第40話 魔女の笑い声
二週間で三つ星後期を目指す。
この目標を達成するには、充分なエーテル液が必要だ。
そうでなければ、オーグリの鞭打ち修行で重傷を負って死んでしまうだろう。エーテル液の回復効果がなければ、今のレオンの体では、魔力回路の損傷が蓄積して死に至る以外に道はない。
だから、今レオンが最もやるべきことは、再び材料を購入し、エーテル液を調合することだ。
言うのは簡単だが、レオンは一つの難題に直面していた。
——金がない。
◆◇◆
離れの自室。
レオンは財布を逆さにした。
カラン、カラン、カラン。
三枚の金貨が、机の上に転がり落ちた。
「……これだけか」
レオンは深い溜息をついた。
三枚。たったの三枚だ。
前回、エーテル液の材料を購入した時に、ほとんどの金を使い果たしてしまった。残ったのは、この三枚だけ。
「月光草が最低でも五十金貨、翠玉苔が三十金貨、霊泉水が二十金貨……」
指を折りながら計算する。
「合計百金貨。今の俺には、到底手が届かない」
兄のマーカスには、すでに一度借りている。これ以上頼むわけにはいかない。あの兄は優しいが、何度も借金を重ねれば、さすがに不審に思われるだろう。
『小僧、そんなに困っているなら、あの銀髪の小娘に頼めばいいではないか』
オーグリの声が響いた。
『エヴィルとか言ったか? あの娘の家柄なら、百金貨程度、どうってことないだろう。小遣い程度の金だ』
「駄目だ」
レオンは即座に首を横に振った。
『なぜだ? あの小娘、お前のことを心配していたようだが。頼めば貸してくれるだろう』
「男として、女に金を借りるなんてできるか」
『……は?』
「俺のプライドが許さない」
『お前、そんなことを言っている場合か? 金がなければ、エーテル液が作れん。エーテル液がなければ、修行が進まん。修行が進まなければ——』
「分かってる」
レオンは三枚の金貨を握りしめた。
「分かってるけど、それでも駄目だ。エヴィルに借りを作るわけにはいかない」
『……お前、意外と頑固だな』
「うるさい」
しばらくの沈黙。
レオンは考え込んでいた。金を稼ぐ方法はないか。何か、自分にできることは——
ふと、何かを思いついたように顔を上げた。
「なあ、オーグリ」
『今度は何だ』
「このエーテル液、他の者に調合できるのか?」
『できるわけがないだろう』
オーグリは即答した。その声には、隠しきれない自負が滲んでいる。
『いいか、小僧。この大陸には薬草が無数にある。様々な効果の魔薬を調合するには、その無数の材料の中から、必要な魔晶の中の暴走エネルギーを中和できる薬草を選び出さねばならん。でたらめに組み合わせれば、炉が壊れて魔薬が駄目になるのはまだいい方だ。万が一反動が来れば……へへへ』
「……笑い方が怖い」
『このエーテル液は、老いぼれが何年も実験を重ねて完成させた処方だ。もちろん、他の者が偶然同じ処方を編み出す可能性もあるが、その確率は限りなくゼロに近い』
「ほう」
『さらに、調合の過程では、三種の材料の融合度と分量、炎の濃度——これらは無数の実験と、超強力な魂の感知力がなければ把握できん。でなければ、なぜ全ての錬金術師に師匠の手ほどきが必要だと思う?』
「……つまり?」
『つまり、このエルザ大陸全土とは言わんが、少なくともこのオルハイム王国では、老いぼれと同じエーテル液を調合できる者は一人もいない!』
オーグリの声は、完全に得意げだった。
レオンは思わず唇を舐めた。以前、オーグリが調合するのを見た時は、とても簡単そうに見えた。だが今になって初めて、魔薬の調合は、表面上見えるものだけではないと分かった。
錬金術師の世界は、確かに広大で測り知れない。この大陸で最も高貴な職業と言われるのも、無理はない。
「……なあ、オーグリ」
『なんだ、小僧。やけに神妙な顔をして』
「いいことを思いついた」
『ほう?』
レオンはニヤリと笑った。
「最低品質の材料でエーテル液を作って、それを競売会に出して売ろうと思う」
『……売る、だと?』
「今、手元に三枚しかない。だが、最低品質の材料なら、三枚でも何とかなるかもしれない。それで作ったエーテル液を売れば、もっと良い材料を買える。どうせエーテル液を調合するのは、お前にとっては朝飯前だろう?」
しばらくの沈黙。
『……ふむ、なるほど。悪くない考えだ』
「だろう?」
『錬金術師が自分の魔薬を競売にかけるのは、珍しいことではない。それに、最低品質とはいえ、老いぼれが作ったエーテル液だ。市場に出回っている回復薬よりは遥かに上等だろう』
「よし、決まりだ」
レオンはニヤリと笑い、三枚の金貨を握りしめると、急いで部屋を飛び出した。
◆◇◆
離れの外。
ロキシーは廊下に立ち尽くしていた。
レオンが慌ただしく出ていった後、部屋の中から奇妙な音が聞こえてくる。
「ふひひひひ……」
まるで魔女のような、不気味な笑い声だ。
「な、何の声……?」
ロキシーは思わず身震いした。
彼女はレオンの世話係として、毎日この離れに食事を届けている。最初の頃、レオン様は憔悴しきった様子で、まるで生きる気力を失ったかのようだった。
だが、最近は様子が違う。
毎日、部屋に籠もって何かをしている。時折、奇妙な匂いが漂ってきたり、今のような不気味な笑い声が聞こえてきたり——
——レオン様、一体何をしているの……?
◆◇◆
今回はそれほど良い薬草は必要ない。
レオンは薬草店で最も年数の低い月光草と翠玉苔を選んだ。三枚の金貨では、最低品質のものしか買えなかった。霊泉水に至っては、店主に頼み込んで、傷んだものを格安で譲ってもらった。
必要な材料を買い揃え、レオンは離れに戻り、オーグリにエーテル液を調合してもらった。
今回のエーテル液は、前回より薬効がかなり劣るだけでなく、色も透き通った翡翠色から、斑のある青緑色に変わっていた。
『まあ、この程度の品質でも、市場に出回っている回復薬よりは遥かに上等だがな』
「十分だ」
レオンの拳半分ほどのエーテル液を、先ほど買った魔薬瓶に収める。
魔薬瓶を懐に収め、レオンは離れを出た。
目指すは、フェルディナス最大の競売場だ。
【続く】




