第68話:逆転
金色の光が、舞台全体を照らし出した。
青白い氷の世界に、黄金の太陽が昇ったかのようだった。その中心に立つレオンは、全身を黄金の光で包まれていた。右腕だけでも、右足だけでもない。頭のてっぺんからつま先まで、全てが金色に輝いている。
「俺の……全域氷結を……破っただと……」
オースティンは呟いた。だが、その声には驚愕よりも、冷静な分析の響きがあった。
「なるほど……そういうことか」
オースティンは目を細めた。
「試合開始前から、既にゴールデンフォームを全身に薄く纏っていたな。最初にフロスト・バインドで足を凍らせた時、すぐに砕けたのもそのためか」
「ご明察」
レオンは不敵に笑った。
「お前の攻撃パターンは、エリックとの試合で見せてもらった。全域氷結——フロスト・ドメイン。試合開始直後に敵の動きを封じる。お前の得意技だろう?」
「だから備えていた、と」
オースティンは頷いた。
「俺の氷が体に触れる前に、防御膜を張っていたわけだ。道理で、あっさり砕けたはずだ」
オースティンは再び構えを取ろうとした。だが——
「くっ……」
オースティンの動きが、一瞬鈍った。右半身が、僅かに硬直している。
レオンはそれを見逃さなかった。
「どうした、兄上? 動きが鈍いぞ」
「……何でもない」
オースティンは答えたが、その顔には微かな苦悶の色が浮かんでいた。
——くそ、やはり来たか……
オースティンは内心で舌打ちした。全域氷結を長時間維持した代償だ。冷気を放出し続けた結果、自分自身の体も冷えてしまっている。特に右半身——氷の力を制御する左手とは反対側の体が、凍えるように冷たくなっていた。
これが、オースティンの抱える弱点だった。
熱力系魔法師として、彼は温度を操る力を持っている。だが、オースティンは幼い頃から、冷却の力ばかりを使ってきた。母の教えに従い、加熱の力——炎の力を封印してきたのだ。
その結果、冷却の力を使いすぎると、自分の体まで冷えてしまうという欠点が生まれた。本来なら、加熱の力で体を温めればいい。だが、オースティンはその力を使うことを、ずっと避けてきた。
「兄上」
レオンの声が響いた。
「これが、お前の全力か?」
「何?」
「これが、四つ星初期の実力か? 俺を拘束しただけで、満足か?」
「貴様……」
オースティンの眉が、微かに動いた。
「それとも——」
レオンの目が鋭く光った。
「お前は、本当の実力を隠しているのか? 弟を傷つけたくないから、手加減しているのか?」
「俺は全力でやっている」
オースティンは静かに答えた。だが、その右腕は微かに震えていた。冷えすぎた体が、思うように動かない。
「嘘だな」
レオンは冷たく笑った。
「お前は熱力系魔法師だろう? 温度を操る者だ。冷却だけでなく、加熱もできるはずだ」
オースティンの顔が、一瞬強張った。
レオンはそれを見逃さなかった。
「なのに、氷しか使わない。まるで、火を使うことを恐れているかのようだ」
「黙れ……」
オースティンの声が低くなった。
「それとも——」
レオンはさらに言葉を重ねた。
「お前は、火を使えないのか? 四つ星初期なのに、氷しか使えない半端者なのか?」
「貴様……!」
オースティンの目に、怒りの光が宿った。
「今のお前では、俺すら倒せないぞ。四つ星初期が聞いて呆れる」
「貴様……! 今すぐその減らず口を——」
だが、レオンは待たなかった。
『小僧、今だ! あの赤毛が動揺している! それに、奴の動きが鈍くなっている! 一気に攻め込め!』
オーグリの声が、レオンの脳裏に響いた。
『あいつ、冷気を使いすぎて体が冷えているぞ。右半身が特に硬直している。そこを狙え!』
レオンは躊躇なく地面を蹴った。凍りついた舞台の上を、金色の光を纏った足が駆け抜ける。
「させるか!」
オースティンは左手を前に突き出した。
「アイス・ウォール!」
巨大な氷の壁が、レオンとオースティンの間に立ち上がった。だが、その生成速度は、先ほどよりも明らかに遅い。体の冷えが、魔法の発動にも影響を及ぼし始めていた。
「リパルス・フォース!」
ドォンッ!
レオンの手のひらから放たれた反発力が、氷の壁を粉々に砕いた。
『右だ! 奴の右側から攻めろ! そっちは動きが鈍い!』
オーグリの指示が飛ぶ。レオンは躊躇なく右に身を翻した。オースティンの硬直した右半身を狙う。
「くっ——!」
オースティンは体を捻り、レオンに向き直ろうとした。だが、右半身が思うように動かない。凍えた筋肉が、彼の意志に反して硬直している。
「アトラクション・パーム!」
レオンの右手から、強力な吸引力が放たれた。オースティンの体が、レオンの方へ引き寄せられる。
「なっ——」
オースティンは足を踏ん張ろうとした。だが、右足が凍えて力が入らない。凍りついた舞台の上で、オースティンの体がレオンの方へ滑っていく。
『今だ! 蹴りを放て!』
「ゴールデンレイ——部分強化!」
レオンの右足に、金色の光が集中した。黄金に輝く蹴りが、オースティンの右脇腹に直撃する。冷えて硬直した右半身は、まともに防御することもできなかった。
ドゴォンッ!
「がはっ——!」
オースティンの体が、くの字に折れ曲がった。
だが、レオンの攻撃は終わらなかった。
蹴りの衝撃でオースティンの体が浮いた瞬間、レオンは左手を突き出した。
「リパルス・フォース!」
強烈な反発力が、オースティンの胸を直撃した。
ドゴォォンッ!!
二重の衝撃が、オースティンの体を砲弾のように吹き飛ばした。舞台の床を転がり、端まで飛ばされてようやく止まる。
◆◇◆
形勢が、瞬時に逆転した。
先ほどまで氷に包まれていたレオンが、今やオースティンを圧倒している。誰もが予想しなかった展開だ。
静寂——闘技場内は完全に静まり返っていた。セレストーム家の者たちは、地面に叩きつけられたオースティンと、攻撃を続けるレオンを見て、目を見開いていた。
ゴクリ……誰もが思わず唾を飲み込んだ。
貴賓席で、ルシウスは拳を強く握りしめていた。今、場内で意気揚々と立っている少年は、本当にあの二つ星中期のレオンなのか?
「あり得ない……あの出来損ないが、こんなに強いはずがない! オースティンが負けるはずがない!」
最も取り乱しているのは、場外のエイドリアンだった。彼は目を見開き、叫んでいた。
◆◇◆
『小僧、追撃だ! あの赤毛に息をつかせるな! 奴の体が冷えているうちに、一気に決めろ!』
オーグリの声が、レオンの脳裏に響いた。
レオンは躊躇なく追撃を開始した。オースティンが立ち上がる前に、一気に攻め込む。
『右側を狙い続けろ! あいつの右半身は、ほとんど動かないはずだ!』
オーグリの指示が飛ぶ。レオンは一切の躊躇なく、オーグリの言葉に従った。体を翻し、オースティンの右側に躍り出る。
右拳を放つ。オースティンは体を動かそうとしたが、右半身が硬直して反応が遅れる。拳が右肩に直撃した。
『いいぞ! 続けろ!』
オーグリの声が続く。
オーグリの指導の下、レオンの攻撃は瞬時に数倍鋭くなった。一つ一つの攻撃が、常にオースティンの硬直した右半身を狙い、最良の隙を突いて放たれる。
オースティンは狼狽しながら避けようとした。だが、右半身が凍えて思うように動かない。左半身だけで防御しようとするが、バランスが取れない。
『右拳だ!』
『いいぞ、続けろ!』
『今度は右足だ! 奴の右膝を狙え!』
『今だ、もう一発!』
オーグリは指示を出し続けた。
ドォンッ!
オーグリの指揮の下、レオンの連続攻撃の中、オースティンは再び重い打撃を受け、吹き飛ばされた。空中で鮮血が散る。
今のオースティンは、もはや満足に抵抗する力がなかった。冷えすぎた体は、彼の意志に反して動きを制限している。右半身はほとんど感覚がなく、まるで凍りついた人形のようだった。
オースティンの体は砂埃にまみれ、口元からは鮮血が流れている。先ほどの傲慢な態度はどこへやら。今の彼は、まるで追い詰められた獣のようだった。
——くそ……体が動かない……
オースティンは内心で歯噛みした。
——このまま、二つ星の弟に負けるのか……?
——俺が……?
◆◇◆
その時、オースティンの脳裏に、レオンの言葉が蘇った。
『お前は、火を使えないのか? 四つ星初期なのに、氷しか使えない半端者なのか?』
『今のお前では、俺すら倒せないぞ』
その言葉が、オースティンのプライドを深く傷つけた。
——俺が……半端者だと?
——俺が……二つ星にすら勝てないだと?
オースティンは、自分の凍えた右手を見下ろした。
——母さんは言っていた。炎の力は使うなと。あの力は危険だと。
——だが……
オースティンの目に、怒りの炎が燃え上がった。
——このまま負けるわけにはいかない……!
——母さん……ごめん……でも、俺は……!
「レオン……!」
オースティンは吠えた。
「貴様に……教えてやる……!」
オースティンは凍えた右手を、自分の胸に当てた。そして——
意識を集中させ、封印していた力を解放し始めた。
その瞬間——
オースティンの右手から、熱気が放たれ始めた。
「……熱い?」
観客席から、驚きの声が上がった。
オースティンの左手からは、依然として冷気が放たれている。
だが、右手からは——灼熱の波動が放たれ始めた。
熱が、オースティンの凍えた右半身を温めていく。硬直していた筋肉が、徐々に動き始める。凍りついていた血が、再び流れ始める。
「これは……」
レオンは目を細めた。
「やっと、本気を出す気になったか」
オースティンは答えなかった。ただ、両手を広げ、力を解放し続けた。
舞台の左半分が、さらに凍りつく。
舞台の右半分が、熱で石畳が赤く焼け始める。
「まさか……」
ティモシーは目を見開いた。
「あいつ、冷却と加熱を、同時に……!」
「デュアル・テンペラチャー——」
オースティンが叫んだ。
「——冷熱同時展開!」
舞台が、二つに分かれた。
左半分は氷の世界。右半分は炎の世界。
その境界線の上に、オースティンが立っていた。凍えていた右半身は完全に回復し、今や両半身が完璧に機能している。
観客席は、騒然となった。
「あれが……オースティンの真の力か……!」
「冷却と加熱を、同時に操るとは……!」
「熱力系魔法師でも、あんなことができるのか……!」
貴賓席で、ルシウスは複雑な目でオースティンを見つめていた。
「オースティン……お前、ついに……」
その目には、期待と——何かを恐れるような色が混ざっていた。
「あの力を、使い始めたのか……」
【続く】
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