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錬金系の落ちこぼれ四男、辺境領主として無双する  作者: 穏やかな旅人


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第58話 証明


「俺は——レオン・セレストームに挑戦する!」


体格のいい少年が、勢いよく前に出てきた。


ニコラス・セレストーム。十三歳。ソフィアの弟で、エイドリアンの忠実な取り巻きの一人だ。がっしりとした体格に短く刈り込んだ赤銅色の髪、そして兄譲りの傲慢さを全身から漲らせている。レオンより頭一つ分は大きく、その体格差だけで威圧しようとするかのように、見下ろすような目つきを向けてきた。


魔力値105。三つ星魔法学徒。数字だけを見れば、レオンの125に遠く及ばないが——ニコラス自身はそう思っていないらしい。あの数字が偽りだと、心の底から信じ込んでいる目だった。


◆◇◆


レオンは、目を細めてニコラスを見上げた。


「……随分と急だな」


「何だ、怖いのか? デキソコナイ」


ニコラスは嘲笑した。腕を組み、自信満々に胸を張っている。その背後では、エイドリアンが包帯を巻いた腕を抱えながら、薄い笑みを浮かべていた。


——なるほど。エイドリアンが直接出られないから、代わりに手駒を差し向けたわけか。


レオンは肩をすくめ、淡く笑った。


「怖いも何も——俺はまだ、規則すら聞いていないんだが」


◆◇◆


ニコラスの顔が、一瞬固まった。


「な……」


「大長老がまだ説明していないだろう。お前、そんなに焦って、規則も知らずに挑戦するのか?」


レオンは、からかうような目でニコラスを見つめた。


「それとも、規則なんてどうでもいいほど、自信があるのか?」


周囲から、くすくすと笑い声が漏れた。


ニコラスの顔が、みるみる赤くなった。首筋まで赤みが広がり、血管が浮き出ている。


「き、貴様……!」


「まあまあ、落ち着け」


レオンは手を振った。


「まずは大長老の説明を聞こうじゃないか。それからでも遅くないだろう?」


◆◇◆


高台の上で、大長老が咳払いをした。


白髪を後ろに撫でつけた厳格な老人だ。深い皺が刻まれた顔は年輪のように歳月を物語っているが、その目だけは若者のように鋭く、射抜くような光を湛えている。セレストーム家の最高長老として、この家族魔闘会を五十年以上にわたって取り仕切ってきた人物だった。


「……では、規則を説明しよう」


大長老の声は低く、しかし演武場の隅々にまで届いた。魔力で増幅されているのだろう。石壁に反響し、全員の背筋が自然と伸びた。


「本戦は自由挑戦制だ。参加者は、誰でも好きな相手に挑戦できる。ただし、一人につき挑戦できるのは三回まで。三回負ければ、失格となる」


「挑戦を受けた者は、拒否することができない。ただし、連続して挑戦を受けた場合は、一試合ごとに休憩を取る権利がある」


「勝敗は、相手が戦闘不能になるか、降参するか、場外に出るかで決まる。致命傷を与えることは禁止だ。違反した者は——」


大長老の目が、一瞬だけ鋭くなった。


「私が直接、処罰する」


その一言に、演武場の温度が二、三度下がったような気がした。誰もが口を噤み、大長老の威厳の前に沈黙した。


「分かったな?」


◆◇◆


大長老は、ニコラスとレオンを見下ろした。老練な目が二人の間を行き来し、何かを見定めるように一瞬だけ留まった。


「では——ニコラス・セレストーム対レオン・セレストーム。舞台に上がれ」


◆◇◆


レオンは静かに立ち上がり、演武場の中央にある舞台へと歩いていった。


舞台は正方形の石造りで、一辺が約二十メートル。四隅には古い魔法陣が刻まれており、かすかな青白い光を放っている——防護結界の起点だ。観客を流れ弾から守るためのものだが、舞台上の戦闘者には一切の加護がない。


階段を一段ずつ上る。石の冷たさが靴底から伝わってきた。


舞台の上に立った瞬間、周囲の視線が肌に突き刺さるのを感じた。好奇、嘲笑、期待、不安——何百もの感情が混ざり合った視線だ。五年間ずっと「デキソコナイ」と呼ばれてきた少年が、初めてこの舞台に立っている。それだけで、異様な光景だった。


向かい側から、ニコラスも舞台に上がってきた。その足取りは重く、一歩ごとに石段が軋む。怒りと軽蔑が入り混じった目で、レオンを睨みつけている。だが、その奥にちらりと不安の色が見えた——先ほどの魔力測定の結果が、どうしても頭から離れないのだろう。


◆◇◆


二人は、舞台の中央で向かい合った。


五メートルの距離。近すぎず、遠すぎず。


風が吹き抜け、レオンの黒髪とニコラスの赤銅色の短髪を揺らした。


レオンは、静かに一礼した。


「よろしく頼む」


ニコラスは、渋々と頭を下げた。だが、その目は傲慢な光を失っていなかった。


「ふん……すぐに終わらせてやる。偽物の数字を掲げて調子に乗るな。この俺が、お前の化けの皮を剥いでやる」


◆◇◆


審判が、前に進み出た。


「両者、構え!」


レオンは自然体のまま、両足を肩幅に開いた。両手は軽く体の前に置いているだけで、特別な構えは取っていない。まるで散歩でもしているかのような脱力ぶりだ。


対するニコラスは、教科書通りの火系魔法の構え——左足を前に出し、重心をやや後ろに置き、両手を胸の前で開いている。指先にはすでに微かな熱の揺らぎが見えた。


観客席が、しんと静まり返った。


「始め!」


◆◇◆


号令が落ちた瞬間、ニコラスは即座に動いた。


両手を前に突き出し、体内の魔力を一気に掌に集中させる。その動きは素早く、無駄がない——少なくとも、三つ星の学徒としては十分に洗練されていた。


「お前の数字が本物かどうか、この俺が確かめてやる!」


彼の掌に、赤い光が集まり始めた。空気が歪み、熱が渦を巻く。炎の魔法——セレストーム家の基本属性の一つだ。赤い光は瞬く間に凝縮され、拳大の火球となった。


「炎弾!」


赤く燃える火球が、ニコラスの掌から放たれた。


轟音と共に、火球はレオンに向かって一直線に飛んでいく。熱風が舞台を薙ぎ、空気中の水分が蒸発して白い蒸気が立ち昇った。火球の尾には赤い軌跡が残り、まるで小さな流星のようだった。


観客席から、息を呑む音が聞こえた。


◆◇◆


だが——レオンは動かなかった。


火球が迫る中、彼は静かに右手を上げた。その動きはあまりにもゆっくりで、あまりにも自然で——まるで、飛んでくる蝶を払うような仕草だった。


碧い瞳が、火球の軌道を冷静に捉えている。


「……遅いな」


◆◇◆


レオンの掌に、淡い金色の光が集まった。


それは炎のように揺らめくのではなく、水のように静かに——しかし、圧倒的な密度で凝縮されていた。金色の光粒が指先から掌へと流れ込み、一瞬にして小さな太陽のような輝きを放つ。


空気が変わった。


舞台の上にいる者だけが感じる、重圧。純粋な魔力の密度が、周囲の空間を歪ませている。


そして——


「プッシュパーム」


◆◇◆


金色の光が、レオンの掌から放たれた。


それは光の壁だった。目に見えないはずの魔力が、あまりにも濃密に凝縮されたがゆえに、淡い金色の輝きとなって可視化されている。


金色の光壁は、飛来する火球と正面からぶつかった。


一瞬の拮抗——


そして、火球はあっさりと弾き飛ばされた。


まるで壁に投げつけられた泥団子のように、赤い炎が四方八方に散り、火の粉が雨のように舞台に降り注いだ。


◆◇◆


「なっ……!?」


ニコラスの顔が、驚愕に歪んだ。


自分の炎弾が、あんな——あんな軽い動作一つで弾かれた? しかも、あの金色の光は何だ? 見たこともない。聞いたこともない。


だが、驚いている暇はなかった。


弾き飛ばされた火球が軌道を変え、放物線を描いて——そのままニコラスに向かって跳ね返ってきたのだ。


自分の魔法が、自分に向かってくる。


背筋に冷たいものが走った。


「くそっ——!」


◆◇◆


ニコラスは反射的に横に跳んだ。


だが、一瞬遅かった。火球は彼の右肩を掠め、衣服の袖を焦がしながら、舞台の端に着弾した。


轟音。


石の舞台が砕け、破片が飛び散った。爆風が渦を巻き、ニコラスの体を横殴りにした。


「がっ……!」


体が大きくよろめいた。右足が滑り、膝が舞台に着く。焦げた袖から白い煙が立ち昇り、肩が焼けるように熱い。


——俺の炎弾で、俺がやられかけた?


屈辱が、胸の中で燃え上がった。


◆◇◆


顔を上げた瞬間——目の前に、碧い瞳があった。


レオンは、いつの間にかニコラスの目の前に立っていた。


あまりにも速かった。爆風が収まる前に、五メートルの距離を一瞬で詰めていた。足音すら聞こえなかった。まるで影が滑るように移動したかのように、音もなく、気配もなく。


「え——」


ニコラスの思考が追いつく前に、レオンの右掌が、彼の胸の中央に軽く触れた。


触れた、というより——置いた、という方が正確だ。力は込められていない。指先が衣服の布地に触れているだけ。


だからこそ、その静けさが異様だった。


◆◇◆


レオンの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。


「プッシュパーム」


今度は、直接。


零距離。


◆◇◆


鈍い衝撃音が、演武場に響き渡った。


それは音というより、空気の塊がぶつかるような重い振動だった。舞台の石板にひびが走り、レオンの足元から放射状に亀裂が広がった。


ニコラスの体が、まるで人形のように宙に浮いた。


両足が舞台から離れ、体が弓なりに反り返る。目は見開かれたまま、口から声にならない悲鳴が漏れた。


五メートル——いや、七メートル以上。


ニコラスの体は舞台の端まで吹き飛ばされ、縁の石段に背中から激突した。石段が砕け、粉塵が舞い上がる。


「がはっ……!」


肺の中の空気が一瞬にして押し出され、視界が白く弾けた。胸の中央が焼けるように——いや、焼けるどころではない。内臓を丸ごと鷲掴みにされたような、圧倒的な衝撃。呼吸ができない。体が動かない。指一本すら、言うことを聞かなかった。


ニコラスは起き上がろうとした。


腕に力を入れる。肘が震え、持ち上がりかけ——崩れ落ちた。


「く……そ……」


そのまま、仰向けに倒れた。白い目をして、完全に意識を失った。


◆◇◆


演武場が、静まり返った。


風の音すら聞こえないような、完全な沈黙。


数百人の観客が、声を失って舞台を見つめていた。


——たった、二撃。


たった二撃で、三つ星魔法学徒のニコラスが倒された。しかも、レオンは一歩も後退していない。防御すらしていない。最初の火球を弾き返し、踏み込んで掌を当て——それだけだ。


審判は呆然としていたが、我に返って声を張り上げた。


「しょ、勝者——レオン・セレストーム!」


その声が合図だったかのように、場内がざわめき始めた。


「嘘だろ……」


「一撃で吹き飛ばした……?」


「あの金色の光は何だ……あんな魔法、見たことないぞ……」


「プッシュパーム? 聞いたこともない……」


「おい、ニコラスの魔力値は105だぞ。それを……」


囁き声が波紋のように広がっていく。


◆◇◆


舞台の上で、レオンは少し退屈そうに首を振った。


右手を開いて、閉じる。掌にはまだ金色の光の残滓がかすかに漂っていた。


(この程度か……)


この相手では、挑戦と呼ぶには物足りなかった。切り札どころか、本来の実力の半分も使っていない。プッシュパームの出力を意図的に抑えたが、それでもニコラスには十分すぎた。


『悪くないな、小僧』


オーグリの声が脳裏に響いた。珍しく、嫌味のない調子だ。


『だが、調子に乗るな。今の相手は三つ星だ。この先、もっと厄介な奴が出てくる』


「分かっている」


レオンは心の中で答えた。


◆◇◆


だが、レオン自身の退屈とは裏腹に——場外の全員が、ある事実を突きつけられていた。


レオンがこれほど容易く魔力値105の者を倒せたということは、彼の実力は間違いなく120を超えている。


ということは——先ほどの魔力測定で示された125という数字は……本物だったのだ。


五年間、「デキソコナイ」と蔑まれてきた少年が、わずか二週間で125まで回復した。この事実が、重い沈黙となって演武場を包んでいた。奇跡——それ以外に、何と呼べばいいのか。


◆◇◆


高台の上で、長老たちは顔を見合わせていた。


「……本物だったか」


第二長老が、白い髭を撫でながら呟いた。


「信じられん……五年間、魔力を失っていた者が、あれほどの……」


第三長老が、眉間に深い皺を刻みながら言った。


「あの技……プッシュパームと言ったか。あれほどの威力は、通常の推掌術の範疇を超えている。一体、どこであの技を……」


大長老は何も言わなかった。ただ、その老練な目が舞台の上のレオンをじっと見つめていた。深い、深い思索の色を湛えて。


◆◇◆


観客席で、エイドリアンは拳を握りしめていた。


包帯に巻かれた右腕が、疼いた。二週間前、この弟に折られた腕だ。あの時は不意打ちだと思っていた。油断していただけだと、自分に言い聞かせていた。


だが——今、目の前で起きたことは、不意打ちでも油断でもない。


正面から、堂々と、圧倒的に——ニコラスを叩き潰した。


ニコラスは確かに自分より弱い。だが、三つ星の魔法学徒を一撃で吹き飛ばす力は、四つ星の自分にとっても脅威になりうる。


エイドリアンは歯を食いしばった。


「……認めざるを得んな」


低く呟いた。声は小さかったが、そこには怒りと、認めたくない焦りが滲んでいた。


「あいつは——もう、デキソコナイではない」


◆◇◆


レイノルドは腕を組んだまま、舞台を睨みつけていた。


目が細められ、唇が一文字に結ばれている。坊市でエヴィルの前で恥をかかされた記憶が蘇り、胸の奥で不快な熱が燻った。


「……ふん」


鼻を鳴らしたが、それ以上は何も言わなかった。言えなかった。


◆◇◆


舞台の上で、レオンは静かに一礼した。


背筋を伸ばし、まっすぐ前を向いて——何事もなかったかのように、舞台を降りていった。


その足取りは軽く、呼吸も乱れていない。汗一つかいていない。まるで、朝の散歩から帰ってきたかのような自然さだった。


その背中を、全員が見つめていた。


五年間、蔑まれてきた背中。誰もが見向きもしなかった背中。


今、その同じ背中が——演武場の全員の視線を、一身に集めていた。


◆◇◆


観客席の隅で、エヴィルは微笑んでいた。


翡翠色の瞳が潤み、睫毛の先に小さな光が宿っている。けれど、涙は落とさなかった。


細い手首には、あの日レオンがくれた淡い緑色の手鏈が揺れていた。


「やっぱり、レオン兄さんは……」


声は小さく震えていたが、その笑顔は誰よりも眩しかった。


「デキソコナイなんかじゃなかった」


【続く】


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