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第27話 月虹の刻印

傷痕の間に、何かが埋もれていた。


汚れと古い血に覆われて見えにくかったが、細い革紐が首から背中にかけて垂れ下がり、その先に小さな玉石がぶら下がっている。傷の手当てをしていなければ、気づかなかっただろう。


レオンは慎重にその玉石を手に取った。湿らせた布で表面の汚れを拭うと、淡い青白色の光沢が現れた。親指ほどの大きさで、表面には見たことのない紋様が刻まれている。


『小僧、待て』


オーグリの声が脳裏に響いた。いつもの皮肉めいた調子ではない、真剣な声だった。


『その玉石……近くで見せろ』


レオンは言われるままに玉石を目の前に持ってきた。燭台の光を受けて、玉石は微かに脈動するように輝いている。まるで、生きているかのように。


『ほう……これは……』


「何だ? 何か分かるのか?」


レオンは心の中で問いかけた。


『珍しいものを見つけたな。これは記憶玉璧だ。中にスキルが封じられている』


「スキル?」


レオンは眉をひそめた。


スキル——魔法師にとって、魔法と並ぶ重要な力である。


魔法が外界の魔力を操り、火や氷、雷といった現象を引き起こすのに対し、スキルは体内の魔力を特定の技として変換・発動する術だ。


剣士が剣に魔力を纏わせて斬撃を飛ばす《魔力斬》。拳士が拳に力を凝縮して岩を砕く《剛力撃》。あるいは、一瞬だけ身体能力を爆発的に高める《瞬身》。これらはすべてスキルに分類される。


強力な魔法を使えても、スキルを持たない魔法師は接近戦に弱い。逆に、優れたスキルを持つ剣士は、魔法師の詠唱が終わる前に勝負を決めることもある。ゆえに、高等なスキルは王侯貴族や名門学院に秘匿され、門外不出とされることが多い。


スキルは七つの等級に分けられる。下から順に——F、E、D、C、B、A、S。


F級は最も基礎的で、一般兵士や駆け出し冒険者が使う。E級はそれより一段上、D級は中堅騎士の水準、C級は精鋭の領域だ。


B級ともなれば、名門貴族の秘伝として扱われる。セレストーム家でさえ、B級スキルは一つしかなく、当主と数人の長老だけが習得を許されている。


A級は伝説に近い。一つの王国に数人いるかどうかという水準で、国家の切り札と呼ばれる騎士や大魔法師が持つとされる。


S級——これは神話の領域だ。現存するかすら定かではなく、古代の英雄が使ったと伝わるのみ。S級スキルの存在そのものが、国家の最高機密として扱われる。


『この玉石の中のスキルは……』オーグリが言葉を切った。『A級だ』


「A級だと?」


レオンは思わず声を上げそうになり、慌てて口を押さえた。


エヴィルとルオシーが不思議そうにこちらを見たが、レオンは軽く首を振って誤魔化した。


A級のスキルといえば、王国の宝物庫に厳重に保管されるような代物だ。セレストーム家のB級スキルでさえ当主しか学べない。A級など、王族でもそう簡単には手に入らない。


それが、こんな奴隷の少年の首にぶら下がっていた?


「本当なのか?」


『老いぼれの目を疑うか?』オーグリは鼻を鳴らした。『だが、ただのA級スキルではない。これはエルフ族のスキルだ。人族の魔力運用とは根本的に違う』


「エルフ族の……」


レオンはシルを見た。少年は振り返り、不安そうな目でこちらを見ている。


「シル、これは何だ?」


「それは……」シルは小さな声で答えた。「お母さんの……形見です。死ぬ前に、絶対に手放すなって……」


「お前の母親がくれたのか」


「はい……でも、何なのかは分かりません。ただ……」シルは少し躊躇ってから続けた。「満月の夜になると、時々温かくなるんです」


『ほう……』オーグリが唸った。『小僧、今夜は何の夜だ?』


レオンは窓の外を見た。雲間から覗く月は——ほぼ真円だった。


「満月か……」


『その玉石を月光に当ててみろ』


レオンは窓辺に歩み寄り、玉石を月光の下にかざした。


次の瞬間——玉石が淡い光を放った。


「わっ……」


エヴィルが目を見張った。ルオシーも息を呑む。シルは呆然とその光景を見つめていた。


青白い光が玉石から溢れ出し、レオンの手のひらを包み込んだ。光の中に、見たことのない文字と図形が浮かび上がる。古代エルフ語だろうか——だが不思議と、その意味が頭に流れ込んでくる。


『《月虹の刻印》……』


オーグリが呟いた。


『エルフ族に伝わる秘術だ。月光を媒介に、体内に七つの「刻印」を刻む。刻印が一つ完成するごとに、新たな力が解放される……面白い。人族の魔力体系とはまったく異なるアプローチだな』


光は数秒で収まり、玉石は静かな輝きを取り戻した。だがレオンの脳裏には、膨大な情報が刻み込まれていた。


《月虹の刻印》——


月の光を体内に取り込み、七つの「刻印」として肉体に刻み込むスキル。


刻印は心臓から始まり、両手、両足、背骨、そして額へと広がる。それぞれの刻印が完成するたびに、対応する術が解放される。


第一刻印・心——生命力を強化し、傷の治癒を早める。


第二刻印・右手——月光を攻撃に変換する。


第三刻印・左手——月光で障壁を作る。


第四刻印・右足——瞬時に移動する歩法。


第五刻印・左足——気配を消し、姿を隠す。


第六刻印・背——翼のような光を生み出し、空を翔ける。


第七刻印・額——精神に干渉し、幻覚を操る。


七つすべてが完成した時、使い手は「月の申し子」と呼ばれる存在になるという——


『悪くない』オーグリが評した。『このスキルはエルフ族の血を持つ者にしか使えん。人族のお前には無縁だが、あのエルフの小僧なら……才能次第では化けるかもしれんな』


レオンは玉石を見つめ、それからシルを見た。


A級スキルが封じられた玉石——これがどれほどの価値を持つか。もし悪意ある者に見つかれば、シルは間違いなく殺されていただろう。形見として肌身離さず持っていたことが、かえって幸いしたのかもしれない。


「シル」


「は、はい……?」


「これは大事にしまっておけ。誰にも見せるな」


シルは困惑した目で頷いた。


「あの……これは、何なんですか?」


「お前の母親が残した、とても大切なものだ」レオンは玉石を少年の手に戻した。「いつか、お前自身がその意味を知る日が来る。それまで、絶対になくすな」


シルは玉石を両手で包み込み、胸に抱きしめた。


「……はい」


『小僧』オーグリが再び語りかけてきた。『面白いことを考えているな?』


「何のことだ」


『とぼけるな。あのエルフの小僧を育てて、手駒にしようとしているんだろう?』


レオンは答えなかった。


『悪くない判断だ』オーグリは笑った。『A級スキルの使い手が傍にいれば、何かと役に立つ。それにな——あの小僧、ただのエルフじゃないぞ。あの銀髪と金眼、あれはエルフの中でも王族にしか現れない特徴だ』


「王族?」


『月の一族の末裔だろう。なぜこんな境遇に落ちているかは知らんが、拾い物としては上々だ』


レオンは再びシルを見た。少年はルオシーに残りの傷の手当てをしてもらっている。エルフの王族——それが本当なら、なぜ奴隷に落ちたのか。


だが今は詮索する時ではない。


「シル」


「はい?」


「今日はもう休め。明日から、お前の新しい生活が始まる」


シルは顔を上げ、戸惑いながらも頷いた。


「……ありがとうございます、レオン様」


◆◇◆


傷の手当てが終わり、シルは疲れ切った様子で簡易寝台に横になった。あれだけの傷を負いながら、一度も声を上げなかった。この子は、痛みに慣れすぎている。


「ルオシー、シルを見ていてくれ」


「かしこまりました」


レオンは部屋を出て、自室に戻った。


扉を閉め、窓辺に歩み寄る。月はすでに中天にかかり、銀白色の光を降り注いでいた。


『さて、小僧』


オーグリの声が脳裏に響いた。


『エルフの小僧の件は一段落だ。そろそろ本題に入るぞ』


「ああ」


レオンは懐から、今日坊市で購入した材料を取り出した。ヴィオラセア三株、オステオフロール二株、そして血の滲んだ緑色の魔晶——一階魔獣・トゥンムーフォの魔晶だ。


机の上に材料を並べる。


『揃っているな』オーグリは満足そうに言った。『清露薬の材料は、これで全部だ』


「それで、どうすればいい?」


『焦るな。まずは大きな盥に水を用意しろ。それから——』


オーグリは一拍置いて、意味ありげに笑った。


『今夜、お前は生まれ変わる。七年間枯れ続けた魔力の源泉を甦らせ、再び魔法師としての道を歩み始める。心の準備はいいか?』


レオンは机の上の材料を見つめた。


ヴィオラセア、オステオフロール、魔晶——これらが、自分の運命を変える第一歩になる。


「準備はできている」


『よし』


オーグリの声に、かつてない真剣さが宿った。


『では、始めるぞ——エーテル液の調合をな』


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