第4話 鍛錬の始まり
五歳のある朝、俺は裏庭で一人ストレッチをしていた。
夜明け前の静かな時間。誰もいない。
「……何をしておられるのですか、レオン様」
振り返ると、バートンが立っていた。
「バートン殿。体が弱いので、自分で鍛えようかと」
バートンは俺を見つめ、やがて口を開いた。
「明日から、私が教えます。卯の刻、ここに来なさい」
◇
翌朝。
バートンの訓練が始まった。
「まずは基本の構えから」
剣――いや、木剣を渡される。
「これはロングソードの構えです。両手で柄を握り、剣先を相手に向ける。オクス、雄牛の構えと呼びます」
バートンは次々と構えを教えてくれた。
「次はプフルーク、鋤の構え。剣を下段に構え、相手の攻撃を下から受ける」
「フォム・ターク、屋根の構え。剣を頭上高く構え、上段から振り下ろす」
「アルバー、愚者の構え。剣先を地面に向け、隙を見せて誘う」
一つ一つの構えに意味がある。攻撃用、防御用、フェイント用――
「ロングソードは両手で扱う剣です。リーチと威力に優れますが、動きが大きくなる」
次の日はショートソードだった。
「片手で扱う剣です。もう片方の手で盾を持つこともできます。小回りが利き、素早い攻撃に向いています」
さらに次の日。
「これはレイピア。突きに特化した剣です。切るのではなく、刺す」
バートンは様々な剣術を教えてくれた。
バスタードソード――片手でも両手でも使える中間的な剣。
ツーハンデッドソード――超大型の両手剣。威力は最高だが扱いが難しい。
それぞれに適した構え、歩法、攻撃の型がある。
「レオン様、剣術の基本は四つです」
バートンは指を立てた。
「斬る、突く、受ける、躱す。これだけです」
「でも、構えや技はたくさんありますよね?」
「ええ。それらは全て、この四つを効率よく行うための手段に過ぎません」
なるほど。
剣術は複雑そうに見えて、実はシンプルなのか。
「素振りを始めましょう。上段から百回」
「はい!」
毎日毎日、素振りを続けた。
上段、中段、下段――
突き、払い、受け――
同じ動作を何百回も繰り返す。
「正しい型を体に染み込ませるのです。考えなくても体が動くまで」
バートンの言葉通り、俺は型を繰り返した。
◇
午後はアルフレッドの魔法の授業だ。
「魔力を感じられるようになりましたね。次は制御です」
アルフレッドは手のひらに小さな炎を浮かべた。
「魔力を集中させ、属性を付与し、形を整える。これが魔法の基本です」
「やってみます」
目を閉じて、体内の魔力を感じる。
心臓から流れる暖かい流れ――
それを右手に集める。
集めて、集めて――
「そうです。焦らず、ゆっくりと」
手のひらが熱くなる。
目を開けると、小さな火の粉が浮かんでいた。
「おお、初めてでこれは上出来です」
アルフレッドは満足そうに頷いた。
「魔法にも四大元素があります。火、水、風、土。まずは火から始めましょう」
火の魔法の基礎を学んだ。
小さな火を灯す。
火を大きくする。
火を移動させる。
形を変える。
「魔法は想像力です。自分がどうしたいか、明確にイメージすること」
次の週は水の魔法だった。
「水は火より制御が難しい。形を保つのに集中力が要ります」
手のひらに水を集める。
最初はすぐに零れてしまったが、何度も練習するうちにコツを掴んだ。
「よろしい。次は風です」
風は見えない分、さらに難しかった。
「風を感じなさい。空気の流れを意識するのです」
目を閉じて、周りの空気を感じる。
微かな風――
それを魔力で動かす。
「できました!」
「素晴らしい。あなたの上達速度は異常ですよ、レオン様」
最後は土の魔法。
「土は最も重い。大きな魔力を必要とします」
地面の土を浮かせる。
小さな土の塊が宙に浮いた。
「四大元素の基礎は完璧です。次は組み合わせですね」
◇
半年が過ぎた。
剣術も魔法も、基礎は叩き込まれた。
「レオン様、そろそろ実戦形式の訓練を始めましょう」
バートンがそう言った。
「実戦?」
「ええ。少年兵との模擬戦です」
訓練場に行くと、十歳くらいの少年たちがいた。
「こいつが侯爵様の息子? ちっちゃ」
「五歳だろ? 俺らと戦えるわけねえ」
少年兵たちは笑っている。
まあ、そうだろうな。体格差がありすぎる。
「では、始めてください」
バートンの合図で、一人の少年兵が木剣を構えた。
俺も構える。
オクスの構え――ロングソードの基本だ。
少年兵が突進してきた。
上段からの振り下ろし――
俺は横に躱す。
相手の剣が空を切る。
そこに――
パシッ!
俺の木剣が少年兵の脇腹を打った。
「え?」
少年兵が呆然としている。
「一本!」
バートンが宣言した。
「次」
次の相手も、その次も――
俺は全員に勝った。
体は小さい。力も弱い。
でも、型が染み込んでいる。
相手の動きが見える。
どこに隙があるか分かる。
前世の知識もある――フェイント、間合い管理、タイミング。
「……レオン様は天才だ」
少年兵たちが囁いた。
◇
一年が過ぎた。
六歳になった俺は、もう少年兵にはほとんど負けない。
剣術も、ロングソード、ショートソード、レイピア、全て使いこなせる。
魔法も、四大元素の基礎魔法は完璧だ。
「レオン様、次は騎士団の正式な訓練に参加しましょう」
バートンがそう提案した。
「騎士団?」
「ええ。副団長のディー殿が直々に教えたいと」
こうして俺の訓練はさらに過酷になった。
「さあレオン様! 素振り三百回! その後走り込み!」
ディーは鬼だった。
「休憩は空気椅子で!」
「休憩になってねえ!」
でも、確実に強くなっていった。
城の中で俺を見る目が変わった。




