガントークが火ぶたを切る前に俺は口を開いた。
「私の名前は北野虎二朗といいます。まずはここがどこか教えていただけませんか、あいにく私は道に迷っているようです」
マシンガントークを放つはずだった口は、ぱくぱくさせる空砲に終わった。老婆が美女の背中をさする。そして少女が口を開いた。
「巫女さま、たぶんこの方は御使いさま。泉にへんなものが浮いていた」
少女が背後から包みを取り出し、ほどいた。そこには見覚えのある俺の衣類と鞄がぐっしょりと濡れて水をしたたらせていた。