レオン 坊市にて
一刻ほど前——
坊市の内環区は、人で溢れかえっていた。
様々な露店が軒を連ね、客引きの声が四方八方から響いてくる。レオンはルオシーを連れて、雑踏の中をゆっくりと進んでいた。
エヴィルとは先ほど別れたばかりだ。彼女には商会の委託所を見てもらい、自分は冒険者ギルドの方を回ることにした。
露店には実に多種多様な品物が並んでいる。魔獣の素材、鉱石、薬草、古びた魔法道具、出所の分からない巻物……
「坊ちゃま」
ルオシーが隣で小声で注意した。
「ここには偽物も多く出回っております。お気をつけください」
レオンは頷いた。
坊市は自由だが、玉石混交の場所でもある。本物もあれば偽物もある。好機もあれば罠もある。
『左の露店だ』
不意に、オーグリの声が脳裏に響いた。
『魔晶がある。水系だ』
レオンは何気なく視線を動かした。
通りの隅に、粗末な露店があった。店主は髭面で、どこか目つきの悪い傭兵風の男だ。店先には魔獣の素材——牙、爪、毛皮——が並び、その隅に大小様々な魔晶がいくつか置かれていた。
レオンは近づき、しゃがみ込んだ。
「坊ちゃん、何かお気に召しましたかい?」
店主がにやりと笑い、黄ばんだ歯を見せた。
レオンの視線は、淡い青色の魔晶に落ちていた。親指ほどの大きさで、表面にはまだ血の跡が残っている。
『水霊蜥の魔晶だな。低級品だが、品質は悪くない』
オーグリが続けた。
『血が乾いていないところを見ると、獲れたてだ。新鮮な方が魔力の保存状態がいい』
レオンはすぐには興味を示さず、何気なく魔晶を手に取り、軽く上に放って遊んだ。
「これは何の魔獣の魔晶だ?」
「へへ、坊ちゃんお目が高い」
店主は慌てて言った。
「こいつは低級魔獣の水霊蜥の魔晶でさ! 低級品の中じゃ、かなり上等な部類ですぜ。こいつを狩るために、俺たち鉄槌傭兵団は三日も張り込んで、仲間が二人も怪我しちまいましてね……」
店主は大げさに腕を広げた。
「坊ちゃんがお気に召したなら、三百金貨でどうです? これでも勉強した方ですぜ!」
『嘘だな』
オーグリが鼻で笑った。
『水霊蜥は確かに魔獣だが、攻撃力は大したことない。二星の戦士が三人もいれば、半日で仕留められる。三日も張り込んで怪我人が出るなんぞ、よほどの素人集団だ』
『それに、低級水系魔晶の相場は二百から二百五十金貨だ。三百は完全にぼったくりだぞ』
レオンは指で魔晶の血の跡を擦った。確かに、まだ完全には凝固していない。
彼は店主の胸元にある二つの銅星の徽章をちらりと見て、何気なく言った。
「高いな。一般的な低級魔晶の相場は、二百から二百五十金貨の間だ。それに水霊蜥は魔獣とはいえ、攻撃力はそれほど高くない。お前たちの仲間、まさか正式な戦士の域にも達していないのか?」
店主の口元がひくついた。目の前の少年が市場価格と魔獣についてこれほど詳しいとは思わなかったのだろう。
「じゃ、じゃあ……二百八十で……」
「高い」
「二百六十……」
「まだ高い」
「に、二百五十! これ以上は本当に無理ですぜ、坊ちゃん!」
店主は泣きそうな顔をした。
「仲間たちも食っていかなきゃならねえし……」
「はぁ……」
レオンは店主の不安そうな視線の中、わざとらしくため息をついた。
それから身をかがめ、露店の上で適当に手を動かし、傍にあったいくつかの安い魔獣素材も一緒に掴んだ。水狼の牙が二本、火蜥蜴の爪が三つ、それから正体不明の毛皮が一枚。
「二百三十で、全部まとめてくれ」
店主の目が素早くレオンの手の中の品物を確認した。どれも大した価値のない端材ばかりだ。全部合わせても、せいぜい十金貨程度だろう。
だが、二百三十金貨で魔晶が売れるなら、十分な利益だ。
「……へい、毎度!」
店主は渋々頷いた。
レオンは金貨の入った袋を放り投げ、品物を受け取ると、さっさと立ち去った。
「坊ちゃま、お見事でございました」
ルオシーが感心したように言った。
「値切り交渉、とてもお上手でしたね」
「別に大したことじゃない」
レオンは肩をすくめた。
『へえ、小僧もなかなかやるじゃないか』
オーグリが脳裏で面白そうに笑った。
『買い物一つにも、随分と気を遣うんだな。昔のお前なら、言い値で買っていただろうに』
『この手の商人は狡賢いからな』
レオンは心の中で淡々と答えた。
『こっちが何に興味を持ったか悟られたら、すぐに値を吊り上げてくる。俺はカモにはなりたくない』
『ふん、まあいい。とにかく水系魔晶は手に入った。これで清露丹の材料は揃ったわけだ』
オーグリは満足そうに言った。
『さっさと戻って、錬金を始めるぞ。時間は有限だからな』
「ああ、分かってる」
レオンは頷いた。
残りの金貨を確認する。ティモシー兄さんに借りた四百金貨のうち、材料費で三百五十七金貨を使った。残りは四十三金貨。
「さて、エヴィルと合流するか」
レオンは約束の場所に向かって歩き出した。ルオシーが静かにその後をついてくる。
◆◇◆
約束の場所に近づいた時、レオンは足を止めた。
前方の通りに、人だかりができている。
何事だろうか。
人垣の隙間から覗き込むと——
銀色の髪が見えた。
エヴィル。
そして、彼女の前に立ちはだかる男たちの姿。上等な服を着た青白い顔の青年と、その後ろに控える四人の従者。青年の手には縄が握られており、縄の先には——
小さな人影が繋がれていた。
銀白色の髪。尖った耳。ボロ布を纏った、痩せこけた体。
——エルフの子供?
『おい、あれは——』
オーグリの声が響いたが、レオンはそれを聞いていなかった。
青年がエヴィルに何かを差し出している。小さな箱だ。エヴィルは断ろうとしているようだが、青年はしつこく迫っている。
レオンの目が細くなった。
あの男——レイノルド家の長男だ。女癖の悪さで有名な放蕩息子。エヴィルに付きまとっているという噂は、以前から耳にしていた。
エヴィルの表情は冷たいが、どこか困っているようにも見える。そして——彼女の視線が、一瞬だけ青年の手にある箱の中に吸い寄せられたのを、レオンは見逃さなかった。
箱の中で、何かが青く光っている。
——まさか、魔晶か?
エヴィルの手が、ゆっくりと伸びようとしていた。
「……馬鹿が」
レオンは舌打ちし、人混みをかき分けて足早にその場に向かった。
【続く】
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