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海に降る雨  作者: 美斑 寧子
本編
80/152

80.灰色の男


 旧友との楽しい語らいを期待してその居心地良さげなボックス席に入ったルシアンの眼に真っ先に飛び込んできたのは、この半年というもの執拗に面会を要求してきた男の灰色の髪と灰色の瞳だった。


「こんばんは、ドクター・ブルーム」


硬い表情で立ち上がり、爵位に見合わぬ深いお辞儀の後、アクセルは顔を上げた。その瞳には強い意志の光が宿っている。それを見たドクター・ブルームは、


(面倒な夜になりそうだ……)


と内心ため息をつくと、その斜め45度の席で曖昧な笑いを浮かべる旧友を睨んだ。


「……騙したな、ギュスターヴ?」


依然として突っ立ったまま、こちらを食い入るように見つめているディスカストス侯爵の視線を無視するように、ドクター・ブルームは旧友、ギュスターヴ・エリオット・ニールズバーグ男爵に言った。


「騙してなんかいないさ、ルシアン。こちら、ディスカストス侯爵閣下が人を捜しておられるのは厳然たる事実だし、手がかりを持つ人間として君を名指しして協力を求めてきたのもまた、厳然たる事実だ。更に言えば…君がその答えを持っていることもまた、厳然たる事実だろう?」


ブライテスト自慢の最高級ソファにゆったりと身を沈め、両手を臍の辺りで組みながら、ギュスターブ警視は悠然と言った。


(……昔からどこか人を喰ったようなところがあったが、警察機構なんかに就職して益々その性質が増長したな……)


ドクター・ブルームはそんな風に考えながら、旧友の頬に浮かんだ人なつっこいえくぼを苦々しく眺めた。

 と、黒い服を着たクラブの支配人がガラス製のテーブルへとワイングラスを置くのと入れ違いにブドウのピンバッジをつけたソムリエが、デキャンタから赤ワインを注ぐ。


「シャトー・ディスカストス1996年ものです」


ソムリエの声は、何故か興奮を滲ませて、上擦っているように聞こえる。


(どうやら今夜の飲み(しろ)は難しい表情を隠そうともしない灰色の侯爵閣下持ちらしいな)


そんなことを考えながらドクター・ブルームはグラスを手に取った。


「それでは、まずは乾杯といきますか?」


飄々とした口調でギュスターヴが音頭を取り、3人揃って軽くグラスを持ち上げてから口を付けた。

 すると、驚くほどの芳醇な芳香が口腔から抜け、鼻腔へと広がった。


(これは……!)


ドクター・ブルームが驚きを隠せずにディスカストス侯爵を見遣ると、脇に控えていたソムリエがここぞとばかりに口火を切った。


「1996年はデューランズワインの当たり年で、特にシャトーディスカストスは非常に高く評価されています。

 小さなワイナリーの為に生産量が少ないことと、デューランズの業者が買い占めてしまった為に、ほとんど流通していないのも特徴です。

 私自身勉強の為の試飲会でほんの少し口に含んだことしかありません。

 本日はワイナリーの(あるじ)であるディスカストス侯爵閣下直々のご提供によりこうしてお出しした次第でございます」


確かに今まで飲んだどんな赤ワインよりも美味しい。こんなものをいつも飲んでいるなんて、と、初めて目の前に仏頂面で座っている灰色の男を羨ましく思ったドクター・ブルームだったが、すぐに気を引き締めた。いくら稀少で美味いワインを提供されても、可愛い教え子の居場所を話すわけにはいかないのである。

 少し緩みかけていた姿勢を正して、それでも我慢できずにドクター・ブルームは二口、三口とワインを含んだ。

 その夜の会合はそんな風にして始まったのだった。


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