第69話 :蒸汽爆発
金色の光と、冷熱が交差する世界が、舞台の上で鮮明な対比を描いていた。
今のオースティンは、完全に別人だった。左手からは刺すような冷気が放たれ、右手からは灼熱の炎が燃え上がっている。二つの相反する力が、彼の体内で完璧に共存していた。
先ほどまで凍えていた指先、肘、膝——冷気を使いすぎて硬直していた体の各部位が、炎の熱で完全に回復している。今や全身が完璧に機能していた。
「どうだ、レオン?」
オースティンの声が、氷のように冷たく響いた。
「これが、お前の見たかったもの——俺の本当の力だ」
『小僧、気をつけろ!』
オーグリの声が、レオンの脳裏に響いた。
『あの野郎、完全に覚醒しやがった! 冷気と熱気を同時に操るなんて、並の四つ星にできる芸当じゃねえ!』
レオンは歯を食いしばった。
(くそ……ゴールデンフォームの維持で、魔力をかなり消耗している……)
全身を黄金の光で包み続けた代償だ。今のレオンに残された魔力は、もう多くない。
「さあ、レオン」
オースティンが一歩踏み出した。
「本当の勝負を始めよう」
◆◇◆
「フレイム・ランス!」
オースティンの右手から、炎の槍が射出された。
レオンは横に飛んで避けた。だが——
「アイス・ランス!」
左手からは、同時に氷の槍が放たれていた。
「くっ——!」
レオンは体を捻り、辛うじて避けた。だが、着地の瞬間、膝が微かに震えた。
(まずい……体が重い……)
魔力の消耗が、確実に体に影響を及ぼし始めていた。
「どうした、レオン!」
オースティンが叫んだ。
「さっきまでの威勢はどこへ行った!」
オースティンは両手を前に突き出した。
「デュアル・バレット!」
氷の弾丸と炎の弾丸が、同時に放たれた。無数の弾丸が、レオンに向かって殺到する。
「ゴールデンフォーム——」
レオンは全身を黄金の光で包もうとした。だが——
光が、薄い。
さっきまでの輝きが、明らかに弱まっている。
「がっ——!」
炎の弾丸がレオンの肩を掠め、氷の弾丸が脇腹に直撃した。
レオンの体が、よろめいた。
『小僧! 魔力が足りねえ! ゴールデンフォームを維持できなくなってるぞ!』
「分かってる……!」
レオンは歯を食いしばった。だが、体が言うことを聞かない。
◆◇◆
「はあ……はあ……」
レオンは膝をついた。肩と脇腹から血が流れ、息が荒い。
(くそ……魔力が……もう……)
全身を覆っていたゴールデンフォームは、今や右腕にしか残っていなかった。それすらも、薄く点滅している。
「終わりか、レオン」
オースティンがゆっくりと近づいてきた。
「お前の金色の光、綺麗だったぞ。だが——」
オースティンの両手に、冷気と熱気が渦巻いた。
「——所詮は二つ星だ。四つ星には勝てない」
『小僧、逃げろ! 今のお前じゃ、あの攻撃を防げねえ!』
オーグリが叫んだ。
だが、レオンの足は動かなかった。魔力の枯渇で、体が限界に達している。
「立てよ、レオン」
オースティンは冷たく言った。
「立って、俺に降参しろ。そうすれば、これ以上傷つけずに済む」
「降参……だと……?」
レオンは顔を上げた。その目には、まだ闘志が燃えていた。
「俺は……絶対に……降参なんか……」
「そうか」
オースティンの目が、冷たく光った。
「なら、力ずくで終わらせる」
◆◇◆
オースティンは両手を頭上に掲げた。
左手の冷気と、右手の熱気が——一点に収束していく。
「これは……」
観客席から、驚愕の声が上がった。
「冷気と熱気を、一つに……?」
「あんなことをしたら……」
氷と炎が、オースティンの頭上で螺旋を描きながら融合していく。白い蒸気が立ち上り、凄まじいエネルギーが渦巻いた。
「デュアル・インパクト——」
オースティンが叫んだ。
「——蒸汽爆砕!」
圧縮された蒸気の塊が、レオンに向かって放たれた。
『避けろ、小僧!!』
オーグリの絶叫が響いた。
レオンは咄嗟に体を捻った。残された魔力を全て足に集中させ、横に飛ぶ。
蒸気の塊が、レオンのすぐ横を通過した。
(避けた——!)
だが、次の瞬間——
◆◇◆
ドォォォォォォンッッッ!!!
蒸気が舞台の床に着弾した瞬間、凄まじい爆発が起きた。
高温高圧の蒸気が、一瞬で膨張した。爆風が舞台全体を吹き荒れ、石畳が砕け散った。
「きゃあああ!」
「な、何が起きた!?」
観客席から悲鳴が上がった。白い蒸気が舞台全体を覆い尽くす。
「がっ——!」
レオンは直撃を避けたはずだった。だが、爆発の衝撃波が、彼の体を容赦なく吹き飛ばした。
コントロールを失い、舞台の端へと——
その先には、先ほどのアイス・フィールドで生み出された、巨大な氷柱が林立していた。
『小僧、後ろだ!!』
オーグリの警告が響いた。
だが、遅かった。
◆◇◆
ドガァッ!!
レオンの背中が、巨大な氷柱に激突した。
「がはっ——!」
口から血が噴き出した。背骨に激痛が走り、視界が白く明滅する。
さらに——
パキィッ!
激突の衝撃で氷柱が砕け、鋭い氷の破片がレオンの体を切り裂いた。腕に、脚に、頬に——無数の切り傷が刻まれる。
「ぐっ……あ……」
レオンは氷柱の根本に崩れ落ちた。全身が悲鳴を上げている。背中の痛みで、息をするのも辛い。
蒸気が晴れていく。
オースティンが、ゆっくりとレオンに近づいてきた。
「まだ立てるか、レオン?」
その声は、冷たくも——どこか悲しげだった。
「……っ」
レオンは震える腕で体を支え、立ち上がろうとした。
だが、足が——動かない。
見下ろすと、両足首が氷柱の破片に凍りついていた。砕けた氷が足に張り付き、地面に縫い止めている。
「くそ……」
レオンは魔力を込めて氷を砕こうとした。だが、もう魔力がほとんど残っていない。ゴールデンフォームは完全に消失し、体は傷だらけだ。
「終わりだ、レオン」
オースティンが、レオンの前に立った。
「お前は良く戦った。だが——」
オースティンは右手を掲げた。炎が、その掌に灯る。
「——これ以上は、無意味だ」
『小僧……』
オーグリの声が、静かに響いた。
『……どうする?』
レオンは血に濡れた顔を上げ、オースティンを睨んだ。
その目には——まだ、光が消えていなかった。
「無意味……だと……?」
レオンは、笑った。
血に塗れた顔で、不敵に笑った。
「俺が……諦めるとでも……思ったか……?」
「何?」
オースティンの眉が、僅かに動いた。
「俺は……まだ……負けてない……」
レオンの目が、鋭く光った。
「この程度で……倒れると思うな……兄上……!」
【続く】




