88.灰色のブランコ
自分の足に巻き付いた白い妙な物体をしげしげと眺めて、ミリアムはしばし立ち止まり、考えた。
(なんなんだろう、コレ?でも、これじゃ歩けない)
ミリアムは試しに先程までと同じように、遠くに見える白い銀色のギラギラの方向へと歩こうとして、足を動かそうとしてみた。
ところが、その雲のような拘束具は、ミリアムの動きなどお構いなしに、ギュウギュウとミリアムの足首を締め付けてくる。フワフワしているので肌への当たりが柔らかいのだけが救いである。
「なっ……!なんなのよぉ、コレ!」
思わず叫んでもやもやに向かって手を伸ばし、どうにか剥ぎ取ろうとしてみる。
しかし、そんなミリアムの手の中で、その白いもやもやは形を変え見かけを変えて依然としてミリアムの足を拘束し続けた。
ミリアムはといえば、なぜだか無性に腹が立って、まるで子供のようにわんわん泣き叫びながらなんとか取り除こうとした。こうしてミリアムと、その白い雲状の拘束具との攻防はしばし続いたのだった。
そのうち足からそれを引きはがすことを諦めたミリアムは、まるで匍匐前進のような体勢で芋虫のように身体を左右に振りながら、ジリジリとあの光り輝くギラギラの場所へ近づこうと懸命な努力をした。
一方、白い雲状のソレとて、黙ってはいない。ミリアムが10センチ進んだかと思うと、ミリアムの身体をなんだかんだと後ろへと銀色のギラギラから引き離すといった具合である。
そんなこんなで、いつの間にかミリアムは最初に寝っ転がっていた緑の草原に戻ってきていたのだった。
(あれ?どうして私、あんなに必死であの、白く輝く場所に近づこうとしていたんだったっけ?)
なんだか心の奥底から沸き上がっていた『あの場所に行かなくちゃ!』という不思議な衝動が消えてしまった今となっては、そんなふうにぼんやりと思うだけである。
と、その時だった。ミリアムの真上にあった雲からなにかがするすると降りてきた。それは灰色のペンキで塗られたブランコだった。
「……なんでブランコが?」
そう思ったミリアムだったが、まるで「乗れ」と言わんばかりに自分の目の前にぶら下がっているのを見て、手を伸ばさずにはいられなかった。
すると、草原までミリアムを引き戻してからはミリアムの傍らで大人しくしていたあの白い雲状のなにかがミリアムの背中をグイグイ押してきた。
「……もう、なんなのよー!お前、一体なにがしたいのよぉ!」
そのわけのわからなさに、いい加減腹を立てたミリアムは必死で足を踏ん張ったが、雲のように柔らかそうに見えるクセに存外剛力なソレは、グイグイとミリアムの腰から足を押し続け、結局のところ、ミリアムはブランコに座らされてしまったのだった。
(グレーのブランコなんて、可愛くないなぁ)
そんなふうに思いながら、そのグレーのロープを握りしめ座ってみると、その座面にはわずかなカーブが切ってあり、臀部の丸みにぴったりとフィットして、とても座り心地が良い。まるでミリアムの為だけに誂えたかのようである。
それに加えて、ブランコの紐は見かけとはまったく異なる、とても柔らかい繊維で出来ていて、握りしめてみると、とても触り心地がよいのだった。
(まぁ、灰色もこうしてみると悪くないわよね)
と、そう思った瞬間である。
ミリアムの脳裏に一人の男の面影が蘇った。灰色の髪に、灰色の瞳。いつもいつも守ってくれた。大切な、たった一人の兄。
そしてその刹那、柔らかい栗色の髪をした大人しげな男性の笑顔と、黒髪をポニーテールにした背筋をピっと伸ばした、姿勢の良い親友の微笑みが脳天を駆け抜けたのだった。
「……わたし……わたし……」
(行かなくちゃ!お兄様、リチャード、リン!!)
強烈な意志の力がミリアムの身体を駆け抜け、それに呼応するかのように、灰色のブランコはミリアムを乗せ、ものすごい勢いで上へ上へと上がり始めた。
そうして見る見るうちに雲を突き破り、更に上昇を続けた果てに眩い光で満たされた白く輝く空間が広がっており、灰色のブランコはミリアムを乗せたままその光の中へと引き込まれていったのだった。




