83.二日酔いの侯爵閣下
※申し訳ありません!間違えて古いパートを2回アップしてしまいました。確認不足ー!
正しいパートをアップし直しました。
(2013/4/13 10:50)
「……いかがしました、旦那様?」
グッドマンに問われて初めて、自分が随分と情けない風体であることにアクセルは気付いた。いつも一部の隙もなく整えられている"はず"の襟元は乱れ、ネクタイの結び目はすっかり緩んでしまっている。それだけならまだ良かったが、ダイヤの嵌ったお気に入りのタイピンが無くなっているのに気付いてグッドマンは軽く左の眉をクイクイっと二度ほど上げて驚きの意を示した。
「昨晩は随分とお楽しみだったようですね?」
ソファから起きあがり、ズキズキ痛む頭を押さえながら顔を顰める主人にサンペレグリノの入ったグラスを渡しながら、グッドマンが声をかけた。
「……」
ボダムのグラスに入った炭酸水を飲み干してアクセルはふーと息を吐いた。
「気が済みましたか?」
まるで昨日の夜、一緒にブライテストにいたような口振りで言う有能な執事を見上げて、ディスカストス侯爵は不機嫌そうにそっぽを向くと首からぶら下がってぐしゃぐしゃになっているネクタイを解いて襟元を大きく広げた。
「……気が済むもなにも、昨日はひたすらブルーム伯爵の説教を聞かされただけだ」
「それで、バクスター様の邪魔をするのを諦めたか、と、そう、お訊きしているのでございますよ?旦那様」
「邪魔する気など最初からない」
「……そうですか?」
てきぱきと手を動かすグッドマンの手元から、薫り高い紅茶の薫りが湧き上がった。
炭酸水がアルコールで爛れた胃壁をさっぱりと洗い流した後に、グッドマンの淹れたマイルドで完璧な仕上がりのミルクティーを一口嚥下すると、アクセルはやっと昨日の夜のことを反芻する気分になった。
アクセルの寝室の窓という窓のカーテンを全て引いて開けて回ったあと、ソファコーナーに最も近いベランダの掃き出し窓を軽く片側だけ開けて、グッドマンがティーワゴンに戻ってきたのを見計らってアクセルは
「やっと……あきらめがついた気は、するな」
と、呟いた。
(ヨレヨレな状態でも尚、旦那様はなにか、人を惹き付けるところがございますね。良いことなんだか、それとも余計なことなんだか……)
グッドマンは2杯目の紅茶(今度はさっぱりとしたブランデーのような高山茶)を淹れると完璧な所作でアクセルの前に置き、自らも一人がけのソファに座りながら、目線だけで話の先を促した。
アクセルはソファの背もたれに深く背を預けると、手の中のティーカップから立ち上るその透徹で瑞々しい薫りを吸い込みながら、ひとくち口に含んだ後、語り始めた。
「リンのがんばりを一番近くで見てきた、教え導いて来た恩師であるドクター・ブルームにも言われたよ。私は彼女に相応しくない、私のような男は黙っていても寄ってくる軽薄な貴族の女性を適当に娶って、気に入らなければ跡継ぎを産ませた後にでも、慰謝料をつけて離婚でもなんでもすればいい、と」
そこでアクセルはふふふ、と自嘲するように笑った。
「酷い言いぐさだ。まったくなんて酷い。……しかし、それがリンを大切に思っている人間の偽らざる本心なんだろう。そう思えば受け入れるしかない。
ただ、そこまで言われても私はリンと離れるつもりも別れるつもりもない。
もしもリンの周囲の人々が、皆、私はリンにふさわしくない、と断じたとしても私は彼女を諦めるつもりはない、と。そうはっきり話した」
「ブルーム伯爵はどう仰っていましたか?」
「うん……」
「なんと?」
「それが……はっきりとは思い出せない。ただ『お前は幸せ者だ』と。そればかりを繰り返して、背中をばんばん叩かれた。それくらいしか……覚えていない」
「ほう」
グッドマンは少しだけ驚いたように、相槌を打ち、アクセルに続きを促すように何度か頷いた。
「正直、最後の1時間ほどの事はあまりよく覚えていない。ただ、ニールズバーグ男爵もブルーム伯爵も私の何倍も何倍も飲んでいた筈なのに、最後までなにか喋っていたな。楽しそうだった」
そこまで喋ったアクセルの脳裏に、酔っぱらってほとんどうつらうつらと船を漕いでいる自分の目の前で、二人の男が互いに楽しそうにワインをがぶがぶ飲んでいた姿がぼんやりと蘇った。




