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第9章 凝核薬

 古びた宝箱の中に、透き通った碧青色をした親指ほどの大きさの薬瓶が、静かに横たわっていた。あの誘惑的な芳香は、そこから発せられているものだった。


 エーゼル大陸において、真の正式魔法使いとなるには、体内に魔力の核を凝縮させることが前提条件となる。しかし魔力の核の凝縮には、少なからぬ失敗率が存在する。失敗すれば、初級見習いの魔力は見習い初期まで低下してしまう。運の悪い者は、十数回も凝縮を試みてようやく成功することもある。そうした繰り返しの凝縮は、最も良い修練期間を失わせ、将来性を大きく損なうことになる。


 凝核薬――その効果は、初級頂点の見習いが魔力の核を凝縮する成功率を大幅に向上させることだ!


 この特殊効果により、一刻も早く正式魔法使いになりたいと願う無数の者たちが、この薬に垂涎し、日夜思い焦がれても手に入れることができないでいる。


 凝核薬といえば、それを作り出す者について触れねばならない――錬金術師だ。


 錬金系は、魔法属性の中で蔑視の連鎖の最底辺に位置し、戦闘力が弱く、修練も遅々として進まず、最も役立たずの廃物属性とされている。


 しかし、錬金系には他の系統が持たない能力が一つある――薬剤の精製だ。


 低級の錬金術師は、簡単な回復薬や解毒薬しか精製できない。これらは有用だが価値は高くなく、市場でも数十金貨で売られており、普通の魔法使いでも購入できる。


 まさにそのため、錬金系は補助職業とみなされ、地位も低い。


 だが、高級錬金術師となれば、実力を向上させ、体質を改善し、さらには延命効果まである神秘的な秘薬を精製できるのだ!


 こうした高級秘薬は市場では滅多に出回らず、王国の貴族ですら予約待ちをし、巨額の代価を支払ってようやく一瓶を手に入れることができる。


 そのため、錬金系はエーゼル大陸において非常に奇妙な立場にある――


 低級錬金術師は地位が低く、見下され、低級薬剤を精製して生計を立てるのみ。


 高級錬金術師は、各勢力が競って引き抜こうとする対象となり、身分も地位も顕著だ。


 しかし、低級錬金術師から高級錬金術師へと成長するのは、天に昇るより難しい。


 まず、錬金系自体の修練が遅く、戦闘力も弱いため、多くの錬金系魔法使いは成長過程で様々な危険に淘汰されてしまう。


 次に、高級薬剤の精製には大量の貴重な材料を練習に使う必要があるが、これらの材料は高価で、普通の錬金術師には負担できない。


 最後に、そして最も重要なのは、高級薬剤の精製には極めて強大な精神力と、魔力への精密な制御能力が必要だということだ。


 薬剤精製において、魔力の制御は最重要事項だ。魔力がわずかに揺らぐだけで、瓶全体が廃液と化し、すべてが台無しになってしまう。そのため、魔力をうまく制御することは錬金術師が必ず習得しなければならないが、魔力を完璧に制御するには強靭な精神力が必須だ。これを欠けば、前の二つがどれほど優れていても、無用の功に過ぎない!


 こうした厳しい条件のもと、高級錬金術師まで成長できる者は、当然ながら極めて稀な存在だ。高級錬金術師が少なければ、あの神秘的な高級秘薬も当然少ない。希少なものは貴重とされ、だからこそ高級錬金術師は顕著な地位を持つことができる。


 だがそれでも、錬金系は依然として廃物属性とみなされている。


 なぜなら、百人の錬金系魔法使いの中で、高級錬金術師まで成長できる者が一人いれば万幸だからだ。


 大多数の錬金系魔法使いは、生涯を通じて低級薬剤の中でもがき、地位も低く、人に見下され続ける。


 ……


 広間の中、三人の長老の驚きの声を聞いて、ホール内の少年少女たちの目が大きく見開かれた。熱い視線が、レノルドの手にある宝箱に注がれる。


 父の隣に座る従妹は、紅い唇を軽く舐め、宝箱を見つめる瞳は瞬きもしない。


 俺は隅の席に座り、静かにこの光景を眺めていた。


 凝核薬。


 魔力の核の凝縮成功率を大幅に向上させる高級秘薬だ。


 この薬があれば、家族にまた一人、若き正式魔法使いが誕生するだろう。


「ほほ、これはカエルム・アルカナムの名誉長老ルドルフ様が自ら精製されたものです。皆様もあのお方の名声は耳にされているでしょう?」


 レノルドは三人の長老の反応を見て、満足げに微笑んだ。


「この薬が薬剤大師ルドルフの手によるものだと!?」


 三人の長老は驚愕の声を上げた。


 薬剤大師ルドルフ――エルデンハイム王国で極めて大きな影響力を持つ人物だ。彼自身も錬金系で戦闘力は平凡だが、その錬金術は神秘的で測り知れない。無数の強者が彼に取り入ろうとしても、方法が見つからないほどだ。


 ルドルフは戦闘力こそ強くないが、彼が精製する高級秘薬は強者をさらに強くし、天才が壁を突破するのを助け、瀕死の者を蘇生させることさえできる。


 まさにそのため、王国の大貴族も、国王本人ですらも、ルドルフには礼を尽くして接するのだ。


 三人の長老は喜色満面で宝箱の中の凝核薬を見つめた。もし家族がこの秘薬を手に入れれば、また一人の少年正式魔法使いを生み出せる。そうなれば、自分の孫を推すこともできるだろう――


 三長老の目が光った。この機会を逃すわけにはいかない。


 二長老も同じことを考えていた。何としてでも、この秘薬は自分の孫に――


 三人がそれぞれの思惑を巡らせていたその時、俺の声が広間に響いた。


「レノルド殿、その秘薬はお持ち帰りください」


 俺の声は静かだったが、はっきりと広間に響き渡った。


「今日のことには、我々は同意しません」


 広間が一瞬にして静まり返った。すべての視線が、隅で立ち上がった俺に集中した。


 三長老の顔が紅潮した。この小僧、何を言っている!? あの凝核薬があれば――


「ライアン!」


 三長老が怒鳴った。


「ここで貴様が口を出す筋合いはない! 黙っていろ!」


「ライアン、下がりなさい」


 大長老も立ち上がった。


「お前の気持ちは分かるが、ここは我々が決めることだ」


 俺はゆっくりと三人を見渡した。


「三人の長老方にお尋ねします」


 俺の声は落ち着いていた。


「もし今日、婚約を破棄されるのが貴方方の息子や孫だったら、同じことを言いますか?」


 三人の長老は言葉に詰まった。


 二長老の顔に戸惑いが浮かんだ。確かに、もし自分の孫が公の場でこのような屈辱を受けたら――いや、だが凝核薬は――


 三長老が目を見開き、魔力を纏い始めようとした瞬間――


「三人の長老方」


 エヴィルの澄んだ声が響いた。


「ライアン兄様の言うことは正しいです。これは兄様が当事者なのですから」


 その声には、普段にない冷たさが含まれていた。


 三人の長老はエヴィルを見た。少女は相変わらず本を読んでいるが、その雰囲気が――何か違う。


 大長老は心の中で警戒心を抱いた。この少女、一体何者なのだ? 以前から気になっていたが、今の雰囲気は――


 三人は互いに目配せをし、黙り込んだ。


 俺は心の中で疑問を抱いた。エヴィル、お前は一体何者なんだ?


 だが今はそれを考えている場合ではない。


 俺は大股で前に進み、まず父に向かって深く礼をした。


 父は俺を見つめた。息子の目には、揺るぎない決意があった。父の心に温かいものが広がった。よく育った――


 それから俺は振り返り、リーゼロッテに向き合った。


「リーゼロッテお嬢様、一つお尋ねします」


 俺は彼女の目を見据えた。


「今日の婚約破棄について、クラウゼンブルク公爵はご存知なのですか?」


 リーゼロッテは眉をひそめた。


 この人、なぜこんなにしつこいの? 二人の間の格差が分からないのだろうか? 私は次期院長候補、彼はただの錬金系の――


 彼女は立ち上がり、俺を見下ろすように言った。


「祖父は知りません。でもこれは私のことです。祖父には関係ありません」


「ならば、申し訳ありませんが」


 俺は静かに言った。


「我が父も、あなたの要求には応じられません」


「当初の婚約は、両家の先代当主が直接決めたものです」


 俺は広間を見渡した。


「先代当主が決めた婚約を、子や孫が勝手に破棄する――」


 俺は三人の長老を見た。


「それは先祖への冒涜ではありませんか?」


 三人の長老の顔色が変わった。


 先祖への冒涜――この言葉の重みを、彼らは誰よりも理解していた。厳格な貴族社会において、これは最も重い罪の一つだ。もしこの噂が広まれば、長老の地位すら危うい。


 大長老は内心で舌打ちした。この小僧、なかなかやる――


「あなた……」


 リーゼロッテは反論の言葉が見つからず、顔を紅潮させて足を踏み鳴らした。


 レノルドは額の汗を拭った。予想外の展開だ。この少年、見た目よりずっと厄介だ――


 リーゼロッテはしばらく考えた後、息を吸い込んで言った。


「では、どうすれば婚約を解消してくれるの?」


 彼女の声には苛立ちが滲んでいた。


「補償が足りないというなら、先生にもう三瓶の凝核薬をもらうわ。それに、カエルム・アルカナムで高等魔法を学ぶ機会も差し上げます」


 広間がざわめいた。


 三瓶の凝核薬! カエルム・アルカナムでの修行!


 三長老の呼吸が荒くなった。それだけあれば、孫たち全員に――


 少年たちは唾を飲み込んだ。カエルム・アルカナムで学べるなんて、夢のようだ――


 リーゼロッテは雪のように白い顎を上げ、誇らしげに俺の返答を待った。


 この条件なら、どんな少年も喜んで受け入れるはず。彼も結局は平凡な少年に過ぎないのだから――


 俺は静かに彼女を見つめた。


 確かに、魅力的な条件だ。三瓶の凝核薬があれば、家族は大きく力を増すだろう。カエルム・アルカナムで学べば、将来の道も開ける。


 だが――


 俺の心に、ある感情が湧き上がってきた。


 それは怒りではない。悲しみでもない。


 それは――侮辱された、という感覚だった。


「リーゼロッテお嬢様」


 俺の声は依然として平静だった。


「あなたが提示したその条件は、あなたの目には素晴らしい恩恵に見えるのでしょう」


 俺は一歩前に出た。


「しかし私の目には、それは侮辱にしか見えません」


 リーゼロッテの目が見開かれた。侮辱? 何を言っているの、この人は?


「数瓶の秘薬と、学院への入学枠――」


 俺の声が少し強くなった。


「それで私たちの尊厳を買えるとでも?」


 リーゼロッテは困惑した。尊厳? 私はただ、彼らに十分な補償を――


「お嬢様」


 俺は彼女を見据えた。


「あなたは小さい頃から恵まれた環境で育ちました。欲しいものは何でも手に入る。困ったことがあれば、金や地位で解決できる」


 リーゼロッテの顔が強張った。


「だからあなたは理解していない」


 俺の声が低くなった。


「金で買えないものがあるということを」


 俺は父の方を向いた。


「父上」


 俺は膝をついた。


「今日のこと、息子は絶対に同意できません」


 父はゆっくりと立ち上がった。


 息子の背中を見つめながら、父の胸に熱いものが込み上げてきた。ライアン――お前は本当に、よく育った。


「ライアン」


 父の声は低く、だが温かかった。


「顔を上げなさい」


 俺は立ち上がり、父を見た。


 父の目には、悲しみと――そして誇りが宿っていた。


「よく言った」


 父は俺の肩に手を置いた。


「お前は私の息子だ」


 父はリーゼロッテたちに向き直った。


「レノルド殿、リーゼロッテお嬢様」


 父の声には、侯爵としての威厳が戻っていた。


「当初の婚約は、確かに両家の先代が決めたものです」


「それを解消するには、クラウゼンブルク公爵ご自身が正式に申し入れるべきでしょう」


「今日のような形での婚約破棄は、セレストーム家としては受け入れられません」


 レノルドの顔色が変わった。まずい――院長にどう報告すれば――


「セレストーム侯爵、それは――」


「お引き取りください」


 父は手を振った。


「凝核薬も、お持ち帰りください」


 机の上の宝箱が、冷たく投げ返された。


 レノルドは慌ててそれを受け取り、空間指輪に収めた。


 リーゼロッテは唇を噛んだ。なぜ? なぜ理解してくれないの? 私はただ――


 彼女の目に、涙が浮かんできた。


 だがそれは悲しみの涙ではなく、怒りと屈辱の涙だった。


 生まれてこの方、誰もが自分を敬い、誰もが自分の言うことを聞いてきた。それなのに、この辺境の小さな家の少年が――


「行きましょう、リーゼロッテお嬢様」


 レノルドが彼女の腕を取った。


「今日のところは――」


「待ってください」


 リーゼロッテが言った。


 彼女の声は震えていた。


「私は――私は理解できません」


 彼女は俺を見つめた。


「なぜあなたはそんなに頑固なの? 私はあなたに十分な補償を提示しました。それ以上、何を望むというの?」


 俺は彼女を見つめ返した。


「お嬢様は本当に、理解していないのですね」


 俺の声には、哀れみすら含まれていた。


「これは補償の問題ではないのです」


「では何だというの!?」


 リーゼロッテが叫んだ。


「尊厳です」


 俺は静かに言った。


「あなたが今日ここでしようとしていることは、私と父の尊厳を踏みにじることなのです」


 リーゼロッテは言葉を失った。


 尊厳――その言葉の意味を、彼女は理解できなかった。


 俺はため息をついた。


「お嬢様、どうぞお帰りください」


「この婚約を解消したいのなら、クラウゼンブルク公爵に直接父と話し合っていただくよう、お伝えください」


「私は理解できません」


 彼女の声は震えていた。


「なぜあなたはそんなに頑固なの? 私はあなたに十分な補償を――いいえ、十分以上の恩恵を提示しました」


 彼女は一歩前に出た。


「三瓶の凝核薬、カエルム・アルカナムでの修行。それだけあれば、あなたの人生は完全に変わるはずです。なのに、なぜ?」


 俺は静かに彼女を見つめた。


「お嬢様は本当に、理解していないのですね」


「何をですか!?」


 リーゼロッテが声を荒げた。


「これは補償の問題ではないのです、お嬢様」


 俺の声には、哀れみすら含まれていた。


「尊厳の問題なのです」


「尊厳?」


 リーゼロッテは首を傾げた。まるでその言葉の意味が理解できないかのように。


 俺はため息をついた。


「お嬢様、あなたは今日ここで何をしようとしているか、本当に分かっていますか?」


「婚約を解消しようとしているだけです」


 リーゼロッテは当然のように答えた。


「そしてそれに対する十分な補償を――」


「違います」


 俺は彼女の言葉を遮った。


「あなたは、大勢の前で、私と父に屈辱を与えようとしているのです」


 リーゼロッテの目が見開かれた。


「女性側から公の場で婚約を破棄する」


 俺は広間を見渡した。


「それが何を意味するか、お嬢様はご存知ですか?」


 リーゼロッテは黙り込んだ。


「それは、男性側が女性に相応しくない、と宣言することです」


 俺の声が広間に響いた。


「私ライアンが、あなたリーゼロッテに相応しくない劣った存在だ、と」


「そして――」


 俺は父を見た。


「私の父、セレストーム侯爵もまた、そのような劣った息子しか育てられなかった無能な父親だ、と」


 父の拳が、わずかに震えた。


「それをあなたは、大勢の前で宣言しようとしている」


 俺はリーゼロッテを見据えた。


「そして、数瓶の秘薬と学院への入学枠という『補償』を与えれば、私たちは黙って受け入れるだろう、と」


「まるで――」


 俺の声が冷たくなった。


「物乞いに施しを与えるかのように」


 リーゼロッテの顔が蒼白になった。


「私は――そんなつもりでは――」


「つもりがあろうとなかろうと、結果は同じです」


 俺は静かに言った。


「明日になれば、アルテリア中の人々が言うでしょう」


「セレストーム侯爵は、カエルム・アルカナムの令嬢に婚約を破棄され、その上で施しを受け取った軟弱な男だ、と」


 広間が水を打ったように静まり返った。


 三人の長老も、今更ながらその重大さに気づいたようだった。


 大長老が額の汗を拭った。確かに、もしこの形で婚約が破棄されれば、侯爵の名声は――いや、家族全体の名声が地に落ちる。


「では――」


 リーゼロッテは唇を噛んだ。


「では、どうすればいいというの?」


 彼女の声には、困惑と苛立ちが混じっていた。


「私は院長の後継者になれない。婚約があれば、掟により――」


「ならば正式な手続きを踏んでください」


 俺は言った。


「クラウゼンブルク公爵に、我が父と直接話し合っていただく。両家の当主同士が、正式に婚約解消を協議する」


「そうすれば、誰も我が父を責めることはできません」


 リーゼロッテは沈黙した。


 レノルドも考え込んでいた。確かに、その方法なら――だが、公爵が動いてくれるだろうか?


「でも――」


 リーゼロッテが何か言おうとした瞬間、彼女の表情が変わった。


 彼女は突然、俺をまっすぐ見つめた。


「分かりました」


 彼女の声が冷たくなった。


「あなたは正式な手続きが欲しいのですね」


 彼女は深呼吸をした。


「では、こうしましょう」


 彼女の瞳に、決意の光が宿った。


「今日の要求は、三年間延期します」


「三年後――」


 彼女は俺を見据えた。


「あなたがカエルム・アルカナムに来て、私に挑戦してください」


 

【第九章 完】

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