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錬金系の落ちこぼれ四男、辺境で最弱から最強領主に成り上がる  作者: 穏やかな旅人


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第21話 伝説の錬金術師


「錬金術師とは何か」


老人――その半透明の姿が、ゆらりと一歩前へ出た。


地下研究室の冷たい空気の中、金色の片目だけが、燭火のように揺れている。


「お前は今、こう思っただろう。金ばかりかかる貴族の道楽。戦場では役に立たん、最底辺の流派だ、と」


レオンは答えなかった。否定もしなかった。


それが答えだと、老人には分かっている。


「いいか、小僧」


老人の声が、低く、深くなった。


「他の十大流派――力場系も、元素系も、死霊系も、奴らがやっていることは、所詮『力をぶつける』ことだ」


「炎を放つ。雷を落とす。死者を起こす。風を斬る。やり方は違えど、本質は同じ。既にあるものを、ぶつけ合っているだけだ」


老人は皺だらけの手を、ゆっくりと持ち上げた。


「だが錬金術は違う」


「錬金術とは――この世界そのものを、書き換える術だ」


レオンの眉が、わずかに動いた。


「世界を……書き換える?」


「そうだ」


老人はニヤリと笑った。


「鉄を、金に。石を、薬に。水を、毒に。毒を、霊薬に。この世のあらゆる物質は、より小さな『理』の組み合わせでできている。その組み合わせを解き、組み替える――それが、錬金術の真髄だ」


「物質変換の術。あるいは古い言葉で――」


金色の瞳が、不気味な光を帯びた。


「『覇金術』とも呼ぶ」


「……覇金術」


レオンは、その響きを口の中で転がした。


前世の記憶が、わずかに疼く。元素。分子。組成。物質を構成する、目に見えない単位――この老人が言っているのは、それに近い概念ではないか。


「面白い顔をするな、小僧」


老人は彼を見据えた。


「お前、何かを知っているな? 物質が、もっと小さな何かでできていると――その目はそう言っている」


レオンは答えなかった。だが、その沈黙が老人を満足させたようだった。


「いいだろう。話が早い」


老人は両手を広げた。半透明の指先から、淡い光の粒子が散る。


「では教えてやろう。錬金術師に『できないこと』を探す方が、難しい」


「炎の魔法師は、炎しか出せん。水の魔法師は、水しか操れん。だが錬金術師は――炎を生む薬を作り、水を操る道具を打ち、雷を封じた石を錬る」


「武器が欲しければ、鋼より硬い金属を錬成する。鎧が欲しければ、魔力を弾く合金を鋳る。傷を癒したければ、霊薬を煮る。毒を盛りたければ――まあ、これは趣味の悪い話だが、できる」


老人の声に、抑えきれない誇りが滲んだ。


「魔晶を精製し、薬草の力を引き出し、法器に術式を刻む。一人で武器も、防具も、薬も、道具も生み出せる。戦場に立たずして、戦場のすべてを支配する」


「これが――役立たずに見えるか?」


レオンは、しばらく黙っていた。


そして、低い声で問うた。


「……だが、なぜ世間は錬金術を見下す」


「ふん。良い問いだ」


老人は鼻を鳴らした。


「理由は三つ。第一に――金がかかる。材料、設備、失敗の山。一人前になるまでに、貴族の財産が一つ二つ消える。だから貧乏人には手が出せん」


「第二に――時間がかかる。炎の魔法師は、三年も鍛えれば戦場に出せる。だが錬金術師が一人前になるには、十年、二十年。気の短い者には向かん」


「そして第三に――」


老人の声が、ふいに沈んだ。


「本物の錬金術師が、あまりにも少なくなった」


「かつて錬金術は、十一流派の頂点にあった。国を富ませ、軍を支え、王さえも錬金術師に頭を下げた時代があった。だが――その奥義の多くは、失われた」


「今、世に残るのは、魔法蝋燭や錬金インクを作る、町の小細工師ばかり。奴らは錬金術の『殻』しか知らん。だから世間は、それを錬金術だと思い込んでいる」


老人は、ゆっくりとレオンを指さした。


「お前が地下で見つけたこの部屋。この研究施設。これこそが、本物の錬金術の世界だ」


「お前の母方――アシュモア家は、ただの星相系の名家ではない。失われた錬金術の奥義を、密かに受け継いできた一族だ」


レオンは、改めて大広間を見回した。


天井の立体星図。十二本の石柱。中央に浮かぶ水晶球。壁を埋め尽くす書架と、無数の錬金装置。


最弱の道楽芸の部屋には――到底、見えなかった。


「お前の鑑定結果は、錬金系だったな」


老人が言った。


「世間はそれを『ハズレ』と呼んだ。落ちこぼれの烙印を押した」


金色の瞳が、まっすぐにレオンを射抜く。


「だがワシに言わせれば――それは、この世で最も価値のある属性だ」


「炎も雷も出せん。だが、炎を生み出すすべてを作れる」


「魔力値3? 結構。錬金術に、馬鹿げた魔力量など要らん。要るのは知恵と、根気と、世界の理を読み解く目だ」


老人は、にやりと笑った。


「そしてお前には――前世の知識という、とんでもない元手がある。違うか?」


レオンの心臓が、跳ねた。


「……なぜ、それを」


「ヒッヒッヒ、隠すな。お前の物の見方、物質への問いの立て方。この世界で生まれ育った子供のものではない」


老人は愉快そうに髭を撫でた。


「まあいい。詮索はせん。どこから来た魂だろうと、ワシには関係ない」


「重要なのは――お前が、稀有な器だということだ。強い魂、冷静な頭、そして物質の理を見抜く目」


「七年かけて、ワシはお前という器を育てた。そして今、お前は自分の足でここまで来た」


老人の投影が、燭火の中で揺れる。


「運命とは、皮肉なものだな」


レオンは、長い間、沈黙していた。


胸の奥で、何かが静かに燃え始めていた。


七年間、自分を縛り続けた「錬金系の落ちこぼれ」という言葉。鑑定の水晶の前で、広間中に響いた嘲笑。父の失望。婚約破棄。北の辺境への追放。


そのすべてが――前提から間違っていたとしたら。


落ちこぼれの属性などではなく、この世で最も価値のある属性を、自分は引き当てていたのだとしたら。


「……一つ、聞かせてくれ」


レオンは顔を上げた。


その碧い瞳には、もう先ほどまでの落胆はなかった。


「あんたは、本物の錬金術師なんだな? 町の小細工師じゃない。失われた奥義を知る、本物の」


「ヒッヒッヒ」


老人は、しわだらけの顔をくしゃりと歪めて笑った。


「ようやく、まともな目になったな、小僧」


「ああ、そうだ。ワシは本物だ。それも――」


金色の瞳が、ぎらりと光った。


「お前が想像もつかんほどの、な」


レオンは、ゆっくりと拳を握りしめた。


魔力値3。錬金系。Fランク。


世間が貼ったその札を、今、自分の手で剥がす時が来た。


部屋の中央、浮遊する水晶球の銀光が、二人を静かに照らしている。

レオンは、半透明の老人の姿をまっすぐ見つめた。


そして、口を開いた。


「あんた――俺の師匠になってくれ」


地下室に、レオンの声が反響した。


老人は、しばらく無言でレオンを見つめていた。金色の瞳が、値踏みするように細められる。


「ほう? ついさっきまで、錬金術を最底辺の道楽だと見下していた小僧が、か」


「……それは認める」


レオンは決まり悪そうに頬を掻いた。


「だが、考えが変わった。あんたの話を聞いて、分かった。錬金術は――俺が思っていたようなものじゃない」


彼の声に、隠しようのない熱が籠もる。


「俺は七年間、魔力を奪われ続けた。家にも見限られ、婚約者にも捨てられ、辺境送りが決まってる。世間は俺を『魔力値3の出来損ない』と呼ぶ」


「だが、その失った魔力は、全部このペンダントの中だ。そして、それを取り戻す手段が、錬金術なんだろう?」


レオンは胸元の星導石を握りしめた。


「俺は、ここから這い上がる。奪われたものを、全部取り戻す。だから――あんたの知識が要る」


金色の瞳が、じっとレオンを見据えた。


そして――


「ヒッヒッヒ」


老人が、低く笑い始めた。


「動機が、復讐と成り上がりか。実に俗っぽいのう」


レオンの眉が動いた。


「だが――悪くない」


老人の笑みが、深くなる。


「きれいごとを並べる小僧より、よほど信用できる。本物の渇望ってのは、人間を遠くまで連れていくからな」


「じゃあ――」


「いいだろう。お前を弟子に取ってやる」


あっさりと、老人は頷いた。


レオンが、わずかに拍子抜けした顔をする。


「……ずいぶん簡単だな」


「何だ、もっともったいぶってほしかったか?」


老人はカラカラと笑った。


「言っておくが、ワシの教えは厳しいぞ。途中で泣き言を吐くようなら、今のうちに断れ。錬金術は、生半可な覚悟じゃ一歩も進めん」


「泣き言は吐かない」


レオンは即答した。


「七年間、嘲笑に耐えてきたんだ。今さら、何を恐れることがある」


「……いい目だ」


老人は満足げに頷いた。それから、もったいぶるように長い髭を撫でる。


「ワシの名は――オーグリ。来歴は、今は言わん。お前が気を散らすだけだからな。今はそれだけ覚えておけ」


「オーグリ……師匠か」


「ヒッヒッヒ、師匠。悪くない響きだ」


オーグリは愉快そうに目を細めた。


水晶球の銀光が、地下研究室の中で、二人を静かに照らしている。


七年間、空白だったレオンの胸の奥に――今、確かな何かが、根を下ろした。


ここから始まる。


魔力値3の落ちこぼれと蔑まれた少年の、本当の物語が。

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