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錬金系の落ちこぼれ四男、辺境領主として無双する  作者: 穏やかな旅人


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第43話 星の塔の天才

カエルム・アルカナム。


エルザ大陸の上空、雲海の遥か上に浮かぶ巨大な都市——通称「空中都市」。


千年前、伝説の大魔法師たちが築き上げたとされるこの浮遊都市は、大陸最高峰の魔法学院であり、全ての魔法師たちの聖地とも呼ばれている。


そしてこの空中都市は、いかなる国家にも属していない。


オルハイム王国でも、隣国のアルヴァイン帝国でも、南方のサーディア連合でもない。カエルム・アルカナムは、大陸のあらゆる国家から独立した、自由なる魔法師たちの聖域だ。


千年前、この都市を築いた大魔法師たちは、一つの理想を掲げていた。


「魔法は国境を超える。真の知識は、いかなる王にも縛られない」


その理念は今も受け継がれ、カエルム・アルカナムは大陸のどの国家からも中立を保っている。各国の王や皇帝でさえ、この空中都市に命令を下すことはできない。


もちろん、各国の貴族や王族の子弟も学院に入学できるが、一度この都市に足を踏み入れれば、身分や国籍は関係なくなる。ここでは、魔法の才能だけが全てだ。


白亜の尖塔が無数に聳え立ち、虹色のオーロラが常に空を彩っている。街路は透明な魔法石で敷き詰められ、その下には雲海が広がっていた。


地上からは、晴れた日にだけ、雲の切れ間からその姿を垣間見ることができる。まるで神々の住まう楽園のように、手の届かない高みに浮かんでいる。


その空中都市の中心に聳える「星の塔」——星相系魔法師のみが入ることを許される、最も神秘的な修行場だ。


◆◇◆


塔の最上階。


巨大な天窓から星々の光が降り注ぐ修練室で、一人の少女が宙に浮かんでいた。


桃色の髪を二つに結んだツインテールが、魔力の風に揺れている。閉じた瞼の下で、瞳が淡い紫光を放っていた。


——リーゼロッテ・フォン・クラウゼンブルク。


クラウゼンブルク公爵家の令嬢にして、カエルム・アルカナム始まって以来の天才と謳われる少女だ。弱冠十三歳にして、既に大陸中にその名を轟かせている。


そして——レオン・セレストームの元婚約者。


少女の周囲には、無数の星屑が舞っていた。それは単なる光ではない。凝縮された星相系の魔力——星辰の力そのものだ。


「……もう少し」


リーゼロッテの唇が、小さく動いた。


体内の魔力回路が激しく脈動する。四つ星の壁——それを超えるための、最後の一押し。


ドクン——!


心臓が大きく跳ねた。血管を駆け巡る魔力が、まるで星の光となって全身を駆け抜ける。骨が軋み、筋肉が震え、魂そのものが変容していく感覚。


瞬間、彼女の体から眩い紫光が爆発した。


「見事」


傍らで見守っていた女性が、静かに呟いた。


ステラリア・グランハート。


カエルム・アルカナムの学院長にして、星相系魔法の最高権威。


銀色に輝く長い白髪が、腰まで流れ落ちている。透き通るような白い肌、紫水晶のような瞳。その容姿は二十代にも見えるが、実年齢は誰も知らない。百歳を超えているという噂もあれば、二百歳だという者もいる。


ただ一つ確かなのは、彼女がこの大陸で最も強い星相系魔法師であるということだ。


少女の体を包む光が、徐々に収束していく。


そして——


リーゼロッテの瞳が開いた。


紫色の瞳の中で、小さな星々が瞬いている。星相系魔法師特有の「星瞳」——五つ星に到達した証だ。


「やった……!」


少女は嬉しそうに拳を握った。だが、すぐに表情を引き締め、澄ました顔を作る。


「……ふん、当然の結果ね。私を誰だと思っているの」


「ふふ、素直ではないのね」


ステラリアが微笑んだ。その笑顔は、まるで氷の彫刻のように美しく、それでいて慈愛に満ちている。千年を生きた者だけが持つ、深い包容力がそこにあった。


「さっきまで必死の形相だったのに」


「な……っ! そ、そんなことないわ! 余裕だったもの!」


リーゼロッテの頬が、髪と同じ桃色に染まった。


「まあいいわ。十三歳で五つ星に到達するなんて、前代未聞よ。私ですら、五つ星になったのは十六の時だった」


「……本当ですか、お師匠様」


「ええ。あなたは真の天才よ、リーゼロッテ」


ステラリアは穏やかに微笑んだ。


「星相系の魔法師は、百年に一人しか現れないと言われている。その中でも、あなたほどの才能を持つ者は、千年に一人かもしれないわね」


「……ふん」


リーゼロッテは髪をかき上げた。


「当然よ。私はクラウゼンブルク公爵家の令嬢なんだから」


その時、修練室の扉がノックされた。


「失礼いたします」


入ってきたのは、白髪の老人だった。


ハインリッヒ。クラウゼンブルク公爵家に仕える執事であり、リーゼロッテの教育係でもある。二ヶ月前、彼女と共にセレストーム家を訪れた人物だ。


「ハインリッヒ? どうしたの、わざわざここまで」


「リーゼロッテ様……」


ハインリッヒは言葉を詰まらせた。その表情には、明らかな困惑が浮かんでいる。


「クラウゼンブルク公爵様が、お嬢様に会いに来られました」


「……え?」


リーゼロッテの目が丸くなった。


「父様が? ここに?」


「はい。応接室で、お嬢様をお待ちです。その……かなりお怒りのご様子で」


◆◇◆


応接室。


広々とした部屋の中央で、一人の男が立っていた。


——ヘルムート・フォン・クラウゼンブルク。


クラウゼンブルク公爵家の現当主にして、リーゼロッテの父親。四十代半ばの、厳格な雰囲気を纏った男だ。


黒い髪、鋭い灰色の瞳。整った顔立ちは、かつて「黒獅子公」と呼ばれた武人の面影を残している。


彼は今、窓の外を睨みつけていた。


雲海の向こう、遥か下の地上——オルハイム王国の方角を。


「……父様」


扉が開き、リーゼロッテが入ってきた。


その瞬間、ヘルムートが振り向いた。


「リーゼロッテ」


低く、重い声。


リーゼロッテは思わず身を竦めた。父がこんな声音で自分の名を呼ぶのは、滅多にない。


「座れ」


「……はい」


リーゼロッテは恐る恐るソファに腰を下ろした。


ヘルムートは彼女の正面に座り、腕を組んだ。


しばらく沈黙が続く。


「父様、突然どうなさったんですか? わざわざ空中都市まで——」


「お前は」


ヘルムートが口を開いた。


「セレストーム家との婚約を、勝手に破棄したそうだな」


リーゼロッテの背筋が凍りついた。


「……それは」


「二ヶ月前、私が北方戦線に出ている間に、ハインリッヒを連れて勝手にセレストーム家を訪れ、婚約解除の書類を突きつけた。違うか?」


「違いません、けど——」


「黙れ」


ヘルムートの声が、一段と低くなった。


「あの婚約は、お前の祖父——先代クラウゼンブルク公が、セレストーム侯爵との友誼の証として結んだものだ。両家の絆を繋ぐ、大切な約束だった」


「でも、あの男は魔力値3の出来損ないで——」


「出来損ないだと?」


ヘルムートが立ち上がった。


「お前は何も知らないのか。レオン・セレストームが、セレストーム家の次男——三つ星の水系魔法師を、たった三撃で打ち破ったことを」


「……っ!」


リーゼロッテは言葉を失った。


「しかも、使用した魔法は誰も見たことのない光系の技。ゴールデンフォームと呼ばれる、強力な魔法だったそうだ」


ヘルムートは窓の外を見た。


「報告によれば、あの少年の実力は三つ星相当、いや、それ以上だったという。二ヶ月前に魔力値3だった少年が、だ」


「そんな……」


「私は北方でアルヴァイン帝国の魔法師団と戦ってきた。戦場で学んだことがある——真の強者は、決して見た目だけでは判断できない、とな」


ヘルムートはリーゼロッテを見つめた。


「お前は、レオン・セレストームという少年を、ろくに知りもしないで切り捨てた。それどころか、婚約解除の書類を突きつけるという、最大の侮辱を与えた」


「でも、私は天才って——」


「天才?」


ヘルムートは冷たく笑った。


「確かに、お前は天才だ。十三歳で五つ星に到達したと聞いた。素晴らしい才能だ」


彼は一歩、リーゼロッテに近づいた。


「だが、才能があるからといって、他人を侮辱していいわけではない。婚約を解除したいなら、もっと礼を尽くした方法があったはずだ」


「…………」


「お前の行動は、クラウゼンブルク家の名誉を傷つけた。先代公の決めた婚約を、一方的に、しかも侮辱的な形で破棄した。これがどれほど重大なことか、分かっているのか?」


リーゼロッテは俯いた。


「……分かっています」


「分かっているなら、なぜそんなことをした」


「だって……!」


リーゼロッテは顔を上げた。


「私の婚約なのに、私の意思は関係ないんですか!? 祖父様が勝手に決めて、私はただ従うだけ!? 私の人生なのに、私が決められないなんて——!」


「お前の人生だからこそ、だ」


ヘルムートは静かに言った。


「お前が自分の人生を決めたいなら、それ相応の覚悟が必要だ。他人を傷つけずに、自分の道を選ぶ方法を考えるべきだった」


彼は深くため息をついた。


「……祖父は、お前に謝罪に行けと言っている」


「謝罪!?」


リーゼロッテは立ち上がった。


「冗談じゃないわ! 私が、あの……あの男に、頭を下げろって言うの!?」


「そうだ」


「絶対に嫌!」


リーゼロッテは首を横に振った。


「私は何も間違ったことはしていない! 婚約を解除しただけよ! それのどこが悪いの!?」


「リーゼロッテ——」


「お父様こそ分かってないわ!」


少女の瞳に、涙が滲んでいた。


「あの男が、どんな目で私を見たか! 『今日から、お前は我がセレストーム家と何の関係もない』って! 私を、捨てたのよ!? 私が婚約解除の書類を出す前に、あの男が先に私を捨てたのよ!?」


ヘルムートは眉をひそめた。


「……何?」


「婚約を破棄したのは、あの男が先! 私じゃない!」


リーゼロッテは叫んだ。


「だから私は、何も悪くない! 謝る必要なんてないわ!」


沈黙が落ちた。


ヘルムートは腕を組み、考え込んだ。


「……そうか。レオンが先に婚約を破棄したのか」


「そうよ! だから——」


「だとしても」


ヘルムートが口を開いた。


「お前がセレストーム家を訪れ、婚約解除の書類を突きつけたという事実は変わらない。向こうから見れば、お前が先に切り捨てようとしたと思われても仕方がない」


「でも……!」


「それに」


ヘルムートはリーゼロッテを見つめた。


「お前は本当に、レオン・セレストームのことを知ろうとしたのか? 顔も見たことがない婚約者を、『出来損ない』という噂だけで判断して、切り捨てようとしたのではないのか?」


「…………」


リーゼロッテは答えられなかった。


それは、事実だったから。


「お前が本当に自分の人生を決めたいなら、まず相手のことを知るべきだった。会って、話して、その上で判断するべきだった」


ヘルムートは窓の外を見た。


「だが、もう遅い。レオンは三年後、お前を見つけ出すと宣言したそうだな」


「……はい」


「なら、お前がすべきことは一つだ」


ヘルムートは娘を見つめた。


「三年後、その挑戦を受けて立て。そして、堂々と勝利しろ。それがお前にできる、唯一の償いだ」


「償い……」


「ああ。お前は相手を侮辱した。ならば、相手が挑んできた時、全力で応えることこそが礼儀だ。手加減などせず、お前の全てをぶつけろ」


ヘルムートは厳しい表情で言った。


「そして勝て。それが、クラウゼンブルク家の誇りだ」


「……はい」


リーゼロッテは小さく頷いた。


「ただし」


ヘルムートが付け加えた。


「もし負けたら、約束は守れ。奴隷として仕えると言ったのは、お前だろう」


「負けるわけないわ!」


リーゼロッテは顔を上げた。


「私は五つ星よ! あの男が三つ星相当だとしても、私には勝てない!」


「過信するな」


ヘルムートは冷たく言った。


「二ヶ月で魔力値3から三つ星相当まで成長した少年だ。三年後、どれほど強くなっているか分からん」


「それでも、私は負けない」


リーゼロッテは拳を握った。


「私には、お師匠様がいる。カエルム・アルカナムの最高の魔法がある。絶対に、負けない」


ヘルムートはため息をついた。


「……まあいい。お前がそこまで言うなら、私も信じよう」


彼は立ち上がった。


「だが、もし負けたら——その時は、クラウゼンブルク家の名において、約束を守れ。いいな?」


「……はい」


リーゼロッテは頷いた。


ヘルムートは扉に向かった。


「それから」


振り返り、彼は娘を見た。


「お前が自分の人生を決めたいなら、その責任も自分で負え。誰かのせいにするな。自分の選択の結果は、自分で引き受けろ」


「……分かりました、父様」


扉が閉まった。


一人残されたリーゼロッテは、ソファに座り込んだ。


「……ふん」


少女は窓の外を見た。


雲海の向こう、遥か下の地上——あの男がいる世界。


「三年後、か」


リーゼロッテは立ち上がった。


「上等よ。私がどれほど強くなるか、見せてあげるわ」


彼女の瞳の中で、星々が煌めいた。


「レオン・セレストーム——本気があるなら、来なさい」


桃色のツインテールが、風に揺れた。


「私、リーゼロッテ・フォン・クラウゼンブルクが、カエルム・アルカナムで待っている」


少女は拳を握った。


「来られるものなら、来てみなさい」


【続く】

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