20.声なき訴え
ホルト中将は両手でかきむしるように左胸の辺りを抑えながら、呻った。
「閣下!!ホルト中将閣下!!」
スピレッツァ大尉が叫びながらその身体に手を添えたが、ホルト中将は応えることができそうになかった。とにかく苦しそうに眉間にくっきりと深い皺を刻み、顔から首にかけて脂汗でびっしょりだった。
「ホルトおじさま!ああ、おじさま、しっかりなさって!!」
ミリアムが泣きそうな声で叫んだ。しかし、そんなふうに苦しむホルト中将の身体には触れられずにその手を宙にさまよわせることしか出来ずにいる。おそらく、自分の下手な手出しがホルト中将を更に苦しませる結果になりはしないか?と不安に思っているのであろう。一番近くにいながら、ミリアムもスピレッツァ大尉もどうすることもできずに、ただただホルト中将の名前を呼び続けた。
その時である。
倒れて身悶える苦しそうなホルト中将と、その脇に跪いておろおろとするミリアムとの間に、青いドレスが割り込んできた。それは、驚くほど機敏な動作で部屋を突っ切り、駆けつけたリンであった!
リンはホルト中将の苦しげな顔を一瞥するとすぐに襟元をくつろげ、仰向けに寝かせた。あっけにとられるスピレッツァ大尉をよそに、ミリアムが泣き出しそうな声でリンに縋った。
「おじさまはどうなってしまったの?ねぇ、助かるかしら?リン?!とても苦しそうよ?ああ、どうしよう。私、どうしたらいいのかしら!」
しかし、リンはその必死の詰問に応えず、首の大動脈に指をあてた。
(鼓動はしっかりしている…いや、少し弱い?)
「君!いったい何を?!」
我に返ったスピレッツァ大尉がリンに説明を求めるように言ったが、わざと分からないフリをしてリンは手当を続けた。
と、ホルト中将が苦しそうな息の下からなにかを必死に訴えているのが、リンにはわかった。リンがのぞき込むと、その唇がかすかに動いている。リンは食い入るようにその唇の動きを追った。呼気はほとんど無く当然声も聞こえないのだが、ホルト中将は必死に何かを伝えようとしていた。リンはそれに応えたかった。
頭の中を今まで受けた教育と実習の数々が、恐ろしい速さで目まぐるしく駆け抜けていく。それはすべて診察のためのデータベースとなり、リンの頭脳に格納されている知識である。リンが条件を打ち込めばたちどころにその答えを返してくれるはずの脳内端末がその唇の動きと状況、そして、目の前にいるホルト中将の様子といった全てのデータを入力した結果、今、一つの結論にたどり着こうとしていた。




