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海に降る雨  作者: 美斑 寧子
本編
17/152

17.魅惑の美女

 それは心地よい晩夏の宵であった。

 海から吹く風が昼間の熱気を連れ去り、ギースの半島はその森からもたらされるしっとりとしてそれでいてシダやエゾマツの葉の醸し出す爽やかな薫りの風に吹かれていた。

 そんなピリッとした香気の中を白いリムジンは、滑るように走った。

 そして、道中の車内ではミリアムがリンに最後の注意を与えている。


「もう、注目を集めるのはしかたがないこととしてあきらめるから、とにかく話しかけられても分からないふりで、しゃべらないようにね、リン。下手に返答すると、どんどん話しかけられて大変なことになってしまうから。」


「?そういうもの?」


「そういうものです!」


珍しく年上らしい言い方で、ミリアムが仰々しく頷く。

 なにがしかのわからなさは残ったものの、元々素直な質であるリンは、


「分かったわ、ミリアム。」


と、相変わらずの魅力的な笑顔で答えた。

 ほどなくして、リムジンは岬のカーブを抜け、スピレッツァ伯爵邸の門扉をくぐった。


*-*-*-*-*


 スピレッツァ伯爵邸はディスカストス侯爵家別荘とは、岬を挟んで反対側に位置する、白亜の豪邸である。道路から屋敷へ続く間道へ入ってから、優に5分は走ってようやくたどり着く車寄せには、何台かのリムジンとラグジュアリーカーが溜まっていた。ゲストを降ろした後、それらを所定の駐車場へ誘導する為、スピレッツァ伯爵家のフットマン達がきびきびと立ち働いている。そこへ、一際目立つ白いリムジンが滑り込むと、まずはハーズバーグ男爵リチャードが降り立った。

 続いてその手にエスコートされながら車から降り立ったのは、ディスカストス侯爵令嬢、ミリアム・ヘスター・ディスカストスであった。シャンパンゴールドのドレスに包まれたその全身が姿を現した時、周囲からはちょっとしたどよめきが上がった。というのも、ディスカストス侯爵兄妹(きょうだい)の社交嫌いはつとに有名で、こんなふうに夜会の席で彼女と遭遇したことのある貴族はほとんどおらず、その存在は都市伝説のように語られているからなのだった。無論、そんなふうに『パンダ(珍獣)扱い』されている事を本人達は知るよしもない。

 と、衆人の耳目が注がれているその車留めで、リチャードが再びリムジンの方へ手を伸ばしたのを見て、野次馬達の注目は嫌がおうにも高まった。

 いったい誰が現れるのか?!

 噂好きで、物見高い貴族連中の視線が集中するその場所では、後に「今年一番のセンセーションだった!」と出席しなかった者に地団駄を踏ませた程の衝撃が走ろうとしていた。


*-*-*-*-*


 ザワッ


 そのざわめきを、アクセルは玄関から少し入ったビリヤードルームで聞いた。

 ほんの半時間前にスピレッツァ伯爵令嬢・イザベラからようやく解放された彼は、アザリス海軍のホルト中将と食前酒を楽しみながら談笑中だった。


「うん?なんだか騒がしいですね。

 玄関のほうかな?

 念のため、確認して参ります。」


ホルト中将の側付きとして控えていたジョナス・スピレッツァ海軍大尉が軍人らしいきびきびとした動作で部屋を出ていく。

 と、顔を紅潮させて戻って来るなり、アクセルの顔を見てニヤニヤしながら(のたま)った。


「ディスカストス侯爵閣下!最高のサプライズですね?!大成功ですよ、もう!」


「サプライズ?」


訳が分からないといった顔をしたアクセルが応えると、


「なんだね、アクセル?どんな余興を準備してくれたのかな?」


と、ホルト中将が面白そうな顔を隠しもせず、白い口ひげに埋もれた口元をゆるめた。


「スピレッツァ大尉、いったいなんのことだ?」


依然として訳が分からないまま、そのニヤニヤ笑いに苛立ちを覚えつつアクセルが訊ねた。

 そんなアクセルを見下ろして、大尉は大きく腕を広げて言った。


「今夜、あなたのパートナーを務める、黒髪(ブルネット)の美女のことですよ!

 たった今、あなたの妹御、ミリアム・ディスカストス嬢と一緒にハーズバーグ男爵にエスコートされて到着したんですが…いやはやものすごい注目の的ですよ!

 あんな愛らしい女性と、いったいどこで知り合ったんですか?

 事業が忙しいなんて言って社交界にはほとんど顔を出さないくせに、ホント、すみに置けない方ですねぇ、閣下という人は!アハハハハ!」


「ほほう。それはそれは楽しみだな、アクセル?」


「……。」


ニヤリとするホルト中将を尻目に、当の本人(アクセル)はすっかり固まってしまった。

 一方、アザリス海軍では『空気の読めない奴』として右に出る者がいないと言われるジョナス・スピレッツァは、アクセルの困った顔に気付かないまま、ホルト中将の笑顔に気をよくして、ペラペラと報告を続けた。


「ミリアム嬢と色違いの青いドレスに身を包んでるんですが、まぁ、これが光り輝くように愛くるしいんですよ~!

 高く結い上げられた黒髪(ブルネット)は、まるで凪の夜の海面のように艶やか。

 そこにちりばめられた青いスワロフスキーはまるでマダガスカル沖に浮かぶ、夜光虫のようにキラキラと輝いて。

 でも、そんなことよりももっともっと目を惹くのが、その微笑みなんですーー!

 あー、もう、閣下の恋人じゃあなければ、俺もダンス申し込むんだがなぁ!!」


海軍将校らしく、海洋にまつわる光景の比喩を使いながらその美しさを讃えるスピレッツァ大尉の言葉を、面白そうに聞いていたホルト中将であったが、それがあながち嘘でも誇張でもないことを、すぐに確かめることとなった。

 興奮して大きな身振りでしゃべっていたスピレッツァ大尉の後方、玄関から続く廊下へと開け放たれたドアから、ざわめきと共に、噂の本人があらわれたからであった。

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