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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

大人しい公爵令嬢が親友の元ヤン転生王女に『喧嘩の買い方』を教わったので、言葉のドスでボコボコにして差し上げます。

作者: 羽哉えいり
掲載日:2026/01/27

 優雅に流れる音楽、きらびやかなシャンデリア。

 このやけに上品な王立学園の卒業パーティーの空気を台無しにしたのは、壇上で高らかに吠えているディルク王子だった。


「リューシャ・アルトマイヤー公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄にする!」


 出たよ。隣には「真実の愛(笑)」とかいう安っぽい愛を語り合っているルリーニ男爵令嬢がべったり張り付いている。


「ディルク様ぁ、怖いですぅ。リューシャ様にまた睨まれちゃいましたぁ」

「案ずるなルリーニ。この性悪女の『ケジメ』は、俺がキッチリ取らせてやる!」


 ……あ? 今、ケジメっつったか、あのアホ王子。

 私は壁際で腕を組み、ドレスの裾を蹴り上げそうになるのを必死に堪えていた。


 私はセアラ、この学園では正体を内密にしているが隣国の第一王女だ。だが前世での魂は最強の族を率いて、敵対チームを片っ端から沈めてきた負け知らずの特攻隊長だった。 

 まあ、転生した当初は「王族とかマジパネェ」くらいに思ってたけど、前の人生で培った「修羅場の嗅ぎ分け方」と「気合」は、この優雅な貴族社会でも十分通用した。


 そんな私の、この世界でたった一人のマブダチであるリューシャが、こんな三下に舐められてるのを黙って見ていられるわけがねーだろ。


 彼女は私とは正反対。

 いつも伏せ目がちで、声は鈴が鳴るように可憐。怒ることさえ知らないような、お淑やかを絵に描いたような公爵令嬢だ。

 学園で孤立していた私に、彼女だけが「セアラ様の瞳は、とても真っ直ぐで素敵ですわ」なんて微笑みかけてくれた。その瞬間、私は誓ったんだ。


 ――この清楚な天使みたいなマブダチを泣かせる奴は、たとえ神様でもぶっ飛ばす、と。


(いけ、リューシャ。練習通りに『メンチ』を切るんだよ……!)


 私は心の中でリューシャに念を送る。

 一週間、私の私物である『元ヤン喧嘩語録(令嬢語翻訳済)』を叩き込んだ成果を見せてみろ。


 少しの間の後、おどおどしていたはずのリューシャがスッと扇子を閉じる。そして顎を引き、冷徹な視線を王子に飛ばす。

 いいぞ、その眼光だ。毎晩鏡の前で特訓した「獲物を仕留める目」にちゃんとなってるじゃねーか。


「ディルク殿下。お言葉ですか、その根拠のない妄言、少々『ナメプ』が過ぎるのではないかしら?」

「なっ、ナメ……!?」


 会場の空気が凍りつく。

 よしっ、まずは先制パンチだ。リューシャが優雅に一歩前へ出る。

 親友である彼女は私の教えを完璧に守っていた。背筋を伸ばし、声のトーンを一つ下げ、それでいて言葉の端々に毒を込める。


「わたくしの背後に立つ親友から、たっぷりと教え込まれましたの。『売られた喧嘩はひとつ残らずお釣りを持たせて買い叩け』と」


 最高だ、心の中でスタンディングオベーションを送ったね。

 ディルク王子の顔が、茹で上がったカニみたいに真っ赤になっていく。隣のルリーニとかいう女も金魚みたいに口をパクパクさせてやがる。


「何が真実の愛(笑)ですの。そんな安っぽいメッキ、わたくしの言葉のヤスリで今すぐ剝いで差し上げますわ。……婚約破棄、上等ですわよ!」


 言った! よく言ったリューシャ! 

 そう、この「上等」の一言こそが、反撃開始のゴングだ。


 思えば一週間前、彼女に「喧嘩の作法」を叩き込み始めた時はどうなることかと少し心配をしていたのだが、杞憂に過ぎなかったようだ。





 ――話は一週間前に遡る。


「……セアラ、今、なんておっしゃいましたの?」


 紅茶を飲んでいたリューシャが素っ頓狂な声を上げる。私は彼女の目を見てもう一度はっきりと言い放った。

 

「来週の卒業パーティーで、ディルクのあのろくでなしがお前に婚約破棄を叩きつけてくる。浮気の相手はいつもベタベタくっついているあざとい女のルリーニだ」


 何故私がそれを知っているのか、理由は単純。

 この国に潜伏している私の情報網が、王子とルリーニが裏で「卒業パーティーで派手に追い出そうぜ」と話している現場を掴んだからだ。

 前世の感覚で言えば、放課後の屋上で集会やってるのと同じくらい筒抜けなんだよな。


「そんな……、わたくし、何か至らない点が……」

「そんなものはない! 悪いのは婚約者がいるのに浮気をしているあいつらだ! いいか、リューシャ。あいつらはお前が泣き寝入りするのを期待している。……そんなの、私が許さねえ」


 私はテーブルをドンッと叩き、立ち上がった。


「リューシャ、今から特訓だ。あのアホ面共に、何も言い返せなくなるような反論のスキルを仕込んでやる。まずはその上品すぎる言葉の端々に、反論の意図を明確に込める練習だ!」


 泣き寝入りなんてさせねえ。この控えめな親友を、世界一ガラが悪くて気高い公爵令嬢に改造してやる。 

 そこから私のスパルタ教育が始まった。


「いいか、『困りますわ』じゃない。そこは『そのご意見には納得しかねます』だ。語尾に明確な否定を込めろ!」

「えっ、あ、あの……、そのご意見には納得しかねます」

「声が小さい! 腹から出してみろ! 相手に直接届けるつもりで言え!」


 私は扇子を使い、リューシャの姿勢を正しながら指導を続ける。


「次は不当な非難を受けた時の返しだ。相手が証拠があると言ってきたら?」

「わたくしには身に覚えがありません、かしら?」

「甘い! 『その証拠とやらを拝見できますか?』だ。冷静に、だけど要求として伝えろ。更に畳み掛けるように、『もし証拠が不確かなものであるならば、貴方様の立場が危うくなるのではございませんか?』と示唆するんだ」


 必死にメモを取るリューシャ。

 彼女の令嬢としての教養と、私の弁論魂が化学反応を起こしていく。


「いいかリューシャ。不当な非難には、冷静かつ的確な反論で応じるのが一番だ。お前の味方は私がしてやる。その時が来たなら、堂々と立ち向かっていけ!」

「はいっ、セアラ! わたくし頑張りますわ! ……上等でございます!」


 完璧だ。

 私は自信に満ちた親友を見て、満足げに頷いた。





「――っ、リューシャ! いいだろう、貴様の罪を一つ残らずこの場で列挙してやる! シラを切り通せると思うな!」


 ディルク王子は顔を真っ赤にしながら叫び、ここぞとばかりに、懐から束ねた書類を出して読み上げていく。どうせ捏造された報告書だろう。

 ルリーニはその隣で震える小鹿のように肩を震わせている。……演技派だねぇ。アカデミー賞でも狙ってろ。

 私は腕を組み、リューシャの背中を見守り続ける。


「……以上がリューシャ、貴様がルリーニに行った数々の嫌がらせの罪状だ! 階段からの突き落とし、教科書をズタズタに引き裂き、果てには毒を盛ろうとしたな! 言い逃れはできんぞ!」


 待ってました、そのセリフ!

 私は内心でガッツポーズを作った。

 自分から罪状を並べ立てる。それは格闘技で言えば、相手に隙だらけの大きなパンチを打たせるようなものだ。


(さあ、リューシャ、いけ! 最初の返しだ! 安っぽいメッキを教えた通りヤスリで削り落としてやれ!)


 リューシャは優雅に扇子を広げると、口元を隠してクスクスと笑った。


「あら、殿下。そのお話、あまりにも独創すぎて創作大賞でも狙ってらっしゃるのかしら?」

「何だと!? 証拠でもあるのか!?」

「証拠……、証拠とおっしゃいますが、そちらは男爵令嬢の涙以外に、何か形のあるものはございまして?」

「フン、言うと思ったぞ! これを見ろ!」


 王子がドヤ顔で掲げたのは、ズタズタに裂かれた教科書と、ルリーニの友人という伯爵令嬢と子爵令嬢を指し示した。


「この教科書が被害品だ! そして彼女らは現場を見た証人だ! 罪を認めろ!」


 会場に「最低ね……」という空気が流れる。だがリューシャの目は死んではいない。

 彼女は私が事前に渡しておいた『魔導記録水晶』をスッと掲げた。


「あいにくですが、その証拠……、出どころを洗わせていただきますわ」

「洗う……?」

「ええ。証拠を捏造する奴は作業現場を誰かに見られているものだと、そう教わっておりますの。こちらの水晶をご覧くださいませ。この中に、無人の教室でルリーニ様がご自分でご自分の教科書を一生懸命ナイフで切り刻んでいるお姿がバッチリ映っておりますわよ」

「なっ!?」


 会場の巨大スクリーンに、私の情報網たちが事前に繋いで設置していた記録水晶の映像が流れる。

 そこには鼻歌交じりに「これでリューシャは終わりよぉ〜」と教科書を切り刻むガラの悪いルリーニの姿がドアップで映し出されていた。


「こ、これはっ、そ、その、お芝居の練習で……!」


 顔を真っ青にするルリーニに、リューシャが追い打ちをかける。

 一歩、また一歩と詰め寄る姿は、完全に「路地裏で格下にトドメを刺す特攻隊長」の風格だ。


「お芝居? お上手ですわね。ですがわたくしを『ハメる』なら、もう少しマシな策を練るべきでしたわ。こんなお粗末な工作はおままごとと呼びますのよ。舐めてんのか、ワレ……、ですわね」

「リ、リューシャ……?」

「あ、失礼。わたくしを少々軽んじすぎではありませんか、ですわ」


 リューシャの背後に金色の龍が見えた気がした。

 アホ王子は腰を抜かして床にへたり込み、ルリーニは泡を吹いて卒倒しそうになっている。

 証人だった令嬢たちも見事に凍りついていた


「婚約破棄は謹んでお受けいたします。……ただし、慰謝料と『ケジメ』はキッチリつけていただきますわよ? 逃げられるなんて、思わないでくださいましね?」


 床にヘタリ込んでガタガタと震えているだけのディルク王子。その姿は、一国の後継者とは程遠い、ただの無様な男だった。

 そんな彼の腕に、同じく絶望に染まったルリーニが必死に縋り付く。


「ディ、ディルク様ぁ……! どうにかしてくださいませ! このままでは私たち……っ!」


 愛する(笑)女の悲鳴と、会場からの冷ややかな嘲笑。それがプライドだけは高い彼の最後の一線をぶち切った。


「――っ、貴様……っ!」


 王子は顔を真っ赤に腫らし、火がついたように跳ね起きた。

 もはや王族としての矜持も、リューシャへの罪悪感もない。あるのは自分をここまで追い詰めた大人しいはずの女への逆恨みだけだ。


「よくもルリーニを、俺をコケにしたなっ! 女の分際で、この俺に恥をかかせるとはぁぁ!」


 逆上したディルク王子が、ついに理性を失って拳を振り上げる。

 狙いは、凛と立つリューシャの頬だ。


「この、生意気な女がぁっ!」


 会場から悲鳴が上がる。

 可憐な公爵令嬢が、男の暴力に晒される最悪の瞬間――。

 だが、その拳が彼女の髪一本に触れるより早く、横から影が割り込んだ。


 ――ドォォォォンッ!


「ぎゃあああああっ!?」 


 凄まじい衝撃音と共に、ディルク王子の体がゴミ袋のように吹っ飛んだ。

 会場の壁際にある飾り棚に突っ込み、高価な花瓶と共に崩れ落ちる。


「……あ? 誰の許可得て、うちのマブダチに手ぇ出そうとしてんだよ、この三下が」


 静まり返る会場の中央。

 ドレスの裾を豪快に蹴り上げ、拳をポキポキ鳴らしながら立っているのは――私だ。


「セ、セアラ……?」

「わりぃなリューシャ。こっからは私のルールで話させてもらうわ」


 私は呆然としている周りの観衆たちを無視し、吹っ飛ばしたディルク王子へと近づいていく。

 そして懐からあるものを取り出し、掲げて見せた。

 

「なっ……、それは、フェルゼン王家の……!?」


 私の手にある物とは、まばゆい黄金の輝きを放つ、隣国フェルゼン王国の獅子紋章が刻まれた王族の証。


「ああ。私はフェルゼン王国の第一王女、セアラ・ド・フェルゼンだ。身分を隠して留学してたが、国の王子が自分の婚約者を……、私の親友を殴ろうとするなんて、随分と面白い国際問題を用意してくれたじゃねぇか、ああん?」


 私は床に這いつくばるディルクの髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。

 かつての特攻隊長時代、敵対チームを壊滅させた時の殺気を全開にして、至近距離で囁く。


「うちの国と結んでいる軍事同盟、白紙に戻してほしいって理解でいいんだな? お前のせいで、この国は明日から『盾』を失う。……ケジメ、取れんのかコラ」

「い、ひっ、ひいいいいいっ!」


 王子は失禁せんばかりの勢いでガタガタと震え出す。

 ルリーニとかいう女は完全に白目を剥いて倒れている。


 私はゴミを捨てるように王子を放り出すと、目を丸くしているリューシャへと向き直った。

 そして、前世のガラの悪さを少しだけ引っ込めて、ニカッと笑った。


「リューシャ、こんな腐った吹き溜まりに用はねえだろ? ……一緒に私の国へ来い。お前の席はもう用意してあるぜ」

「セアラ……、ええ、喜んで!」


 リューシャは私の手を取り、最高に気高く、そして爽やかな笑顔で言い放った。


「皆様、ごきげんよう。あ、お釣りはいりませんわ。この国ごと差し上げますね!」





 あれから三日後。

 ディルク王子とその両親は、外交問題に発展する前に私の要求を全て呑んだ。慰謝料はたんまりと、そして『ケジメ』として王位継承権の放棄まで全部である。

 国は混乱に陥ったようだが、私とリューシャには関係のない話だ。


「まさかセアラが本当は王女様だったなんて……、今でも信じられませんわ」

「中身は変わらねーよ。私はお前のマブダチ、元ヤンで特攻隊長だったセアラだ」


 フェルゼン国へ向かう馬車の中で笑い合っていると、馬車が止まり王城に到着する。

 出迎えてくれたのは私の兄であり、この国の次期国王であるアルフォンスだった。


「セアラ、お帰り」

「兄さんご無沙汰です。紹介しますね、私の親友のリューシャです」

「は、初めましてっ!」


 リューシャが頭を下げて挨拶しようとした瞬間、兄の目が釘付けになった。

 その顔は完全に「一目惚れ」の表情だ。


 私はすかさず兄の背後へと回り込み、耳元でこっそり囁く。


(いいか兄貴、リューシャは私のマブダチだ。私が人生懸けて守り抜いた天使ちゃんだ。……絶対に幸せにしろよ。約束だぜ。破ったら、……ぶっ飛ばす)


 アルフォンス兄さんは冷や汗をかきながらも、すぐに王太子としての顔を取り繕った。


「も、もちろんだとも、セアラ。リューシャ、この度は貴方のような素晴らしい女性をお迎えできて、我が国は光栄に思う」

「殿下……」


 兄は真剣な眼差しでリューシャを見つめている。リューシャもまた、さっきまでの緊張が解けたように頬を染めた。


(よしよし、いい感じじゃねーか)


 ざまぁ展開は終わった。これからはマブダチの幸せな未来が始まる。


 既に良い雰囲気になっている二人を眺めながら、私は心の中で高らかに宣言した。


 ――新しい人生、上等ですわよ!



(完)

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