43.ガッカリなプロポーズ
熱っぽく見つめる視線を無頓着に受け止めながら、リンはクリスの言葉の先を促した。
リンにとってクリスは弟であり、家族である。
初めて会った頃、小さくて不安定で愛着経験不足で、手が付けられないほど乱暴な子供だったクリス。
ありとあらゆる方法で、幼いリンの忍耐力と愛情を試しに試した彼は、まさに悪魔のような幼児だった。子供故の残酷で無慈悲な行動をとっては、リンの愛情を確認し続けた。その真っ赤な髪の毛と、キラキラ光る緑の瞳が相まって、まるで妖精の取り替えっ子のようだった。
しかし、幾多の確認行動の果てに、ひとたびリンやシスター達の愛情を信じられるようになった彼が見せたその変化は、人間の精神の強靱さと逞しさを体現し、証明してみせてくれたのだ。
そればかりか、今、目の前に現れた彼は、養親の元でうまくやっている。しかも、将来の夢を持ち、努力を惜しまず懸命に生きている。さらに、目標を持っているというのである。
リンはまさに感無量の境地にいた。
(今夜は勉強の手を休めて、シスター・マーガレットに手紙を書かなくちゃ。)
そんなことを考えながら、愛する弟の大志を聞き漏らすまいと笑みと共に待ちかまえた。
クリスは手を伸ばし、リンの右手の上に、そっと手を乗せ、包み込んだ。一方リンは、そんなクリスの手を左手で更に包み込み、ギュッと握った。
「俺の夢はね、リン。小さい頃からたった一つ。『いつかリンを迎えに行くこと』だったんだ。一生懸命働いてお金を稼いで、シスター達、孤児院の仲間達みんなを助ける。リンと一緒に。ずっとずっと一緒に、ね。」
「ええ、クリス。」
リンはまだ、クリスが本当に言いたいことに気付かないまま、緑がかった榛色の瞳を少し潤ませて、優しく頷いた。
「ね、リン?小さい頃から何度も何度も言ったから、本気とは思っていないかもしれないけど・・・。」
そして、クリスはとうとうその言葉を言い放った。
「俺と結婚して!リン!!
ね?!お願い!約束して欲しいんだ。俺が大学を卒業して、親の商売を継いで、一人前になるまでだれとも結婚しない、って。」
リンはあっけにとられて、クリスの顔を見た。クリスはニコニコと楽しそうに見える。リンは本気を測りかねた。
確かにクリスは最初の暴れる時期を過ぎた頃、しきりにリンと結婚したいと言っていたような記憶があった。ただ、それは子供が親に向かって言うのと同じで、単なる親愛の情の表現であると思っていたリンは、まったく本気にしていなかった。そればかりか、毎回毎回「そうだねー、結婚しようねー。」と適当な相槌を打っていたくらいなのだ。
だから、こんなに大きくなった、しかも10年も離れて暮らしていたクリスの口から、昔と変わらず結婚の二文字が飛び出したことに、驚いてしまったのだった。
しかし、驚きが少し納まると、リンの中にはなんだか腹立たしい気分が沸々と沸き上がってきた。
一方、そんなリンの強ばった顔つきをみて、クリスは途端に焦り始めた。昔のように安請け合いをしてくれはしないだろうとは思っていたものの
『本気なの?』
程度には受け止めてくれるだろう、と思っていたのに、リンが怒っているように見えるのだから、無理もない。
(あれ?どうして?・・・もしかして、この侯爵閣下の目の前だから?いやいや、そんなわけないよな?どう考えても、リンはこの人のことそう言う風に思ってるように見えなかったし。)
「・・・あの・・・リン?なんか、怒ってる?」
クリスは恐る恐る尋ねた。
と、そんなクリスを無視するように、リンは目の前の桃のジェリーを、猛烈な勢いでぱくぱくと口に運び始めたのだった。
そんなリンの様子を、赤毛の少年と麗しの侯爵閣下はあっけにとられたように眺めた。そしてひとしきり沈黙の支配したテーブルの上にタンッ!と音を立ててジェリーのガラス器を置くと、リンは言った。
「ああ、美味しかった!やっぱり桃って美味しいですね、アクセルさん?」
話の流れを完全に無視しているその言葉に、呆気にとられたクリスは大きくうなだれーー、そしてアクセルはごほんごほんと笑いを誤魔化す為に、下手な咳払いを2つばかり吐き出して、不自然に俯いた。その肩が細かく震えているのに気付いたクリスは、憮然としてリンに言った。
「ねぇ、リン、俺の話、ちゃんと聞いてた?!」
苛立ちを滲ませたその言葉に、リンの中でなにかがブチ切れてしまった。リンはクリスの目をグっと睨み付けると、
「クリス、あなたにはガッカリした!」
と、にべもなく言い放った。
「エエッ?!」
確か・・・自分はプロポーズをしたはずである。『ガッカリした』というのが、プロポーズそのものに対するものなのか、それともプロポーズをしたこのシチュエーションに対するものなのか、はたまたプロポーズをしたクリスに対するものなのか・・・?クリスはリンの『ガッカリ』と言う言葉の意味を測りかねた。




