第71話 激突
「まだ……終わってない……」
レオンは震える腕で体を支え、ゆっくりと立ち上がった。
全身がボロボロだ。血が滴り落ち、足元に小さな血溜まりを作っている。視界が霞み、呼吸するたびに肺が焼けるように痛む。
だが、その目には——まだ光が宿っていた。
「……まだ立つか」
オースティンは眉をひそめた。
手のひらの炎が、さらに膨れ上がる。赤い光が、二人の顔を照らしている。
「往生際が悪いな、レオン」
「往生際……か」
レオンは口元の血を拭い、笑った。
「俺は五年間、『出来損ない』と呼ばれてきた。それでも、俺は諦めなかった」
その目に、強い光が宿った。
「今更、この程度で諦めると思うか?」
◆◇◆
『小僧、無茶するな。お前の魔力はもうほとんど残っていない』
オーグリの声が、脳内に響いた。
(分かってる……でも、まだ終われない)
レオンは自分の体の状態を確認した。ゴールデンフォームはもう発動できない。いや——正確には、あと一発分の魔力しか残っていない。アトラクション・パームとリパルス・フォースなら、まだ数回は使えるが、それだけだ。
(この一撃に、全てを賭けるしかない)
◆◇◆
「……そうか」
オースティンは静かに言った。
その目から、温もりが消えた。
「なら、仕方がない」
オースティンは右手を掲げた。その掌に、炎が灯る。
だが——その炎は、徐々に膨れ上がり始めた。オースティンの意図を超えて、制御が効かなくなっている。疲労と魔力の消耗が、彼の制御力を奪っていた。
「ファイア・ボルト……いや——」
炎がさらに大きくなる。直径が一メートルを超え、二メートルに近づいていく。
「くそっ……止まれ……!」
オースティンは炎を抑えようとした。だが、一度膨れ上がった炎は、もう止められなかった。彼の魔力制御は限界を超えていた。
「ファイア・バースト——!」
巨大な火球が、レオンに向かって放たれた。
オースティンの意図を超えた、暴走した炎。灼熱の熱波が、周囲の空気を歪ませ、残っていた氷柱を次々と溶かしていく。
「レオン様!」
「逃げろ!」
観客席から、悲鳴が上がった。
だが——
レオンは逃げなかった。
◆◇◆
「アトラクション・パーム!」
レオンの右手から、強力な吸引力が放たれた。
「何——!? レオン、やめろ! その火球は——!」
オースティンは叫んだ。
自分でも制御できなかった炎だ。あれを受け止めようとすれば——
火球が、レオンの手のひらに向かって吸い寄せられていく。軌道が歪み、レオンの周囲を回り始める。
「馬鹿な……! そんな火球を操ろうとするのか!?」
「黙れ」
レオンは歯を食いしばりながら言った。
「俺は——まだ終わってない!」
◆◇◆
レオンは吸引力を維持しながら、体を回転させ始めた。
火球が、レオンの周りを回り始める。
だが——火球が大きすぎる。
「ぐあっ……!」
火球の熱が、レオンの体を焼いた。距離を保とうとしても、炎の勢いが強すぎる。皮膚が焼け、服が焦げていく。
『小僧、無理だ! その火球は大きすぎる! 制御できん!』
(分かってる……でも、これしか方法がない!)
一回転。
火球がレオンの周りを回る。だが、軌道が不安定だ。
二回転。
腕が限界を迎えようとしている。アトラクション・パームの魔力消費が激しい。
三回転——
「うおおおおっ!」
レオンは叫んだ。全身の魔力を、アトラクション・パームに注ぎ込む。火球の軌道を必死に制御しようとする。
だが——
火球の表面が、激しく揺らぎ始めた。内部で炎のエネルギーが暴走している。オースティンの制御を失った炎は、不安定なまま膨張を続けていた。
そして——レオンの強引な操作が、その不安定さに拍車をかけた。
「リパルス・フォース!」
レオンは火球を、オースティンに向かって弾き返そうとした。
◆◇◆
「やめろ、レオン! その火球は——!」
オースティンは叫んだ。
火球が、彼に向かって飛んでくる。
オースティンは両手を前に突き出した。
「アイス・ウォール——最大出力!」
分厚い氷の壁が、地面から隆起した。高さは五メートル、厚さは一メートルを超える。オースティンの残された魔力を、全て注ぎ込んだ防御壁だ。
ドォン!
火球が氷の壁に激突した。
だが——
火球は爆発しなかった。
代わりに——
◆◇◆
ビキビキビキッ!
氷の壁に、無数のひびが走った。
火球の熱が、氷を一瞬で蒸発させる。水蒸気が爆発的に膨張する。
だが、その水蒸気が——氷の壁の冷気と接触した。
摂氏千度を超える炎。
零下百度を超える冷気。
その温度差は、千百度以上。
「まずい——!」
オースティンは目を見開いた。
火と氷が、衝突点で激しくせめぎ合う。蒸発、凝結、蒸発、凝結——このサイクルが、一秒間に何百回と繰り返された。
衝突点の温度と圧力が、急激に上昇していく。
水蒸気の膨張速度が、音速を超えた。
臨界点に——達した。
◆◇◆
ドォォォォォォォォォン!!!!!
凄まじい爆発が起きた。
熱膨張と冷収縮が同時に極限に達し、空気そのものが破裂した。衝撃波が全方向に広がり、観客席の最前列まで届いた。
轟音が闘技場を震わせ、人々の鼓膜を打った。
「きゃああああっ!」
「うわあああっ!」
観客たちが悲鳴を上げた。最前列の観客は、慌てて後ろに下がる。
白い蒸気と黒い煙が混ざり合い、舞台を完全に覆い尽くした。
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ、耳鳴りだけが残っていた。
◆◇◆
「……くそっ……!」
オースティンは膝をついていた。
爆発の衝撃で、氷の壁が粉々に砕けた。その破片が、オースティンの体を傷つけている。
荒い息を吐き、全身が震えている。魔力は完全に使い果たした。指一本動かすのも辛い。
「レオン……!」
オースティンは叫んだ。
煙が、ゆっくりと晴れていく。
オースティンは、レオンがいた方向を見た。
だが——
レオンの姿が、見えない。
「レオン……?」
オースティンは煙の中を見渡した。
舞台の石畳が、爆発の衝撃で粉々に砕けている。クレーターのような穴が開き、周囲には瓦礫が散乱していた。
氷の破片。
焼け焦げた石。
だが、レオンの姿だけが——ない。
「まさか……」
オースティンの顔が、青ざめた。
◆◇◆
「レオン……!」
「レオン様……!」
観客席から、悲痛な声が上がった。
ロキシーは涙を流しながら、舞台を見つめていた。
「レオン様……レオン様……!」
エヴィルも叫んでいた。
「レオン……!」
だが、返事はない。
煙が完全に晴れた。
舞台の中央には、巨大なクレーターが開いている。爆発の痕跡だ。
だが——レオンの姿は、どこにもなかった。
◆◇◆
「俺は……」
オースティンの声が、震えた。
「やりすぎた……のか……?」
その瞬間——
オースティンの脳裏に、記憶が蘇った。




