133.リン、登場
いよいよである。ディスカストス侯爵家別荘に集まった人々は息を呑みつつその場所を注視した。
彼らの視線の先に、まず現れたのは華奢な足だった。よく見ないと濃紺である(黒ではない)ことがわからない、有に9センチはありそうな繻子のハイヒール。そんなキラーヒールでぐらつきもせずに身体を支えながら、リンは優雅な動作でリムジンから降り立った。左手でドレスの裾を引いて、さりげなくドレープを直すと、背筋をピンと伸ばしその顔を上げる。
その瞬間、人々の間から『オオーー!』という感嘆のざわめきが上がった。リンは暖かく喜びに満ちた微笑みをその顔に浮かべ、ゆっくりと周囲の人々を見回して、会釈する。
『あの時のリンさんは、まるでアザリスの王族のようだったなぁ、それくらい、威厳と慈愛に溢れた表情だった!素晴らしかった!』
後日、リチャードはそう語った。
しかし、アクセルにはどんな声もざわめきも届かなかった。なぜならばーー、彼はただひたすらに愛するリンの美しさに、微笑みに目と心を奪われていたからである。
アクセルは息も出来ずに、ただ、リンを見つめることしかできずにいた。リンはそれくらい、美しかった。アクセルの目にはリンしか映らず、リンがとうとう自分に向かってその一歩を踏み出した時、知らず知らずにフラフラとリンの方へと引き寄せられて、近づきそうになってしまうくらいだったのである。
リンの名誉の為に言い添えれば、リンは正真正銘、薔薇のように美しく着飾っていた。そして、それはとりもなおさず、サロン・ド・イネスの凄腕ヘアアーティストの手腕が遺憾なく発揮された結果と言えた。
今夜のリンの為にデザインしたヘアスタイルは、後に『ヘアーリボン』と呼ばれるようになった髪型で、社交界で大いに人気を博した後、堂々の殿堂入りを果たした。そのおかげでサロン・ド・イネスが大いに潤ったのは言うまでもない。
『ヘアーリボン』は、要するに、リンの黒髪の艶とクセの無さ、という特徴を、余すことなく活用した、誰も見たことのない髪型だった。
顔の周りを縁取っている髪の毛を良く梳いて、いくつかの束に分けてから、黒い幅広のリボン状にする。それを頭頂部に作られた小さな髷を装飾するように結わえた後、項から耳の後ろにかけて垂らす。その先端にはクルリとカールが1回半作られていて、リンが動くたびにその先端が、すんなりと伸びた項やクリーム色のデコルテへと続く、滑らかな鎖骨の上で軽やかに弾んでは、何とも言えない可愛らしさを演出するのである。
更に、頭頂部の髷には、ドレスに合わせて作られたラピスラズリとダイヤモンドを透明なナイロン糸で数珠繋ぎにした髪飾りが刺さっていて、そこからぶら下がるキラキラと輝く糸が、まるで雨上がりの蜘蛛の巣のように、シャンデリアの光を乱反射してきらめく。
鴉の濡れ羽色と絶賛されるその美しい黒髪の暗色と、光を集めて糸状にしたようなその髪飾りは、まさに光と闇の対比を成して、人々の視線を釘付けにした。
といっても、アクセルにとってはそういった装飾はすべてどうでもよいことで。ただただ、リンの表情、その眩い微笑みしか目に入っていないのであるがーー。
またまた短い...
すみません、推敲にてこずりまして。
続きはまた明日!