第54話 家族魔闘会
巨大な演武場は、人々の熱気で溢れかえっていた。
百人以上の侯爵家の者たちが、場内に立ち並んでいる。騒めきと囁き声が、空に立ち昇っていく。
演武場の中央には、巨大な魔力測定碑が聳え立っていた。この測定碑は、名門貴族の家にしか置けない代物で、価値は計り知れない。その傍には、冷たい表情の審判員が立っている。
◆◇◆
演武場の左側にある貴賓席には、侯爵家の重要人物たちが座っていた。
中央には、当主カッセルリック・セレストームと七人の長老たち。その隣には、ベアトリスをはじめとする招待客たちの姿もあった。
場内には、これから審判を受ける若者たちが、緊張した面持ちで立っていた。普段から優秀な成績を収めている者は、余裕の表情を浮かべている。だが、才能が平凡な者や劣っている者は、不安と焦りを隠せずにいた。
◆◇◆
「レオン兄さん、まだ来ないわね……」
エヴィルは、銀色の髪を風に揺らしながら、演武場の入り口を見つめていた。紅い瞳に、僅かな心配の色が浮かんでいる。
「大丈夫ですよ、エヴィル様」
傍らに立つロキシーが、優しく声をかけた。栗色の髪が、微風に揺れている。
「レオン様は、必ずいらっしゃいます。きっと、何か事情があるのでしょう」
「でも、もうすぐ開始時間よ……」
エヴィルは、不安そうに入り口を見つめ続けた。
◆◇◆
貴賓席では、長老たちが囁き合っていた。
「族長、時間がもうすぐだが、レオンはまだ来ていないようだな」
二番目の長老が、眉をひそめながら言った。
カッセルリックは、彼を横目で見て、淡々と答えた。
「まだ時間は来ていない。何を焦っている」
「しかし……」
「二長老、そんなに落ち着きがないのか?」
カッセルリックの言葉に、二番目の長老は顔を歪めた。
◆◇◆
「どうせ来ても、恥をかくだけだろう」
別の長老が、冷笑を浮かべた。
「七年間、デキソコナイと呼ばれてきた小僧だ。今更、何ができる」
「そうだな。期待するだけ無駄というものだ」
長老たちの囁きが、貴賓席に広がっていく。
◆◇◆
「レオン様、本当に来るのかしら……」
「来ても、笑い者になるだけでしょう」
「デキソコナイが、家族魔闘会に出るなんて……」
一般席でも、侯爵家の者たちが、囁き合っていた。
その声には、嘲笑と軽蔑が混じっていた。
◆◇◆
「あいつ、本当に来るのか?」
エイドリアンは、腕を組みながら、演武場の入り口を見ていた。その目には、冷たい光が宿っている。
「来ても来なくても、どうでもいい。どうせ、俺の敵じゃない」
オースティンは、黙って立っていた。その目は、静かに入り口を見つめている。
◆◇◆
その時——
演武場の入り口が、騒がしくなった。
「あれは……」
「誰か来たぞ……」
人々の視線が、一斉に入り口に向けられた。
◆◇◆
一人の大男が、演武場に入ってきた。
クロード・セレストーム。カッセルリックの弟で、レオンの叔父にあたる。
その背中には——銀色の髪の少年が、おぶさっていた。
「すまんすまん、遅くなった!」
クロードは、豪快に笑いながら、演武場の中央に歩み寄った。
◆◇◆
「クロード叔父上……?」
「なぜ、レオンをおぶっている……?」
観客席がざわめいた。
クロードは、レオンを地面に下ろしながら、頭を掻いた。
「いやあ、こいつが昨日の夜遅くまで修行していてな。今朝、起きられなかったんだ」
「……」
「だから、俺が迎えに行って、そのまま連れてきた。悪いな、遅れて」
◆◇◆
レオンは、少し恥ずかしそうに立ち上がった。
「叔父上、別に背負ってくれなくても……」
「何を言っている。お前、足がふらついていただろう。こんな大事な日に倒れられたら、たまらん」
クロードは、レオンの肩を叩いた。
「さあ、行ってこい。見せてやれ、お前の実力を」
◆◇◆
「レオン兄さん!」
エヴィルが、駆け寄ってきた。紅い瞳が、安堵の色に染まっている。
「よかった、来てくれて……心配したのよ」
「すまない、エヴィル。少し遅れた」
「もう……」
エヴィルは、少し頬を膨らませた。だが、すぐに微笑んだ。
「頑張ってね、レオン兄さん」
◆◇◆
「レオン様、ご武運を」
ロキシーも、栗色の髪を揺らしながら、頭を下げた。
「ああ。ありがとう、ロキシー」
レオンは頷き、演武場の中央に向かって歩き出した。
◆◇◆
「ふん、やっと来たか」
エイドリアンが、冷笑を浮かべた。
「遅刻とは、だらしない奴だ。デキソコナイらしいな」
「……」
レオンは、エイドリアンを一瞥したが、何も言わなかった。
ただ、静かに自分の場所に立った。
◆◇◆
貴賓席で、カッセルリックが微かに目を細めた。
(来たか……)
その目は、息子をじっと見つめていた。
◆◇◆
場内の視線が、レオンに集まった。
嘲笑、軽蔑、好奇——様々な感情が、その目に宿っていた。
だが、レオンは動じなかった。
静かに立ち、前を見据えていた。
◆◇◆
その胸の中で、オーグリの声が響いた。
『いい度胸だ、小僧』
(……ああ)
『今日、お前は証明する。自分がデキソコナイではないことを』
(分かっている)
レオンの目に、静かな炎が宿った。
(今日で——全てを変える)
◆◇◆
審判員が、前に進み出た。
「これより、セレストーム侯爵家、家族魔闘会を開始する!」
その声が、演武場に響き渡った。
歓声と拍手が、空に立ち昇っていく。
そして——戦いの幕が、上がった。
【続く】




