第49話 二人の選択
離れに戻ったレオンは、椅子に腰を下ろし、二つの巻物を机の上に並べた。
一つは『閃光』、もう一つは『聖光の盾』。
クロード叔父から授かった、アシュモア家の秘伝だ。
「二つとも光系のスキルか……」
レオンは巻物を見つめながら呟いた。
正直なところ、レオンは以前から強力な防御魔法に憧れていた。『聖光の盾』という名前を聞いた時、少し心が動いた。
『小僧、迷うな。お前が選ぶべきは閃光だ』
オーグリの声が脳内に響いた。
「なぜだ? 聖光の盾の方が、防御力は高いんじゃないか? オースティンの熱力魔法を防げるかもしれない」
『お前は弟のアレンとは違う』
オーグリは厳しい師匠のような態度ではなく、まるで慈父のように説明し始めた。
『あの子は心が一つで、静かで集中力がある。聖光系の真髄に通じている。だから大祭司の下で聖光魔法を学び、聖光の盾を修行するのが最適だ』
「俺は違うと?」
『ああ。聖光の盾は、維持型の魔法だ。発動中は常に魔力を放出し続け、集中力を切らさずに保たなければならない。少しでも気が散れば、盾は崩れる』
「維持型……」
『お前は性格が落ち着きなく、一つのことに集中し続けるのが苦手だ。戦闘中に盾を維持しながら、相手の動きを観察し、反撃の機会を窺う——そんな器用なことが、今のお前にできるか?』
レオンは黙った。
確かに、オーグリの言う通りだ。自分は一点集中型ではない。複数のことを同時にこなすのは苦手だ。
『それに、聖光の盾は防御に特化している。盾を維持している間、攻撃に回す魔力がなくなる。お前のゴールデンフォームは攻撃型だ。防御に魔力を割けば、攻撃力が落ちる』
「なるほど……」
『対して、閃光は瞬発型の魔法だ。一瞬で発動し、一瞬で終わる。集中力を長時間維持する必要がない。お前の性格に合っている』
「閃光って、どんな効果があるんだ?」
『強烈な光を放ち、相手の視界を一時的に奪うスキルだ。目くらましの技——単純に聞こえるかもしれんが、戦闘では極めて有効だ』
「目くらまし……」
『考えてみろ。オースティンは四つ星の熱力系魔法師だ。熱力系の魔法を発動するには、対象を「見る」必要がある。視界を奪えば、魔法の精度は大幅に落ちる』
レオンの目が、わずかに輝いた。
「つまり、閃光で視界を奪って、その隙にゴールデンフォームで攻撃する……」
『その通りだ。この二つを組み合わせれば、四つ星相手でも勝機がある』
「なるほど……」
『だが、それだけではない。閃光を選ぶ本当の理由は、別にある』
「本当の理由?」
『閃光は、上位スキルの前置魔法だ』
オーグリの声が、少し真剣になった。
『極めた先には、「聖なる閃光」というA級スキルがある。これは単に視界を奪うだけでなく、相手の魔力回路を一時的に麻痺させる効果を持つ』
「魔力回路を麻痺……!」
レオンは息を呑んだ。
『つまり、敵は一定時間、魔法を使えなくなる。戦闘において、これほど有利なスキルはない』
「すごいな……」
『さらにその先には、「裁きの閃光」というS級スキルがある。これは閃光と攻撃を同時に行う究極の技だ。視界を奪うと同時に、純粋な光のエネルギーで敵を焼き尽くす』
「S級……!」
『もちろん、今のお前には遠い話だ。S級スキルを習得するには、最低でも七つ星以上の実力が必要だ。だが、道は繋がっている』
オーグリの声が、少し穏やかになった。
『聖なる閃光は、閃光を極めた先にある上位スキルだ。閃光で練り上げた「光の凝縮体」を昇華させたものであり、一脈相承だ。だから、閃光から始めても——』
「なるほど、つまり閃光は前置魔法で、将来的には聖なる閃光に発展できるということか。それなら確かに閃光を選んだ方が——」
「おい」
突然、背後から声がした。
レオンは驚いて振り返った。
クロード叔父が、扉の前に立っていた。腕を組み、呆れたような顔でレオンを見つめている。
「叔父上……! いつから……」
「五分前からだ」
クロードは溜息をついた。
「ずっとブツブツ独り言を言っていたぞ。『なるほど』『目くらまし』『魔力回路を麻痺』……一体、誰と話していたんだ?」
レオンは顔が熱くなるのを感じた。
しまった。オーグリとの会話に夢中になりすぎて、声に出していたのか。
「い、いえ、その……自分で考えを整理していただけです」
「ふむ」
クロードは怪訝そうな顔をしたが、それ以上は追及しなかった。
「で、どちらを選んだんだ」
「閃光にします」
レオンは即答した。
「ほう、迷わないのか? さっきまで随分と長く考え込んでいたようだが」
「考えた結果、閃光の方が自分に合っていると思いました。聖光の盾は維持型の魔法で、集中力を切らさずに保つ必要がある。正直、俺にはそれが難しい」
クロードの目が、わずかに光った。
「自分の弱点を理解しているか。悪くない」
「それに、閃光は上位スキルの前置魔法だと……」
レオンは慌てて言葉を切った。
それはオーグリから聞いた情報だ。普通の十二歳が知っているはずがない。
「前置魔法? 誰から聞いた」
「え、その……本で読んだことがあって……」
「ふむ」
クロードは再び怪訝そうな顔をしたが、深くは追及しなかった。
「まあいい。お前の言う通りだ。閃光は「聖なる閃光」への入り口になる。良い選択だ」
クロードは部屋に入り、窓辺に立った。
「それで、お前に話がある」
「話、ですか?」
「明日、時間はあるか」
「明日……? はい、ありますが」
「お前を、ある場所に連れて行きたい」
「ある場所……?」
レオンの心臓が、少し跳ねた。
『ほう、興味深いな』
オーグリの声が脳内に響いた。
「詳しくは、明日話す」
クロードはレオンの肩に手を置いた。
「今日はゆっくり休め。明日は早朝に出発する」
「……はい、叔父上」
「それと——」
クロードは少し言葉を区切った。
「独り言は、もう少し小声で言った方がいいぞ。誰かに聞かれたら、頭がおかしいと思われる」
「……はい」
レオンは顔を赤くしながら頷いた。
クロードは小さく笑い、部屋を出て行った。
◆◇◆
クロード叔父が去った後、レオンは大きく溜息をついた。
「危なかった……」
『ふん、お前が悪い。老いぼれとの会話に夢中になりすぎだ』
「師匠の話が面白かったんだ。仕方ないだろう」
『まあいい。それより、明日の修行場だ。光属性の魔力が濃い場所……期待できるな』
「ああ。母上が修行した場所か……」
レオンは窓の外を見つめた。
母親——エレーぜ・アシュモア。
病で亡くなった、優しい母。
その母が修行した場所で、自分も修行する。
何か、運命的なものを感じた。
『まあ、明日になれば分かる。今日はゆっくり休め。明日から本格的な修行が始まる』
「ああ」
レオンはベッドに横になった。
閃光——B級の光系スキル。
これを習得すれば、オースティンとの戦いで有利になれる。
そして、その先には「聖なる閃光」、さらには「裁きの閃光」という道が続いている。
二週間後——必ず、オースティンを倒す。
アレンのためにも、父のためにも、叔父たちのためにも。
そして——母の名に恥じないためにも。
負けるわけにはいかない。
【続く】




