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第5話 転落



 五歳から八歳まで。


 俺の人生で最も輝いていた時期だった。


 剣術の才能を見せ、魔力感知も三日で成功し、少年兵たちを次々と倒す――


 屋敷中の注目を集めた。


「レオン様は天才だ」


「あんなに体が弱かったのに、今では見違えるようだ」


 使用人たちは俺を見る目が変わった。


 同情から尊敬へ。


 父カッセルリックも――


 あの冷たかった父が、少しずつ俺を認め始めた。


「レオン、よくやっている」


 短い言葉だったが、それでも嬉しかった。


   ◇


 そして八歳の誕生日。


 魔力属性測定の日がやってきた。


「レオン様、時間です」


 アルフレッドが迎えに来た。


 測定室には、父、母、三人の兄たちが揃っていた。


 測定魔法師は王都から招かれた白髪の老人。


「では始めましょう。手を水晶球に」


 俺は水晶球に手を置いた。


 光が――


 灯った。


 微弱な白い光。


 でも――


 すぐに消えた。


「……もう一度」


 魔法師が眉をひそめる。


 二回目。三回目。四回目。


 結果は同じだった。


「カッセルリック侯爵様、レオン様の魔力が……消失しています」


 部屋が静まり返った。


「三年前には確かに魔力がありました。しかし今は……ほぼ完全に消えています」


 母が悲鳴を上げた。


 父の顔が青ざめた。


 俺は――


 ただ呆然と立っていた。


   ◇


 それから数ヶ月。


 父は必死に名医を探した。


 でも全員が同じことを言った。


「治療法はありません」


 父の顔は日に日に憔悴していった。


 母は毎晩泣いていた。


 そして一週間後――


 バートンが俺を呼んだ。


「レオン様……侯爵様の命令で、特別訓練は中止となります」


「……そうですか」


「魔力がない剣士は……戦場では……」


「分かっています」


 俺は木剣を返した。


 期待から同情へ。


 尊敬から憐れみへ。


 使用人たちの目が、また変わった。


   ◇


 そんな中――


 母が再び妊娠した。


 十ヶ月後。


 母が六番目の息子を産んだ。


 名前はアレン。


 そして――


 奇跡が起きた。


 アレンが産声を上げた瞬間、部屋が聖なる光に包まれた。


「聖光属性!」


 全員が驚愕した。


「神の恵みだ!」


「百年に一人の逸材!」


 父は泣いていた。


 喜びの涙だった。


「アレン……我が息子……」


 その日から――


 屋敷の全ての注目がアレンに集まった。


   ◇


 一歳のアレンは、すでに治癒の力を見せた。


 二歳で言葉を話し始めた。


 三歳になると――


 誰もが認める天才児だった。


 父はアレンに全てを注いだ。


 時間、愛情、資源。


 全て。


 そして俺は――


 完全に忘れられた。


 いや、忘れられたというより――


 舞台から降りた、と言うべきか。


   ◇


 実のところ、俺は……そこまで気にしていなかった。


 考えてみれば、俺は異世界に転生して、金持ちの貴族の家に生まれた。


 それだけで十分じゃないか?


 前世はブラック企業で死ぬほど働いて、それでも生活はギリギリ。


 それに比べれば、今の生活は天国だ。


 毎日三食食べられる。


 暖かいベッドで寝られる。


 使用人が身の回りの世話をしてくれる。


 貴族の息子として、最低限の教育も受けられる。


 魔力がない? 別にいいじゃないか。


 跡継ぎ争いからも外れる。


 誰も俺に期待しない。


 プレッシャーもない。


 これって……最高じゃないか?


 前世で学んだ言葉がある。


 「期待されないことの自由」


 まさにそれだ。


   ◇


 アレンは俺に懐いていた。


「レオン兄様!」


 いつも笑顔で抱きついてくる。


「遊んで!」


「ああ」


 俺は彼と遊んだ。


 彼は無邪気で、優しくて、本当にいい子だ。


 俺は彼を憎む理由なんて、一つもない。


 むしろ――


 ありがたいとさえ思っていた。


 彼がいるおかげで、俺は自由になれた。


   ◇


 長兄ティモシーは文官の道を歩んでいた。


 彼は温和で賢く、帝国の行政に携わることを目指している。


 父も認める優秀な息子だ。


「レオン、最近どうだ?」


 たまに声をかけてくれる。


「相変わらずです」


「そうか。無理はするなよ」


 優しい兄だった。


 次兄エイドリアンは魔法の才能があった。


 火と風の二属性を持ち、王立魔法学院への入学が決まっている。


 プライドが高いが、それに見合う実力がある。


 三兄セーラスは武人だった。


 剣術と斗気の修行に励み、将来は騎士団に入ると公言している。


 短気だが正直で、裏表がない。


 そして――


 末弟アレン。


 聖光属性を持つ、家の希望。


 皆、それぞれ優秀だった。


 俺だけが――


 何もない。


 でも、それでいい。


   ◇


 九歳、十歳、十一歳。


 俺は静かに日々を過ごした。


 基礎的な教育は受けた。


 読み書き、計算、歴史、地理。


 礼儀作法も学んだ。


 でも特別な訓練は何もない。


 魔法の授業もない。


 剣術の指導もない。


 ただ――


 時々、一人で木剣を振った。


 バートンがくれた木剣を、裏庭で。


 誰も見ていない時に。


 別に強くなりたいわけじゃない。


 ただ……体を動かすのが好きだっただけ。


 前世の習慣かもしれない。


   ◇


 使用人たちは俺を憐れんでいた。


「レオン様、可哀想に……」


「あんなに頑張っていたのに……」


 でも俺は気にしなかった。


 むしろ快適だった。


 誰も俺に何も期待しない。


 誰も俺に何も求めない。


 ただ存在しているだけでいい。


 食事は出てくる。


 部屋は暖かい。


 本も読み放題。


 最高じゃないか。


 これぞ、転生貴族の特権だ。


   ◇


 父カッセルリックは――


 もう俺を見なくなった。


 廊下ですれ違っても、目も合わせない。


 でも俺は気にしなかった。


 前世の父親とも、そんなに仲良くなかったし。


 母だけは、時々俺の部屋に来た。


「レオン……ごめんなさい……」


「母上、大丈夫です」


「でも……」


「本当に大丈夫ですから」


 嘘じゃなかった。


 本当に大丈夫だった。


 母は悲しそうにしていたが、俺は本心から笑っていた。


   ◇


 十一歳のある日。


 ロッティが俺に聞いた。


「レオン様、辛くないんですか?」


「辛い? 何が?」


「だって……皆様はレオン様を……」


「ああ、無視してるってこと?」


 俺は笑った。


「別に。楽でいいよ」


「え……」


「期待されないって、最高に楽なんだ」


「でも……」


「ロッティ、俺ね、前は――」


 俺は言いかけて、止めた。


 前世の話はできない。


「昔はね、もっと頑張らなきゃって思ってた。でも今は分かった」


「頑張らなくても、生きていける」


「それって、幸せなことだよ」


 ロッティは不思議そうな顔をしていた。


 でも、それが俺の本心だった。


   ◇


 そして十二歳の誕生日。


 正式な魔力属性測定の日がやってきた。


 

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