第37話 対決(下)
「このクソガキが……いいだろう、本当の差というものを見せてやる。今日こそ、お前を叩きのめしてやる!」
顔面を失い、耳元に響く囁き声に、エイドリアンは発狂しそうだった。
「ウォータースピア!」
怒りに震えながら、エイドリアンは怒声を上げた。瞬間、彼の気勢が一気に跳ね上がり、猛然と力を込めて前方へ突進した。足元から土埃が舞い上がる。速度は先ほどの倍以上だ。まるで一本の槍のように、流光となってレオンに向かって突っ込んでいく。
「なっ、ウォータースピアだと! あの出来損ない、終わったな!」
「C級の水系魔法じゃないか。エイドリアンはいつの間に習得したんだ?」
「ふん、七長老が彼の師匠だということを忘れるな。へへ、レオンのやつ、これで終わりだ!」
エイドリアンの技を見て、多くの者が驚きの声を上げた。高級なスキルが魔法師にどれほどの助けをもたらすか、誰もが知っている。一瞬にして、その魔法師の実力を一段階引き上げることができるのだ。
ウォータースピア——C級の水系魔法。フェルディナス全体でも、上位に位置する術だ。
水を槍の形に凝縮し、高速で突き刺す。ウォータースピアを極めれば、瞬時に百歩先の敵を貫くことができる。その恐ろしさは計り知れない。
「七長老、これはどういうことだ?」
後方で、大長老が冷たい顔で七長老に問いただした。
ウォータースピア——このような高級スキルの習得には、厳格な規制がある。家族の許可なしに私的に学ぶことは許されない。それなのに、エイドリアンが習得している? しかも、家族の許可を得ていないことは明らかだ。
「これは……その……」
七長老の顔色も非常に悪くなり、何と言えばいいか分からなかった。
今回の家族魔闘会のために、こっそり事前にこのスキルを弟子のエイドリアンに教えたのだ。魔闘会で切り札として使わせるつもりだった。まさか、この馬鹿がこんな時に使ってしまうとは。このことが追及されれば、処罰は免れない。
「この件は、後でエイドリアンに説明させます。ふん!」
冷たく鼻を鳴らし、大長老は視線を場内に集中させた。
大長老に叱責され、七長老の目に一抹の不満の色が浮かんだ。だが、何も言えなかった。
一方、エヴィルの傍にいたレイノルドは、舞台上のレオンを睨みつけ、冷たい笑みを浮かべていた。今度こそ、あの出来損ないは終わりだ。
場内では、この瞬間、空気が凍りついたように感じられた。
ウォータースピアが、恐ろしい速度でレオンに向かって飛んでいく。
誰もが、レオンが貫かれる瞬間を予想していた。C級の魔法だ。二つ星の出来損ないに防げるはずがない。
しかし——
その瞬間、レオンの左手が掲げられた。
淡い金色の光が、掌から溢れ出した。
光が凝縮し、硬質化していく——小さな盾の形に。
ゴールデンフォーム。
掌ほどの大きさしかない、小さな盾だ。だが、それで十分だった。
ガァン!!
ウォータースピアが、金色の小盾に激突した。
水飛沫が四方八方に飛び散る。衝撃波が周囲に広がり、見物人たちの髪や衣服がなびいた。
パリン——
次の瞬間、金色の盾が砕け散った。ガラスが割れるような音を立てて、光の欠片が宙に舞う。
だが——
レオンは無傷だった。
「なっ……!?」
エイドリアンの目が見開かれた。
「馬鹿な……!」
レイノルドが叫んだ。
「あれは……何だ……?」
周囲から、驚愕の声が次々と上がった。
「金色の……盾……?」
「あんなスキル、見たことがない……」
「出来損ないが、C級のウォータースピアを防いだだと……?」
演武場が騒然となった。
誰もが目を疑っていた。あの出来損ないが——三つ星のエイドリアンが放ったC級魔法を——防いだ?
エイドリアンも、一瞬呆然としていた。
その隙を——レオンは逃さなかった。
「今だ!」
地を蹴り、一気に距離を詰める。
七年間鍛え続けた体術が、この瞬間、最大限に発揮された。風のように速く、影のように静かに、レオンはエイドリアンに向かって突進した。
「なっ……速い……!」
エイドリアンは慌てて両手を掲げた。
「ウォーターシールド!」
水の魔力が凝縮し、彼の前に青白い盾が現れた。三つ星の魔力で編まれた防御魔法だ。
「無駄だ」
レオンの右手が掲げられた。
再び、金色の光が溢れ出す。
だが今度は、盾ではなかった。
光が凝縮し、硬質化していく——剣の形に。
「ゴールデンフォーム——第二撃」
金色の剣が、ウォーターシールドに叩きつけられた。
バキィッ!!
水の盾が、一瞬で粉砕された。
「そんな……俺のウォーターシールドが……!」
エイドリアンの顔が蒼白になった。
だが、驚く暇はなかった。
金色の剣が砕け散ると同時に、レオンの拳が迫っていた。
「第三撃——これで終わりだ」
レオンの右手に、最後の金色の光が凝縮した。
拳を包む、硬質化した光。
これが、今の自分に使える最後のゴールデンフォームだ。三回——それが限界だった。
だが、それで十分だ。
◆◇◆
「エヴィル、へへ、慌てるな。まだ始まったばかりだ。決着がつくまで邪魔しない方がいい」
後方で、エヴィルが前に出ようとするのを見て、レイノルドは慌てて言った。
今、レオンがようやく攻撃に転じた。エイドリアンのチャンスだ。エヴィルにあの出来損ないを助けさせるわけにはいかない。そうでなければ、エイドリアンが出来損ないの弟にすら勝てないと噂が広まれば、今後どうやって顔を上げて歩けるというのか?
「あなた……」
レイノルドに道を塞がれ、エヴィルは少し怒ったように言った。
「始まったぞ、見ろ!」
レイノルドは幸災楽禍の様子でエヴィルに言った。
だが、次の瞬間——
その笑みが、凍りついた。
◆◇◆
ドォン……!
金色の拳が、エイドリアンの腹部に叩き込まれた。
「がっ——!?」
エイドリアンの目が見開かれた。口から唾液が飛び散る。
エイドリアンは知らなかった。
七歳の時、魔力値がたった三と判定されたあの日から、レオンがどれほど身体を鍛えてきたか。
エイドリアンは知らなかった。
「身体が虚弱だ」「魔力がない」と嘲笑われるたびに、レオンが歯を食いしばり、他の子供たちと同じように走れるようになるまで、何度も何度も倒れては立ち上がり、走り続けてきたことを。
エイドリアンは知らなかった。
魔力を失った五年間、レオンが毎日欠かさず、バートン騎士から教わった体術を鍛え続けてきたことを。
雨の日も、雪の日も、熱が出ても、誰にも見られない離れの庭で、一人黙々と拳を振り、足を動かし、身体を鍛え続けてきたことを。
エイドリアンは——何も知らなかった。
だから、この拳の重さが理解できなかった。
魔法ばかり鍛えて、身体を鍛えることを怠った彼の腹部は、あまりにも脆かった。
金色の光に包まれた拳が、容赦なく内臓を揺さぶる。
五年間の苦痛。五年間の屈辱。五年間の孤独。
その全てが、この一撃に込められていた。
次の瞬間、エイドリアンの全身が猛スピードで後退していった。十メートル以上も吹っ飛ばされ、演武場の端の石柱に激しく叩きつけられた。
ドサッ……
地面に崩れ落ち、エイドリアンは動かなくなった。白目を剥き、口から泡を吹いている。完全に気絶していた。
金色の光が、ゆっくりと消えていく。
レオンは肩で息をしていた。三回のゴールデンフォームで、魔力をかなり消耗していた。だが、勝った。
◆◇◆
演武場は、死んだように静まり返っていた。
誰もが目を見開き、信じられない光景を見つめていた。
あの出来損ないが——三つ星のエイドリアンを——たった三撃で——
「どうして……どうしてこんな……」
レイノルドは呆然と呟いた。顔から血の気が引いている。
後方で、七長老の顔も土気色になっていた。自分の弟子が、あの出来損ないに三撃で倒された? これが現実なのか?
大長老は眉をひそめ、レオンを見つめていた。その目には、複雑な光が浮かんでいる。
「あのスキル……ゴールデンフォームと言ったか……」
「見たことのないスキルですな……光を硬質化させ、盾にも剣にも変える……」
「あの出来損ないが、いつの間にそんなスキルを……」
長老たちの間で、囁き声が交わされていた。
エヴィルは——微笑んでいた。
「やっぱり……レオン兄さんだわ」
場内で、レオンは気絶したエイドリアンを見下ろしていた。
「三つ星だと威張っていたが、この程度か」
冷たく言い放った。
「魔法ばかり鍛えて、身体を鍛えることを怠ったな、兄さん。近接戦では、お前は俺に遠く及ばない」
エイドリアンは答えなかった。気絶したまま、ピクリとも動かない。
「覚えておけ」
レオンは身を翻し、背を向けた。
「次に『出来損ない』と呼ぶ時は、今日のことを思い出すんだな」
そう言い残し、レオンは演武場を去っていった。
銀髪が風になびく。その背中には、もはや「出来損ない」の影はなかった。
周囲の者たちは、ただ呆然と、その背中を見送るしかなかった。
静寂の中、誰かが呟いた。
「あいつ……本当に出来損ないなのか……?」
誰も、答えられなかった。
【続く】




