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錬金系の落ちこぼれ四男、辺境領主として無双する  作者: 穏やかな旅人


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第83話 剣と槍

  セレストーム家の演武場において、剣と槍が正面から激突するのは珍しいことではなかった。だがこれほどまでに激しい衝突を、ここにいる誰もが見たことがなかった。


◆◇◆


  剣と槍がぶつかり合った瞬間、衝撃が石畳を叩いた。


  観客席の最前列にまで風圧が届き、数人の生徒が思わず目を庇った。レオンの剣がオースティンの槍口を弾き、オースティンの槍が剣を薙いだ。双方ともに相手の力に弾かれ、同時に半歩退いた。武器越しに伝わる反動は、成人の騎士ならまだしも、十七と十九の若者にとっては腕を痺れさせるに十分だった。


  退きは一瞬だった。一瞬の間を置いて——二人はほぼ同時に次の攻撃に移った。


  防御という概念が、二人の間から消えていた。攻撃に攻撃。力に力。速度に速度。純粋な、剥き出しの斬り合いだった。


◆◇◆


  観客席の学生たちは顔色を変えていた。


  学院の演武は本来、技量を競う場であって、殺し合いの場ではない。だが今、目の前で繰り広げられているのは——演武の枠を、とうに超えていた。


  彼らは名門の子弟だった。幼い頃から武術を学び、剣も槍も一通りの心得がある。だからこそ分かった。あの二人の打ち合いが、どれほど常軌を逸しているか。


  「あれ……本気でやってないか……」


  「止めなくていいのか……」


  低い囁きが、観客席のあちこちで交わされた。だが誰も立ち上がらなかった。止められるはずがなかった。あの二人の間に割って入れる者が、この場にいるはずがなかった。


  やがて、囁きは一つの念に収束した。誰もが口にはしなかったが、同じことを考えていた。


  ——あのデキソコナイ、持ち堪えろ。


  彼らは知っていた。オースティンは四つ星だ。学院でも屈指の実力者だ。だがレオンが折れれば、この戦いはただの蹂躙になる。それを、誰も見たくはなかった。


  あの同じ獣のような苛烈さだけが——四つ星の暴威に対抗できる。


◆◇◆


  貴賓席で、カッセルリック侯爵は腕を組んだまま微動だにしなかった。


  その隣で、クロード・アシュモアが落ち着かない様子で身を乗り出していた。カッセルリック侯爵の弟にしてレオンの叔父——だが、レオンの存在を公に認めたことは一度もない男だった。拳を膝の上で握りしめ、視線は一瞬もレオンから離れなかった。


  「兄上」エイドリアンはカッセルリック侯爵に向かって低い声で言った。「あれは……止めなくてよろしいのですか」


  カッセルリック侯爵は答えなかった。翡翠の指環を嵌めた指が、肘掛けの上でわずかに動いただけだった。


◆◇◆


  五十七合。


  武器の轟鳴が、場内の者すべての心を乱していた。


◆◇◆


  双方とも、勝機を速度と力の極限に賭けていた。


  剣術においてはほぼ互角だった——否、純粋な技量で言えばオースティンが上だった。四つ星と二つ星の差は歴然としている。だがレオンには、技量の差を埋める何かがあった。退かないこと。怯まないこと。斬られても、突かれても、前に出ること。


  オースティンの槍術のすべての突進の型は、レオンの剣に抑え込まれていた——というより、レオンが体ごとぶつかることで、槍の有効距離を殺していた。だがオースティンもまた全力の殺し手を出し惜しんでいた。殺すつもりはないからだ。だが——このまま互いの攻勢を限界まで推し進めれば、結果は共倒れ。最悪の場合、互いの胸を貫く。


  演武場には血の風が巻いていた。戦場の鉄と砂埃の匂いがした。


◆◇◆


  「獅子旋牙!」


  オースティンの咆哮が演武場を震わせた。


  エイドリアンの目が見開かれた。この名を知っていた。セレストーム家の嫡流にのみ伝わる槍術の奥義——レオ・ルガールの名に恥じぬ、獅子の牙を模した旋撃の技。獅子が獲物に食らいつくとき、牙は直線では噛まない。首を捻じり、旋回させ、肉を抉じる。その理を槍に移したのが、獅子旋牙だった。


  オースティンがついに最強の殺し手を繰り出した。レオンの直突きを迎え撃つように、敢えて剣の間合いに踏み込んだ。レオンの剣が空を突いた刹那——完全な攻撃の機会が生まれた。


  槍がオースティンの腰のバネに引かれて、螺旋を描きながら薙ぎ払われた。先代のカッセルリック侯爵が伝授したという——通常の突きとは異なり、助走を必要としない旋回の斬撃。必要なのは、ただ一度の、獅子が首を振るような強烈な回転だけ。


  オースティンには分かっていた。レオンには手元の剣で受けるしかない。そしてこの一撃は、剣ごと叩き折り、そのまま胴を薙ぐ。


  オースティンは負けるわけにはいかなかった。セレストーム嫡子としての名誉がある。覚悟を決めたオースティンは、容赦しなかった。


◆◇◆


  獅子旋牙の名を聞いた瞬間、レオンは自分がどれほどの危険に陥ったか悟った。


  失策だった。もう取り返しがつかない。名のある騎士と正面から戦った経験のないレオンには、この技——セレストーム嫡流が何代にもわたって磨き上げてきた殺し手の、本当の恐ろしさを測ることができなかった。


  剣はもう引き戻せない。柄で受け止められるか?——無理だ。


  レオンは受けることを捨てた。


  体ごと、突っ込んだ。


◆◇◆


  誰もが、この対応を予想していなかった。


  螺旋を描く槍に向かって自ら飛び込むなど、回避にすらならない。


  オースティンの槍が、レオンの脇腹を捉えた。鮮血が飛散した刹那——人々は驚愕した。斬られたレオンが、オースティンと同じように回転し始めたからだ。


  槍は脇腹を抉った。深く、長い傷が走った。だがレオンは止まらなかった。剣を逆手に持ち替え、柄を鞭のように振り抜いた。至近距離での回転斬り——槍では発力できない間合い。だがレオンはそれをやった。


  オースティンの技を——獅子旋牙の回転の理を、そのまま剣に転用して。


◆◇◆


  金属が砕ける轟音が響いた。


  剣の柄が鉄の鞭のようにオースティンの胸当てを叩いた。オースティンは自分の目を疑った。二人の体が密着し、互いの目を睨みつけ合った。一瞬の硬直。そして二人は同時に相手の肩を押し、正反対の方向に弾かれ、同時に地面に座り込んだ。


  レオンが脇腹の傷を押さえた。オースティンは呆然と自分の胸当てを見下ろした。


  レオンが身を挺して飛び込んだことで、この結果が生まれたのだ。密着したために槍の末端——旋回で最も遅く、刃も最も鈍い部分が脇腹に当たった。深い傷ではあったが、致命傷ではない。


  二人の間の石畳に、数滴の血がまばらに散っていた。レオンの指の隙間から、赤が滲んでいた。


◆◇◆


  貴賓席で、エイドリアンは椅子から半ば立ち上がっていた。


  顔面蒼白だった。カッセルリック侯爵も、初めて表情を動かしていた。子供同士の演武で、ここまで血が流れることを想定していた者は誰もいなかった。学生たちは顔を見合わせ、何人かは目を背けた。


  「獅子旋牙を……」エイドリアンは呻いた。「一度見ただけで……模倣したのか……」


  「今のが、獅子旋牙か」レオンは脇腹を押さえながら、血の混じった息を吐いた。そして——頷いた。「覚えた」


  「……」


  オースティンの顔が蒼ざめた。傷は負っていないはずなのに。


  「オースティン! 立て!」


  貴賓席から、エイドリアンの怒声が飛んだ。


  オースティンが立ち上がり、槍を構えてレオンを睨んだ。レオンも剣を杖にして、よろめきながら立ち上がった。


  エイドリアンは演武を止めるべきか逡巡していた。あの傷で立ち続ければ、レオンの命に関わる。だがレオンは既に立っていた。立って、剣を構えていた。止める理由を、エイドリアンは見つけられなかった。


◆◇◆


  「認めてやる」


  オースティンは低い声で言った。口元は笑みの形をしていたが、目は笑っていなかった。


  「お前は——本物の剣士だ」


  「……」


  レオンは答えなかった。答える余裕がなかった。ただ、剣を構え直した。その目だけが、まだ燃えていた。


◆◇◆


  だがレオンの体は限界だった。


  脇腹の傷から血が流れ続けている。視界が滲む。足が重い。剣を持つ手の感覚が薄れていく。あと何合持つか分からなかった。


  それでも——レオンの足は前を向いていた。


  オースティンもまた分かっていた。次が——最後になる。


  「まだやれるのか」


  オースティンは槍を構え直した。



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