124.ミリアムの暗躍
そして、その年の夏も終わる頃ーー。
残暑厳しいアザリスの首都・デリースで、リンからの便りを糧に、気晴らしも含めて相変わらずのワーカホリックぶりを発揮していたアクセルのもとに、ミリアムとリチャードが連れ立って訪れた。
デリースの高級住宅街にあるディスカストス侯爵家お抱えの広大な住宅にある、有名デザイナー作だというそのレザーのソファは、クリーム色だというのに、毎日磨かれているせいでまるで新品のようである。
ほかでもない、このソファを見つけてこの接客室に置いた張本人であるミリアムは、いつものように一人掛けのソファに座り、自分の審美眼と座り心地を確かめ、満足の笑みを浮かべた。
周りを見回せば、完璧な所作でお茶を淹れているグッドマン。仕事の電話に答える為にベランダに出ている愛する夫、リチャード。そして、間もなくやってくるであろう、今は書斎にいる兄を思い浮かべた。
ミリアムは空想した。
(そして、もうすぐここに大好きなリンと、世界一可愛いステラが加わるんだわー!ああ!)
当然このソファもステラによって汚れが加速することだろう。しかし、そんなことは構わない。リンには好きなようにして貰うつもりだ。もしも、ステラがこのソファが気に入ったというならここを少し改装して保育室代わりにしても良い。
(ああ、でも、光沢スプレーも撥水スプレーも使わないように掃除係の女中頭に言っておかなくては)
ウィリアムズ・カレッジを卒業し、無事、インテリア関係の会社を立ち上げたミリアムは、その環境に配慮したポリシーでもって着々と顧客を増やしつつある。
妊婦や小さな子どもにとって、有害な物質を含む溶剤や建材を避け、アレルギーやぜん息、脳の発達遅延を防ぐことがとても重要なことだというミリアムの主張や、安全な住宅用材料の企画開発への情熱は、少しずつアザリス社会に受け入れられつつあった。
そして、そんな実業家として忙しい日々を縫って、この2ヶ月間、みっちりとリンにつき合ってきたミリアムなのである。
週末はほぼ毎週。ウィークディもほとんど1~2日おきに、リンとステラの住むこぢんまりとした郊外の家(グッドマンが手配したディスカストス侯爵家所有の物件)に通っては、ミリアムはディスカストス侯爵家令嬢として、自分の持てる全てを伝授してきた。
リンは実に優秀な生徒だった。もっとも、ウィリアムズ・カレッジ時代、リンの明晰な頭脳とどんなことにも努力を惜しまない謙虚な様子を一番身近で見続けてきたミリアムであるから、その標的が医学や数学といった学問から、マナーやダンス、ドレスの選び方などの貴族階級の女性としての常識に代わったとしてもきっと砂が水を吸い込むように会得してしまうのだろう、とは想像していた。しかし、その想像を超えて、リンはものすごい成長ぶりを見せた、とミリアムは思う。
あの、初めてリンと過ごしたギースのバカンスで付け焼き刃の令嬢ぶりを仕込んだ時とは段違いのレベルで、貴族令嬢、しかも王族レベルの身のこなしとマナーを身につけたリンは、いまや生まれながらの貴婦人としての振るまいを完璧にこなせるようになった。
そんなリンの姿を想像して、ミリアムは1週間後に迫ったそのお披露目の場を想像して、知らず知らずにニンマリと笑うのを止められない。
(リンは、いや私たちは大成功をおさめるでしょう)
グッドマンの淹れてくれた完璧な水色と味わい、そして薫りを醸す最高級茶葉のファーストフラッシュをストレートで味わいながら、ミリアムはこれ以上満足な思いはない、という気持ちでゆったりと背もたれにもたれて、夫と兄が席に着くのを待ったのだった。
視点が変わるので、短めですが切りました。
次はグッドマンの番です。
明日の更新をお待ち下さい☆彡