64.リン、大いに怒る
「バ、バクスター君……?」
ギリギリと握りつぶされ、すっかりゴミと化したタブロイドを、これでもかとばかりにぐしゃぐしゃとやり続けているリンに向かって、事務局長が慌てたように声を掛けた。思っても見なかったリンの反応に、驚き慌てている。
そして、その隣では傍観を決め込んでいた院長が、『ほら、みたことか』とでも言うかのように肩をすくめてドクター・ヴァン・マーネンを見遣ったが、ものすごい目つきで睨まれ、慌てて顔を伏せた。当然であろう。いくら引っぱってこられたとはいえ、院長だとて事務局長と共にここに座っている時点で、十二分に同類なのである。
(何を今更、味方ぶってんだか!)
ドクター・ヴァン・マーネンは心の中で毒づいた。
と、黙って手の中のタブロイドをこれでもかと言わんばかりに痛めつけていたリンがようやく口を開いた。
「……事務局長」
まるで地獄の底から響くようなアルトに、心底ビビりつつ事務局長は返した。
「な、な、な、なんだね?」
「さっき、『本当のことかね』とか仰いましたけど、まさかこの内容、信じているわけじゃありませんよね?」
「ああ、なに、うん、まぁ、そのーー」
「とても心外だし、なにより不愉快です。こんな下らないものを突きつけられて、しかも、内容の真否を問われるなんて!」
ぐい、と顔を上げたリンの目は、まるで緑の鬼火のように光っている。普段は優しい榛色をしたその瞳孔が、今は極度の興奮のため血流が増えたせいで、緑の斑模様が浮いてそう見えるのだ。それは、いつもの人当たりの良いにこやかなリン・バクスターではなかった。本気で怒ったときだけ顔を見せる、迫力満点なリンがそこにいた。
一方、そんなリンの怒りを正面から受け止めて、身を縮めた事務局長を見放した院長は、早々に白旗を揚げた。要するに徹底的に傍観者を決め込むことにしたのだった。だいたい、出勤早々叫き散らしている事務局長を宥めているうちに、あれよあれよとドクター・ヴァン・マーネンの個室にひっぱられて来ただけである。リンが来るのを待ちながらタブロイド紙に目を通した彼は、内心
(こんなバカバカしい記事、真実であるわけがない)
と思っている。
そんなふうに傍観を決め込んでいた院長だったが、ドクター・ヴァン・マーネンが目線で合図しているのに気づいて深いため息をついた。どうやらいつまでも傍観を決めているわけにもいかないようである。
(ふぅーーーー)
こうして院長は、無言で睨むリンとそれに怯んで何も言えずにいる事務局長を仲裁する為に、ソファからその身体を起こしたのだった。




