第64話 激突
「始め!」
審判の声が、演武場に響き渡った。
◆◇◆
観客席の片隅で——
エイドリアンは、舞台の上のレオンを見ながら、唇を歪めた。包帯を巻いた右腕が、無意識に疼く。
「へへへ、あいつ、本当に運が悪いな……」
エイドリアンは冷笑を浮かべた。
「レイノルドは、俺よりずっと強い。三つ星中期の実力は伊達じゃない」
言葉を途中で止め、エイドリアンはニヤリと笑った。
「レイノルドには、ちゃんと『情報』を渡しておいたからな……」
◆◇◆
一方、観客席の中央部では——
オースティンが静かに座っていた。青い目が、第三舞台を見つめている。
(レオン……この弟は、果たして戻ってきたのか)
無表情のまま、だが視線には僅かな関心が宿っていた。
◆◇◆
貴賓席では——
ティモシーが僅かに眉をひそめていた。
「レイノルドとは……厳しい相手だな」
隣で、ルーシーが両手を握りしめている。小さな顔には心配の色が満ちていた。
「ルーシー、あまり心配するな。レイノルドは三つ星中期だ。負けても、恥ではない」
ティモシーは静かに言った。彼はレオンのことを密かに気にかけていた。
だが、ルーシーは何も言わなかった。瞳は舞台の上の少年を見つめている。
(レオン様は……簡単には負けません)
小さく呟き、ルーシーは拳を握りしめた。
◆◇◆
観客席の別の場所では——
エヴィルがレオンを見つめていた。紫の髪が風に揺れ、紫の瞳には複雑な感情が浮かんでいる。
(レオン兄様……)
彼女は唇を噛んだ。レイノルドの実力は知っている。三つ星中期の魔力——それは、二つ星後期とは比べ物にならない。
(どうか、無事でいて……)
◆◇◆
第三舞台の上では——
レオンとレイノルドが、向かい合っていた。
レイノルドは背が高く、金髪を後ろで束ねている。その目には、冷たい光が宿っていた。
「レイノルド」
金髪の少年は、レオンの向かいに立ち、冷たく名乗った。
「レオン」
レオンは少しも怠慢せず、厳かに礼をして、低い声で言った。
「手加減はしない」
レイノルドはレオンを睨みつけながら言った。その目には、嫉妬と敵意が燃えていた。拳を握りしめ、全身に魔力を溢れさせる。
(この男は、俺をエヴィルの恋敵だと思っているのか……)
レオンは内心で苦笑した。
「望むところだ」
レオンは淡々と答えた。
レイノルドの両手に、赤い光が集まり始めた。火系の魔力——その気配は、図書館で会った時よりも遥かに強い。
「二人とも舞台に上がったのなら、始めよう」
審判は少し心配そうにレオンを見て、それ以上何も言わず、手を振って叫んだ。
「始め!」
◆◇◆
ドン——!
審判の声が落ちた瞬間、レイノルドの目は鋭くなった。足が地面を蹴り、土埃を巻き上げながら、レオンに向かって突進した。五指を開き、炎の魔力を纏わせながら、レオンの胸に向かって打ち込んだ。
——速い。三つ星中期の速度だ。
レオンは退くどころか、多くの驚愕の視線の中、一歩前に踏み出した。右手が素早く伸び、レイノルドの手首を掴み、手のひらで軽く叩いた。魔力を込めて、弾き飛ばす。
パシッ——!
「なっ——!」
レイノルドの攻撃が弾かれた。手首に痺れが走る。
——こいつ、二つ星後期の癖に——!
手首が弾かれた瞬間、レイノルドの体は突然移動し、レオンの反撃を避けた。両手に炎を集め、突然レオンの顔面に向かって放った。
「フレイムエッジ!」
炎の刃が連続で飛来し、まるで嵐のようだった。空気を焼く音が響き、その勢いは、誰もまともにぶつかろうとは思わないほどだった。
「フレイムエッジか」
レオンは眉を少し上げた。
——三つ星中期。魔力の密度が違う。
後退できないなら、正面からぶつかるしかない!
「ゴールデンフォーム!」
レオンの両腕が、金色の光に包まれた。
パシッ、パシッ、パシッ——!
金色の腕が、炎の刃を次々と弾いていく。
「ゴールデンフォームだと——!?」
観客席で、多くの者の目に驚きの色が浮かんだ。明らかに、レオンがこの年齢でゴールデンフォームをここまで修練しているとは思っていなかったようだ。
「部分硬化の制御が……前より遥かに精密になっている」
観客席の片隅で、ティモシーも驚きの表情を浮かべた。
「ふむ、悪くない……」
貴賓席で、グレアム公爵は髭を撫でながら、ゆっくりと頷いた。彼はレオンをムーンウェルに送り込んだ張本人だ。この程度の成長は、予想の範囲内だった。
「だが、レイノルドのフレイムエッジも、相当な腕前だ。しかも、三つ星中期の魔力がある。勝ちたいなら、まだ少し難しいだろう……」
その隣の老人は依然として鋭い目で形勢を見抜いていた。
◆◇◆
「ふん、ゴールデンフォーム程度で俺を止められると思うな!」
レイノルドは冷笑を浮かべ、さらに攻撃を強めた。炎の刃が次々と放たれ、レオンを追い詰めていく。
レオンは後退しながら、両腕で弾き続けた。魔力の消耗が激しい。汗が額に滲む。
「逃げるのか? 臆病者め!」
レイノルドは嘲笑しながら追撃した。
「エヴィル様は俺のものだ!」
「……」
レオンは無言で後退を続けた。舞台の端まで、追い詰められる。
観客席では、多くの者がレオンの敗北を予感していた。
「やはり、星の差は大きいな……」
「レオン、頑張ったが……」
だが——
その瞬間。
レオンの目が、鋭く光った。
『今だ、小僧!』
オグリの声が響いた。
◆◇◆
「フラッシュ!」
パァァッ——!
突然、眩い光がレオンの手のひらから放たれた。
「くっ——!」
レイノルドは思わず目を閉じた。視界が真っ白になる。
「ゴールデン・レイ!」
ドォン——!
一発目の黄金の光線が、レイノルドの腹部に直撃した。
「がはっ——!」
レイノルドは吹き飛ばされたが、何とか踏みとどまった。
「くそっ……!」
「ゴールデン・レイ!」
ドォン——!
二発目。
レイノルドは慌てて炎の盾を展開したが、体が大きく揺らいだ。
「ゴールデン・レイ!」
ドォン——!
三発目。
レイノルドの炎の盾が砕けた。
「がはっ……!」
レイノルドは地面に転がったが、すぐに立ち上がり、レオンを睨んだ。
「三発目だな……!」
レイノルドは勝利を確信し、冷笑を浮かべた。
「お前のゴールデン・レイは——最大三発が限界だ!」
体に残った魔力を全て集め、レイノルドは最後の攻撃を準備する。
「これで終わりだ!」
「フレイムバースト!」
巨大な火球が形成された。
「消え失せろ——!」
◆◇◆
だが——
レオンは、静かに手のひらをレイノルドに向けた。
「アビス・デヴァウラー」
小さく呟くと——
「なっ……!?」
レイノルドの体が、突然レオンの方へ引き寄せられた。
「何だこれは——!」
レイノルドは空中で無様に手足をばたつかせる。
その瞬間——
レオンは吸引力を解除し、手のひらに再び黄金の光を集めた。
「ゴールデン・レイ」
パァッ——!
四発目の黄金の光線が、レイノルドに向かって放たれた。
「馬鹿な——! 四発目だと——!?」
ドォォォン——!
◆◇◆
レオンの四発目のゴールデン・レイは、まるで黄金の槍のようにレイノルドを貫いた。
レイノルドの体は吹き飛ばされ——舞台の外の地面に、激しく叩きつけられた。
「がはっ——!」
レイノルドは血を吐き、地面に倒れた。立ち上がることさえできなかった。
◆◇◆
「おおおっ——!」
「勝った——! レオンが勝った——!」
審判は呆然としていたが、我に返って声を張り上げた。
「しょ、勝者——レオン・セレストーム!」
その声が響き渡ると、演武場は歓声と拍手に包まれた。
舞台の上で、レオンは深く息を吐いた。魔力の消耗が、激しい。
レオンは舞台を降り、倒れているレイノルドの前に立った。
「……エヴィルは、誰のものでもない」
静かに言った。
「彼女自身のものだ」
そう言い残し、レオンは観客席に向かって歩き出した。
◆◇◆
観客席では——
アレンが、目を輝かせて叫んでいた。
「レオン兄さん、すごい——!」
隣で、ルーシーは涙を拭いていた。
「レオン様……よかった……」
エヴィルは、静かに微笑んでいた。紫の瞳が、レオンの背中を見つめている。
◆◇◆
貴賓席で——
グレアム公爵が、僅かに頷いた。
「よくやった」
ティモシーも、満足げに笑みを浮かべた。
傍らの執事は、顔色がやや暗くなり、口を閉じて一言も発しなかった。
観客席の片隅で、エイドリアンは顔面蒼白になっていた。
「馬鹿な……」
包帯を巻いた手が、震えている。
◆◇◆
一方、観客席の中央部では——
オースティンが、静かに立ち上がった。
青い目が、レオンの背中を見つめている。
無表情のまま。だが、その視線には——僅かな認識が、宿っていた。
(レオン……お前は、確かに戻ってきたな)
オースティンの唇が、僅かに動いた。
(次は、俺と戦うことになるかもしれない)
(その時が——楽しみだ)
◆◇◆
レオンは観客席に戻り、席に座った。深く息を吐き、体内の魔力を整える。
『よくやった、小僧』
オグリの声が、脳裏に響いた。
『だが、まだ終わりじゃない。次の相手は——もっと強い』
(分かっている)
レオンは目を閉じた。
ベスト8——ここから先が、本当の戦いだ。
【続く】




