36.グッドマンの助言
「まずは、旦那様の気持ちを伝えられるとよいかと。」
グッドマンは素っ気なく言った。手元にはアクセルがモン・ペリエに来ていることをすでに嗅ぎつけた令嬢や実業家達からの招待状が束になって握られている。目も上げずにそれらを出席欠席に仕分けしながらグッドマンの言葉は続いた。
「バクスター様はそのご気性から、あまり色恋沙汰に慣れておられないご様子。まずは旦那様のお気持ちを伝えた上で、振り向いていただけるようコツコツと努力をするしかございますまい。」
数少ない出席すべきと判断された招待状の載ったレタートレイを差し出しながら、ディスカストス侯爵家の有能な執事は進言した。
「リンは私の気持ちに応えてくれるだろうか?」
「応える、とは?」
「つまりーー、私が思うのと同じ程度にーーそのーーー、私の事をす、好いてくれるかどうか、ということだ。」
そこまで考えて、アクセルは果たして気持ちが通じ合ったその先のことをまったく考えていない自分に気付いた。いったい自分はリンに何を望んでいるのか?改めて考える。
「旦那様、差し出がましい口を叩くようで、誠に恐れ入りますが、今のご友人関係でも、バクスター様は十分旦那様を好いてくださっているのではないかと存じますが。」
グッドマンは内心ガッツポーズをとりながらそれをおくびにも出さずに澄ました顔をして言った。無論アクセルの言っている意味が『友人』でも『友情』でもなく『恋愛関係』についてであることなど重々承知である。
(ようやく一歩を踏み出した、ほとんどジュニアハイの少年レベルの恋愛スキルしかない旦那様に、ヒューマンスキルがありすぎて恋愛スキル皆無のバクスター様ですからね・・・。ここは事を一つ一つ、段階を踏んで進めないと。)
そんなことを考えながらグッドマンの頭の中には、黒髪にグレイの瞳、はたまた榛色の瞳にアッシュブロンドの、愛らしい幼児を腕に抱く自分が浮かんでいる。
「いや、そういう意味じゃなくーーーうん・・・。」
アクセルは眼を逸らし、顔をいくらか赤らめて言った。
「私がリンに求めるのはーー、そのーーーなんだ、キスをしたり抱きしめたり、そういったスキンシップを含めたーーー関係だ。そしてゆくゆくは・・・いやこれは未だ早計だな・・・。」
言葉を切って、なにやら幸せそうな表情で上気した顔をしているアクセルの脳裏に、カラーンカラーンと鳴り響く教会の鐘の音と、その入り口で嬉しそうに自分を見上げるウェディングドレス姿のリンが思い浮かんでいることを確信しつつ、グッドマンは苦笑を堪えた。
(旦那様、11も年上なんですから『早計』などと言っている場合じゃございませんよ・・・。
早い所しっかりと行動を起こさなければ、これから新しい環境で現れるライバル達に一喜一憂する羽目になることでしょう。)
「どうだろう?リンは応えてくれるだろうか?」
妄想から覚め、コーヒーを一口含みながら、アクセルは言った。
「それはやってみないことには分かりません。が、こういったことはあまり、ぐずぐずと時間をかけない方がよろしいかと。早速明日から行動を起こすのが上策でございましょう。
あともう一点。バクスター様に旦那様の『そういったお気持ち』を受け入れてもらう為に、欠かせない事柄がございます。」
「なんだ?勿体ぶってないで、早く教えろ。」
「将を射んとすればまず馬を射よ、と申します。旦那様の場合、バクスター様とのご関係はなんとか良好な状態へと変わりつつありますが、何分、スタートが最悪でございましたから。」
そこまで言って目配せするグッドマンの視線を受け止めて、ふて腐れたように眼を伏せるアクセルである。
「ですから、やはり、私以外にもご助力いただける方に仲介をお願いしておいた方がよろしいかと。」
「ーーミリアムか!」
グッドマンは大きく肯きながら、アクセルの前にコーヒーカップにコーヒーのおかわりを注ぎながら続けた。
「まずはお嬢様とリチャード様に、ご助力をお願いしておくべきでしょう。そしてお味方になっていただかなくては、話になりますまい。
その上で、バクスター様と二人っきりになる機会を増やし、旦那様のお気持ちをお告げになり、と言った段階を経て、まぁ、スキンシップはその後、の方がよろしゅうございましょう。」
「ーーミリアムはーーー、私を許してくれるだろうか?」
ミリアムはリンの意志を尊重するに違いなかった。アクセルが心配なのは、あの直情型な妹が自分のことを大切な親友に恋愛感情を持って近づく『男』として応援してくれるかどうか、という点だった。
「ほほーう、その程度にはご自分の愚かなふるまいに対する自覚がおありなのでございますね。」
「当たり前だろう?
確かにミリアムが味方になってくれればこれ以上心強いことはない。しかし、彼女は私がリンに酷い仕打ちをしたことの、正に生き証人だ。心のどこかではまだまだ私の事を信用していない可能性もある。ミリアムに反対され、それを行動に移されたら、リンと二人きりになる事自体、難しくなってしまうだろう。」
「その点に関しては大きなプラス要素がございます。」
グッドマンは自らのティーカップとソーサーを手に、南仏風の明るいインテリアソファに浅く腰掛けながら、請け負った。
「旦那様がバクスター様と結婚したい、とはっきり仰っていただければ、大丈夫でございましょう。
旦那様に負けず劣らずバクスター様が大好きな、あのお嬢様のことです。そのバクスター様と旦那様の結婚で、ご自身もバクスター様の家族となって、一生切れることのない確かな絆を得られる、そんな機会を逃すはずございません。」
「そうか!うん、そうだな、ミリアムもリンのことを大好きだからな!」
アクセルはいつになく明るい顔をして言った。
「そうと決まれば早速ミリアムとリチャードに話をしよう。呼んでくれ。」
「御意。」
幸いリンは5日後に始まるであろうサマースクールの予習に余念が無く、自分の部屋に閉じこもっている。
リビングでテレビを見ながらおしゃべりをしている二人を呼んで、こっそり作戦会議をするのには最適なシチュエーションだった。




