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海に降る雨  作者: 美斑 寧子
本編
142/152

142.パーティの始まり


 ギャヴィストン伯爵婦人がグッドマンに連れられていなくなり、ホルト大将の手からアクセルへとリンの腕が移ったのを機に、婚約披露パーティはようやく始まりを迎えた。

 玄関ホールでの"ちょっとした"アクシデントの後、テキパキとした召使い達によって豪華なダイニングでへと招き入れられたのは、特に選ばれたゲストの面々だった。

 なにせ大勢の招待客を招いたもので、80名を収容できる大きさを持ったギース随一のディスカストス侯爵家別荘ダイニングだったが、さすがに全員に着席の晩餐を提供出来なかったのである。

 ギース湾で穫れる新鮮な魚介類をふんだんに使った心づくしの晩餐のメニューは、十分に準備をされた献立と熟練シェフの技によって、味にうるさいアザリス社交界の面々を大いに喜ばせた。

 一方、晩餐会にあぶれた人々の為に、晩餐会のメニューよりも品数の多い立食式のビュッフェが用意され、それらをつまみながら歓談する為のちょっとしたテーブルやソファが別荘の室内はもちろん庭園内やバルコニーにもふんだんに用意された。

 こうしたもてなしは目新しさも手伝って大いに好評を博し、晩餐会に席をもらえなかったと文句を言う者はほとんどいなかった。しかもさりげなく別荘中、そこかしこに設えられたテーブルや椅子、ソファの数々は、どれもセンスの光る、それでいてとても居心地の良いものだったことから、『あれはどこで扱っているのか?』と、グッドマンの元に問い合わせが引きも切らずに舞い込んだ。

 その結果、立ち上げたばかりのミリアムの小さな会社は、実力で何人もの顧客を得ることに成功したのだった。

 更に、この晩の働きによって、ディスカストス侯爵家の使用人達は、たっぷりのボーナスを支給された。それくらい、彼らの完璧なもてなしもまた、パーティの評判に一役買ったといえる。

 召使いたちの質の低下を嘆いては、ますます召使い達を酷使してばかりの愚かな上流階級の人々は、ディスカストス侯爵家の気の利く使用人達を大いに羨ましがり、引き抜こうとした者も出たくらいだった。しかし、その多くがやんわりとした口調で、しかし、きっぱりとその申し出を断った。

 というのも、もうずいぶんと前から、アクセルとグッドマンの導入した雇用システムのおかげで、効率化と定時退社、そして堅調な給与のベースアップを享受しているだけではなく、やりがいのある裁量の大きな仕事を任せられている彼らは、ディスカストス侯爵家という職場を大いに気に入っているのだった。

 しかももうすぐ、新たに奥様と、噂ではお嬢様までやってくるというではないか!グッドマンの薫陶により、アクセルとミリアム、そしてディスカストス侯爵家に大いに忠誠を誓っている使用人の多くは、小さな侯爵令嬢に会えるのを楽しみにしているのだ。


 さて、晩餐の後は、舞踏会が待っている。

 皮切りの(ファースト)ダンスを披露するのは当然、主催者であり、今夜の主役であるディスカストス侯爵閣下とその婚約者、謎の美女の役割だ。

 強力な助っ人達のおかげで、玄関ホールでの"決闘"を制したリン(とアクセル)ではあったが、このファーストダンスもまた、今夜の山場だった。リンはこの日、この時の為に、厳しい教師であるミリアムの特訓に耐えて来たのだから。

 庶民育ちのリンにとって、ダンスはとても手ごわかった。

 何度も何度も潰した足の肉刺(まめ)、本気で転んでは作ったお尻の痣……。

 生まれてこの方、運動神経にはそれなりの自信をもっていたリンだったが、その自負を粉々にうち砕かれる日々だったのだ。


(なんとかここまで辿り着いた!ドクター・ブルームとホルトお義父様(とうさま)のおかげでーー。あとはこのダンスをやり遂げるだけだわ!)


リンは武者震いに身を震わせた。

 アクセルに手を引かれ、ダンスフロアの中央に足を進めながら、リンは緊張と高揚感で頬をバラ色に染めた。榛色(ヘーゼル)の瞳はキラキラと輝き、緑色の斑が浮かんでいる。

 少しだけ飲んだ、シャンパンのせいか、それとも緊張のせいなのか、どこかふわふわした足取りでリンは歩いた。

 フロアの中央に立つと、くるりとアクセルに向き合う。傍から見れば、まるでディズニーのアニメーション映画に出てくる、童話の世界のお姫様と王子様のように見えることだろう。しかし、これは映画の中の話でも、夢でもない。リンはこれから3曲続けて、アクセルと共にダンスを披露しなければならない。そして同時に、周囲の人々を魅了する、というミリアムから課せられたミッションを完遂(コンプリート)しなければならないのだ!

 そんな状況ではあったが、緊張しているにもかかわらず、それと同時にリンの心中は不思議なほどワクワクしていた。なぜなら、隣にリンだけの『魅惑の(プリンス・)貴公子(チャーミング)』がいて、笑顔で頷いてくれるからだった。しかもこのプリンスはどんなアニメーション映画に出てくる王子様よりもずっと端正な顔にスラリと高い体をして、しかも、リンを心の底から愛してくれているのだ!これ以上心強いパートナーがいるだろうか?


(大丈夫!閣下のリードに任せて、ダンスに集中すれば良いんだわ)


手を取り合い、全幅の信頼と愛情を込めてアクセルを見上げ、音楽のスタートを待つ。

 ミリアムの目配せで楽団の指揮者がタクトを振り上げ、軽やかな前奏がホールに鳴り響きーー。

 次の瞬間。

 ほんの僅か、アクセルの身体が傾いだかと思うと、まるで宙を舞うかのように、一気にリンの身体がフロアを滑り出した。


最終回まで、あと3話!

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