77.グッドマンからの知らせ
物思いに耽りつつ、ギースへ向かってひた走るリムジンに乗っているアクセルに、運転手が声をかけた。
「旦那様、間もなくギースのインターチェンジです。目的地は別荘でよろしいでしょうか?」
「そうだな、頼む」
そう答えた所に、またもや胸のスマートフォンが震えた。
(そういえばさっきもなにか着信があったんだったな……)
そう考えながらスマートフォンを取りだし、通話ボタンを押しながらディスプレイを確認する。見慣れた執事の名前を見て、アクセルは一言応答した。
「私だ」
「旦那様、今、どちらですか?」
電話の向こうから、少し焦ったような早口の声が聞こえる。どんなときも挨拶を忘れないグッドマンにしては珍しい。
「ギースのインターチェンジを降りるところだ。これから一旦別荘に行ってから、リンと連絡を取ろうと思っている」
鷹揚に答えて、アクセルは腕時計に目を落とした。もうすぐ針は11時を指そうとしている。今夜も徹夜になりそうだ、と覚悟を決めているアクセルの耳に、忠実な執事の少し申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「……旦那様、メールはご覧になりましたか?」
「うん?ああ、20分ほど前に着信があったな、そういえば。まだ見ていない」
「そうでございますか……。旦那様、バクスター様から先程連絡がありましてーー」
「え?!」
リムジンの後部座席に深く座っていたアクセルは、思わず身体を起こした。
「なんだって?早く言え!」
しかしそんなアクセルに取り合いもせず、
「落ち着いてください」
等と憎らしいほど落ち着き払ったまま答えるグッドマンの口調にかすかな落胆を感じたアクセルは、イヤな予感がしてますますいきり立った。
「私は十分落ち着いている!だから早く!リンはどうしたんだ?リンになにかあったのか?!」
そんな主人の詰問に、答えざるを得ない様子でグッドマンが続けた。
「旦那様ーー。バクスター様はすでにギースをお離れになりました。今から行ってももうお会いすることはかないません」
「なっ!!」
アクセルは絶句した。二の句を継げないとはこのことである。一体どういう事なのか見当も付かない。そんなアクセルの沈黙を正確に読みとったグッドマンがどこか申し訳なさそうに言葉を続けた。
「残念ながら、遅かったようです。すでにバクスター様の近辺に記者とカメラマンが出没したとのことで、このままでは病院や研修指導医であるドクター・ヴァン・マーネンに迷惑がかかるから、と、ギースを離れる決意をしたとのことです」
グッドマンの報告の中身に、再び無念を噛みしめるアクセルだった。
(自分はなんと甘かったのだろう?自分のことばかりで、リンの周辺を守ることを思いつけなかったなんて!)
アクセルは右手で眼を覆った。しかしそんなことよりもリンの様子が気になる。
「どこへ、どこへ行ったんだ?リンは孤児だろう?頼れるところなんて……ああ!孤児院か?孤児院だな?わかった、住所を教えてくれ、グッドマン。今からそちらに向かう」
「落ち着いてください、旦那様。孤児院ではございません」
「だったらいったいどこへ?」
「それは私も存じません」
グッドマンは嘘をついた。実はこの時点でグッドマンはリンがどこに向かったのか知っている。なぜならば、リン自身が知らせたからである。ただし、リンは条件をつけていた。
『絶対に閣下には教えないでください』
その理由が至極妥当なものであると認めたグッドマンは、リンの申し出を承諾した。
「調べる。すぐに出入りの調査員を呼んで……」
荒々しく続けたアクセルの言葉を遮り、グッドマンは言った。
「旦那様、今は一旦バクスター様から離れる方がよろしいかと存じます」
「グッドマン……」
「旦那様も分かっていらっしゃるはずです。バクスター様の事を考えたら一番良い選択肢はなにか、ということが」
アクセルは言葉を失いスマートフォンを持っていない方の右手で両目をごしごしと擦った。
「しかし、ご安心下さい。バクスター様はこうも仰いました。『今だけ、研修期間が終わるまでの間だけ、我慢するつもりだ』と」
「……それは……?」
「つまりは、決して『別れる』という意味で旦那様を遠ざけるわけではない、ということでございますよ」
グッドマンは続けた。
「とにかく、バクスター様は旦那様にメールを送った、と仰っていましたから、まずはそちらを確認してみては?」
「わかった」
「それでは、またご連絡いたします」
そう言ってグッドマンは電話を切り、すかさずリムジンの運転席にいる運転手に電話をかけて、デリースへと引き返すよう指示した。
その大きな車体がUターンして、今降りたばかりのギースインターにその進路を変えた丁度その時。後部座席では、アクセルが震える指でスマートフォンをタップし、リンのメールを呼び出していた。




