■7話■
「あっ、オルトス!」
オルトスは蛇の尾を持つ双頭の黒犬の魔物である。
オルトスは一度下りになっている右手の崖に降り勢いを増したまま駆け上ってきた。
「こういう奴ってフレアの味方なのか?」
「大きな魔力を身にまとっておれば、相手はそれを本能で察して、そのまま配下に加わってくれるもんなのじゃが、こうまで魔力が小さいと、そうはいかぬのう」
「ってことはこのオルトスは敵か?」
いや、とフレアは首を振った。
「あれをやるのはしんどいんじゃが、折伏してみようかのう」
「折伏?」
「魔力じゃなくて気合いで味方に引き入れる技術といったところかのう。魔力の代わりに精神力を消耗するんじゃ。ふむ、魔の者が近くにいればそれだけ陰の気が集めやすい。それに戦力も乏しいしのう、こやつをわらわの配下に加えようと思うぞ。
そなたらは静かにして見ておれ」
そういうと、フレアはオルトスにまっすぐ目を向けた。オルトスは、勢いを殺がれ、フレアの数歩前で動きを止めた。フレアとオルトスは、お互いを睨みつけている。風や木々のざわめきが消え、耳が痛くなるような静寂があたりを包んだ。
唾を飲み込むのも戸惑われるほどの緊張感が2分ほど続いた。そして唐突にオルトスは視線を外した。それを見てすかさずフレアは尋ねた。
「名は何と言う」
オルトスは、ただ吠えただけだったが、フレアには何か聞きとったようだった。
「ポチよ、今日からそなたはわらわの配下じゃ、よろしく頼む」
「く~ん」
オルトスは、その2つの頭を両方とも気持ちよさそうにフレアにこすりつけた。
蛇の尾をぶんぶん振りつけている。
フレアは頭をなでなでしたあと、ポチの背中に飛び乗った。
「おー、流石は魔王。そうすればどんな魔物もフレアの手下になるのか?」
「一応はな。じゃが、魔の頂点たる魔王はこのようなことをせんでも全ての魔に属するものを統率できるものなのじゃ。それに折伏は魔に属する者ならだれでもできるぞ。おぬしも恐らくできるじゃろう。次はわらわの代わりにやってくれ」
「どうやるんだ?」
「にらめっこしましょうそらしたらまけよはいどーぞ。と心の中で唱えて相手の目を凝視するのじゃ」
「ふむふむ」
「相手が動きを止めるまで何度もな。相手が完全に動きを止めてこちらの目をだけを見るようになれば、勝負に乗ったということじゃ。ここからは、先に目をそらしたら負け。相手が目をそらすまで瞼も閉じずひたすら見つめ続けねばならない」
「結構大変そうだ」
「相手が目を逸らしたら名を尋ねる。そうすれば相手の名が聞こえるじゃろう。そのあとでそのまま心の中で名前を上書きするのじゃ。上書きする名前は好きに決めてよい。そうして名付け親になればそのものを思いのままにすることができるようになるというわけじゃな」
「なるほど、ところでこっちが先に視線を外したらどうなるんだ?」
「そのまま逆の事がおきるのう。つまり、相手の配下になるということじゃ」
「マジかよ」
「心配せんでよいぞ、失敗しても配下になっても相手を殺せば主従関係は消える。もし失敗したらわらわが相手を始末してやろう」
「じゃ魔物でやる前に、ペルシーで練習してみるかな」
「え、ちょおやめください。私を配下にしてどうするつもりですか!」
「そりゃあ、エロいことを」
「魔に属する者と言ったじゃろう、ペルシーらは我らに友好的じゃが、ホビットは魔に属しているわけではない」
「ほっ」
そんなやり取りをしつつ、上り坂の終わりの所までやってきた。
そこは見晴らしのいい所で、背丈の短い草が広がっていた。