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海に降る雨  作者: 美斑 寧子
後日談
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後日談2 いつか、その日が来るまで(1)

 ステラとイーニアスの弟、コンラッドのお話。

 オールスターキャストでお送りします。

『機内の皆様に申し上げます。当機は間もなくアザリス、セント・エリオット空港に着陸いたしますーー』


 上品なキャビンアテンダントのアナウンスを聞いて、その男はのっそりと身体を起こした。ゆうに190cmを越える大きな身体が、なんとかビジネスクラスのシートに収まっている。顔を上げると、灰色のようなブロンドのような、不思議な髪の毛がぐちゃぐちゃとからまって、旋毛(つむじ)ともみあげのあたりで毛玉を作っている。しかも、着ているものといったら、ところどころすり切れた帆布製の作業着のようなもので、足下は元が何色だったかわからないほど履き古されたスニーカーである。

 これで清潔感に欠ければ、立派な(?)ホームレスにしか見えないだろうが、搭乗前に空港のシャワーブース兼ランドリーコーナーに立ち寄る時間があったおかげで、身体も衣服も徹底的に洗い上げることができたのは、至極ラッキーだった。

 3ヶ月ぶりに髭も剃れたし、伸びきっていた前髪を切れば母親譲りの榛色(ヘーゼル)の瞳がくりくりとのぞいて、年相応に見える。

 仕事柄、そして住んでいた地域では、年長に見えるに越したことはないから、とわざと相手に壮年の男である印象を与える風貌を心がけてきたが、そのまま家族の元に戻るわけにはいかない。

 特にあの元気いっぱいで愛情深く、しかもガミガミ屋の姉が立つ、一世一代の晴れ舞台に馳せ参じる為には、どう考えても彼女よりも年上に見られるなどというイタズラめいた事をするわけには行かないのだ。

 姉の事を考えてござっぱりと身なりを整えた彼だったが、飛行機に乗り込んだとたん、そうして清潔に気を遣ったことを少々後悔した。

 というのも、彼の容貌を知り、その名前を知るやいなや、機内中のCA(キャビンアテンダント)達が、入れ替わり立ち替わりご用聞きに来たからだった。

 彼自身は、自分がいわゆるハンサムであるという自覚はないが、かつて『氷の貴公子』と呼ばれた父親に似ているというそのサンディ・ブロンドのくせっ毛や、アザリス社交界の百合と称えられる姉とおそろいのエクボ。そして天才的な投資家として名を馳せる兄とうり二つの少し垂れた優しい目元のおかげで、今まで様々な恩恵を被ってきた自覚はあるつもりである。

 要するに、周囲の女性達には受けが良いに越したことはない、ということで、そう言う意味で彼は小さい頃からその風貌に加えて、生来の飄々とした性格と、教育係だった老執事から薫陶を受けたフットワークの軽いマメな行動力で、ありとあらゆる世代及びキャラクターの女性達の愛情と母性をくすぐる術を得て、いわゆる『ラッキーな人生』というものを享受してきたのだった。

 そんな彼と行動を共にする度に、デューランズに住む幼馴染みは、地団駄を踏まんばかりに不服を表明しては、恨み半分でこう言った。


『なんでおまえばっかり!!』


その(たんび)に目をぐるりと回して不敵に笑ってやれば、相手はその髪の毛と同じくらいに顔を真っ赤にして憤慨していたものだ。


(ロランとも随分会ってないな……)


そのそばかすだらけの顔を思い起こした次の瞬間には、アザリスでの用事が済み次第、久方ぶりにモン・ペリエに行ってみよう、と心に決めた。

 そうこうしているうちに本格的な着陸態勢に入ったらしく、テーブルだのフットレストだのの収納状況を確認しにやってきたCAが、必要以上に顔を近づけてにっこりと笑った。


「お客様ーー」


「オーケー、大丈夫。ほら、ね?準備は万端さ」


経験上解っている。こういう時は、ニッコリと笑えば、大抵のことは上手くいくのだ。それが彼の処世術であり、父を凌ぐと言われるアザリス社交界きっての『優良物件』と言われる所以だった。

 目の前の可愛い系オリエンタル美人が目元をほのかに朱に染めるのを見て、彼は自分が馴れ親しんだ文化圏へと帰ってきたことを実感した。

 血と土埃と喧噪に満ちた混乱の極みから、秩序に支配された清潔で、しかし、無情の複雑さに満ちた世界へ。アザリスという生まれ故郷へとーー。


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