98.優しい色した若草の
グッドマンがその病室に到着した時、真っ先に目に飛び込んできたのは、主であるディスカストス侯爵のベッドに突っ伏して眠っている、人物の後ろ姿だった。
(ーーまさか!?)
グッドマンはそれが自分の期待している女性であることを信じ切れないまま室内に入り、特別室のムダに広いベッドをぐるりと回りこんで、反対側からやっとその人物の顔を覗き込みんで確認した途端、驚愕のあまり目を剥いてしまった。
(バ、バクスター様!!!)
それはこの2年半の間、グッドマンもアクセルも、それぞれの伝手と取りうる手段の全てを使って探して続けてきた女性、グッドマンが密かに未来の侯爵夫人、ディスカストス侯爵家の女主人と心に決めた女性だったのである。
グッドマンは驚きと共に激しい安堵を覚えて、思わず涙ぐんだ。
(……バクスター様……)
グッドマンの記憶の中で朗らかに笑うリンに比べると、その寝顔は酷く疲れているように見え、幾分大人っぽく感じられた。幸い、病的にやつれた様子はどこにもない。2年の月日が与えた変化としては、肩口や腰の辺りに、以前にはないどこか柔らかなまろみが感じられた。
リンがここにいる、ということで、グッドマンは彼の主人が何故あんな無茶をしでかし、こうして入院する羽目に陥ったのか、その事情について、大体のところを悟った。
おそらくーー。
彼の主人、アクセル・ディスカストス侯爵は、この2年余の間、探し続けてきた恋人の所在を掴んだ途端にいてもたってもいられず、ここに向かったのだろう。しかし、あいにくの嵐に遭い、きっと対岸にあたるオーパスの港では、出航の許可が出なかったに違いない。
それでも、ディスカストス侯爵閣下はどうしても、一刻も早くマニティ島に渡りたいと望んだ。嵐が来ているとか、転覆の心配があるとか、そういう命の危険があることさえ霞んでしまう程に、リンを求めていたということだろう。無論、そこには、所在が知れたことで、リンが再び逃げ出してしまうのではないか、という不安もあったのかもしれない。あるいは、見つかったという報告にあったのが、本当にリン本人なのか、一刻も早く会って確かめたいという衝動を我慢できなかったのかもしれない。
とにかく、普段のアクセルにはとんと見られない、あまりにも衝動的で突発的な行動に、グッドマンはこめかみを押さえた。
(はぁー……旦那様、気持ちは分かりますが、死んでしまったらどうしようもありませんでしょうに……)
グッドマンはため息をついた。そして音を立てないよう慎重に持参したアクセルの着替えの入ったスーツケースを開け、中から柔らかな色合いの若草色したシルクカシミヤのカーディガンを取り出すと、すかさずリンの肩にそっとはおらせた。
続けて、特別室ならではの、作りつけのワードローブにスーツケースの中身を収納したり、持参したティーポットとティーカップ、そしてアクセルの好きな紅茶の銘柄を枕元のスツールにせっせとしまいこんだりとひとしきり働いた後で、改めて、主人とその想い人が二人仲良く手を繋いで眠り込んでいる姿を見遣った。どちらかと言えば、手に手を取ってというよりも、明らかにアクセルのほうが"決して離すまい"という感じでリンの小さなほっそりとした手を握っている。そんなアクセルの必死さをしみじみと感じ入って、グッドマンは少し笑った。そして、アクセルが眠り込んだ後も、握り込まれた手を引きはがすことなくそのベッドサイドにいてくれたリンに心の底から感謝したのだった。
短いですが、キリがいいのでここまで。
続きは明日、更新します☆彡




