67.リンの祈り
※アップ直後に改稿前のものを上げてしまったことに気付き、修正しました。
薄暗い玄関ホールの壁にもたれかかりながらリンは祈った。
(神様、力をお貸し下さい。私が自分をコントロール出来るように、自棄を起こさないでいられる強い精神をお与え下さい。
変えられるものを変える勇気を。そして、変えられないものを受け入れる勇気をお与え下さい。
私を支えてくれる全ての人々にとって、光ある未来へとお導きください)
暗い寮の廊下で、手を組み、心を落ち着かせるように、リンは唱えた。
それは、あの口頭試問で差別を受けたと知り、膝を折った時以来の、血を吐くような祈りだった。しかし、あの時と決定的に違うことが一つあった。それは、今、ここにはリンの守護天使とも言うべき、灰色の髪をした美しく逞しい恋人がいないことだった。
リンの胸中にアクセルの暖かな抱擁が蘇った。柔らかく唇を食む口づけの蕩けるような感触も。リンは痛烈にアクセルを恋しく思った。抱きしめて欲しい。あの優しい掌で、髪を撫でて欲しいと思った。あの暖かな胸に抱き込まれて心臓の鼓動を感じたいと痛切に願った。
しかし、今、この時、そのぬくもりを決して求めてはいけないこともリンにはよく解っていた。こんな状況で、よりによってあんなパパラッチ達が潜んでいるこの場所に、アクセルを呼ぶことなどできっこない。とるにたらない、ちっぽけな孤児の自分にさえこうして記者が貼り付いているのだ。きっとアクセルにはこの何倍ものパパラッチとタブロイドの記者が貼り付いているだろうことは容易に想像できた。
しかし次の瞬間、今日は一回もスマートフォンに電源を入れていなかったことに気付いた。
(もしかして……閣下…!閣下はいまきっとここに向かっているに違いない。私を心配して、取るものもとりあえず向かっているに違いない!)
慌てて鞄の中からスマートフォンを取りだし、電源を入れる。と、朝から何十件もの着信とメールが見て取れた。
(私…今日はメールチェックをする余裕もなかったんだ……)
リンはしみじみと今日一日が自分にとってどんなにか過酷なものだったかを実感し、思わず笑ってしまった。
最後のメールは30分前になっている。
「今から行く」
一言だけのメール。いつもと同じくらい素っ気ないけれども、いつもよりずっと気持ちが籠もっている。リンは慌てて電話をかけた。しかしどうしてなのかわからないが、アクセルが出ることはなかった。
そして、この時アクセルと連絡が取れなかったことが、リンとアクセルの運命を大きく分けることになったのである。




