第7話 カエルム・アルカナム。
広間では、父上と三人の長老が見知らぬ老魔法使いと熱心に会話を交わしていた。だが、その老人はどこか言いづらそうで、言葉を飲み込んでは傍らの少女に睨まれる、ということを繰り返している。
しばらく聞いていたが、つまらなくなって首を振った。
所詮は社交辞令だろう。
そう思いながら、静かに広間を見渡す。
老人の態度は表面上恭しいが、その目の奥には微かな傲慢さが宿っていた。強者が弱者を見る時の、大勢力が小家門を見下ろす時の、あの独特な眼差しだ。
一方、父上と長老たちは落ち着いているように見えるが、言葉の端々に慎重さが滲んでいる。
これが実力差による地位の違いか。
心の中で溜息をつく。
一城の覇者である侯爵といえども、真に強大な勢力の前ではこんなものなのだ。
「レオン兄様、彼らの正体、ご存知ですか?」
考え込んでいると、隣のエヴィエールが古ぼけた本のページをめくりながら、目線を逸らさずに微笑んで尋ねてきた。
「君は知っているのか?」
少し驚いたが、表情は平静を保つ。
「彼らの外套の胸元、銀色の徽章が見えますか?」
エヴィエールが微笑む。
視線を向けると、確かに精巧な銀色の徽章があった。雲に囲まれた高塔が描かれ、その先端は天を指している。
心臓が跳ね上がった。
「ケルム・アルカナムの者か?」
声を潜めて尋ねる。
修行の旅に出たことはないが、書物でこの魔法組織については読んだことがある。
セレストルム家が治めるアルテリアという都市は、エルデンハイム王国に属している。魔獣の森に近いという地の利で王国の主要都市の一つに数えられているが、その中でも中堅程度だ。
我が家門はアルテリアで相応の影響力を持っているが、唯一無二というわけではない。他に二つの大家門があり、セレストルム家と同程度の力を持っている。三者は数十年も争い続けているが、未だに決着はついていない。
セレストルム家がアルテリアの覇者だとすれば、ケルム・アルカナムは、おそらくエルデンハイム王国全体の覇者と言うべき存在だろう。
その差は、天と地ほどもある。
普段は威厳に満ちた父上が、言葉遣いまで恭しくなるのも無理はない。
ケルム・アルカナムは古語で「天の秘院」を意味し、エルデンハイム王国最強の魔法組織であり、数百年の歴史を誇る。院内には王国最高峰の魔法使いたちが集い、数え切れないほどの貴重な魔導書と修練資源を所有している。
ケルム・アルカナムの本部は王都ラグナロスにあり、天を突く七層の高塔は王国の象徴だ。伝説によれば、塔の頂は常に七色の光環に包まれ、昼間でもはっきりと見えるという。
ケルム・アルカナムへの加入は、無数の魔法使いたちが夢見る栄誉だ。
そして、ケルム・アルカナムの中核メンバーは王国権力の頂点に立ち、国王でさえ院長には礼を尽くさねばならない。
「彼らが我が家門に何の用だ?」
疑問を抱きながら小声で尋ねる。
このレベルの勢力が、我々のような小家門に関心を持つはずがない。
もしくは……。
不吉な予感が胸を過ぎる。
エヴィエールの繊細な指先が微かに止まり、しばらく沈黙した後、言った。
「おそらく、レオン兄様に関係があるかと……」
俺は固まった。
「俺に関係? 俺は彼らと何の接点もないぞ」
首を振って否定したが、心の不安は募るばかりだ。
「あの少女の名前をご存知ですか?」
エヴィエールが淡々と、向かいの高貴な少女に視線を向ける。
その視線を追う。
少女は容姿端麗で気品に満ち、冷ややかな小顔には年齢に似合わぬ傲然とした雰囲気が漂っている。
「何だ?」
眉をひそめて問い返す。
「リーゼロッテ・フォン・クラウゼンブルクですわ」
エヴィエールの小顔に奇妙な色が浮かび、俺を横目で見る。
俺の体が瞬時に硬直した。
リーゼロッテ・フォン・クラウゼンブルク?
エルデンハイム王国の鉄血公爵クラウゼンブルクの孫娘リーゼロッテ?
あの……俺と婚約している……。
深く息を吸い込み、表情の平静を保とうと努めたが、心の中では波が立っていた。
「ふふっ、祖父様は昔、クラウゼンブルク公爵と生死を共にした戦友でした。ちょうどレオン兄様とリーゼロッテ様が同時にお生まれになったので、お二方は婚約を結ばれたのです」
エヴィエールが続ける。
「でも、残念なことに、レオン兄様がお生まれになって三年後、祖父様は魔獣との戦いで重傷を負い、亡くなられました。時が経つにつれ、セレストルム家とクラウゼンブルク家の関係も次第に疎遠になっていきました……」
俺は頷いた。
これらのことは知っている。
あの婚約は物心ついた時から存在していたが、いわゆる婚約者に会ったことは一度もない。
両家の関係は祖父の死と共に徐々に疎遠になり、婚約も次第に形骸化していった。
ただ……。
「クラウゼンブルク公爵は剛直な性格で、約束を極めて重んじる方です」
エヴィエールが俺を見つめる。
「当時の婚約は、公爵ご自身が口にされたものですから、レオン兄様が最近錬金術系と判定されても、破談を申し入れる使者を送ってくることはありませんでした……」
俺は苦笑した。
「その公爵は本当に……義理堅いな」
ただし、この義理堅さは、俺にとって必ずしも良いことではないかもしれない。
「クラウゼンブルク公爵は家門内で絶対的な発言権を持っています。公爵の言葉に逆らえる者はほとんどいません」
エヴィエールの美しい瞳が細まり、戯れるように言う。
「公爵はリーゼロッテ様をとても可愛がっていますが、婚約解消を口にすることは難しいでしょう……」
理解した。
祖父が口にしないなら、孫娘は自分で何とかするしかない。
「でも三年前、リーゼロッテ様はケルム・アルカナムの院長『ステラリア』に直々に弟子入りされました」
エヴィエールが続ける。
「この三年間、リーゼロッテ様は卓越した修練の才能を示し、ステラリア様からの寵愛も並々ならぬものとなりました……」
俺の指が微かに力を込める。
「人は自分の運命を変える力を手にした時、自分が気に入らないことを解決しようとするものです」
エヴィエールの声は静かだ。
「不幸なことに、レオン兄様との婚約が、彼女にとって最も不満な事柄なのです」
「つまり、彼女は今回、婚約解消のために来たということか?」
声は相変わらず平静だったが、心の中には怒りが湧き上がっていた。
この怒りはリーゼロッテの俺への軽蔑に対するものではない。
正直なところ、向かいの少女は美しいが、俺は下半身に支配される男ではない。
彼女と結婚できなくても、せいぜい男としての習性的な残念さを感じる程度だろう。
俺が本当に気にしているのは、彼女が選んだ方法だ。
もし彼女が本当に大勢の前で父上に婚約解消を申し入れたら、族長である父上の面目は丸潰れだ。
リーゼロッテは美しく可憐で、地位も高く、天賦も優れている。
この件を語る誰もが、俺レオン・セレストルムは身の程知らずにも白鳥を望んだ蛙で、逆に白鳥に踏みつけられたのだと考えるだろう。
そうなれば、俺だけでなく父上までもが笑い者となり、威厳を大きく損なう。
冷たい空気を静かに吸い込み、袖の中の手のひらを強く握りしめる。
もし今、俺が正式な魔法使いなら、誰がこんな辱めを与えられるものか。
確かに。
もし俺が今、正式魔法使いの実力を持っていたなら、リーゼロッテがケルム・アルカナムを後ろ盾にしていても、こんな行動はとれまい。
十二歳にして正式魔法使い――アイゼル大陸のこれまでの歴史を見ても、そんな者は数えるほどしかいない。
しかも、その数人は全員、魔法修練界の大御所となっている。
だが、残念ながら……。
俺は今、廃物属性の錬金術系と判定された見習いに過ぎない。
華奢な小さな手が、そっと袖を通して、俺の握りしめた手のひらに触れた。
「レオン兄様、もし彼女が本当にそんなことをすれば、それは彼女自身の損失です」
エヴィエールが優しく言う。
「エヴィエールは信じています。いつか、彼女は今日の浅はかさを後悔することになると!」




