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錬金系の落ちこぼれ四男、辺境領主として無双する  作者: 穏やかな旅人


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第128話 質問壁と取引

レオンはペンを手に取った。


「ちょ——ちょっと待ってください!」


ゲルハルトが慌てて声を上げた。


「何だ」


「あなた、まさかこの問題に回答を書くおつもりですか?」


「ああ。駄目なのか」


「駄目ではありませんが……」ゲルハルトは言い淀んだ。この壁の問題は、現役の錬金術師たちが何年もかけて解けなかったものばかりだ。いくら筆記で満点を取ったとはいえ、今日入ったばかりの新入りに解けるとは思えない。「その、典籍の知識だけでは——実際に精製を経験した者でないと——」


「書けるなら問題ないだろう」


レオンは壁の前に立った。


最上段の一枚を見上げた。四百年前の紙。深い紫のインク。


『——エリクシル・プリムスの精製における、第七属性転換点の安定化条件を求む——』


椅子を引き寄せて上に立ち、受付の娘が差し出した白紙を四百年前の紙の下に貼った。


ペンにインクを含ませた。


『いいぞ、小僧。書け。ワシが言う通りに』


オーグリの声が脳内に響いた。


レオンはペンを走らせた。


ゲルハルトは苦笑していた。まさか四百年の難問に答えるつもりか。無謀にもほどがある。まあ若さゆえの——


ゲルハルトの目が、レオンの手元に吸い寄せられた。


書かれていく文字を、目が追った。


一行目で、眉が上がった。


二行目で、片眼鏡がずれた。


三行目で——息が止まった。


レオンは書き終えた。署名を入れた。ペンを置いた。


椅子から降りた。


回答はたった三行だった。


ゲルハルトは壁面に近づいた。三行を読んだ。もう一度読んだ。三度目を読もうとして——手が震え始めた。


「……そんな……こんな単純な……」


ヨルグが隣に立ち、三行を読んだ。


顎鬚を撫でる手が止まった。


「ゲルハルト。これは正しいのか」


「正しい……正しいどころではない。これを読めば——なぜ今まで誰も気づかなかったのか、そちらの方が不思議になる。だがそれは——」


「後知恵だからだ」ヨルグが低く言った。「答えを見れば簡単に見える。だが答えに辿り着くのは——四百年間、誰にもできなかった」


二人の老錬金術師は顔を見合わせた。


受付の娘は内容を理解できていなかったが、二人の様子だけで十分だった。口元を手で押さえ、目を見開いている。


◆◇◆


騒ぎを聞きつけたのか——隣の理事室の扉が開いた。


マルガレーテ・ヴィルヘルムが姿を現した。銀のローブ。栗色の髪。切れ長の目。


「ゲルハルト、何事。あなたの声が廊下まで——」


ゲルハルトは壁面を指差した。声が掠れていた。


「理事。質問壁の——最上段を、ご覧ください」


マルガレーテは壁に近づいた。四百年前の紙。その下の真新しい白紙。三行の回答。


読んだ。


足が止まった。


読み返した。


マルガレーテの目が見開かれた。「生涯をかける価値のある問い」——自らそう言っていた、あの問いに、答えが書かれている。


署名——レオン・セレストーム。六級初級錬金術師。


振り返った。レオンを見た。


「……これを書いたのは、あなた?」


「ああ」


「四百年間、帝国中の——」


「壁に貼ってあったから、答えた」


マルガレーテは三行に目を戻した。もう一度読んだ。それから目を閉じた。


開いた時——目の色が変わっていた。


「レオン・セレストーム。——あなた、一体どこでこれだけの知識を身につけたの。筆記の答案も尋常ではなかった。そしてこの回答。……独学とは言わせないわよ」


ゲルハルトとヨルグも同じ顔をしていた。誰もが同じことを思っている。十五歳の少年が、独力でここまで辿り着けるわけがない。


レオンは一瞬だけ間を置いた。


「——師匠がいる」


『ほう。ワシの存在を明かすのか』


『存在だけだ。名前は出さない。師匠が言ったんだろう、ここの連中の前で名前は出すなと』


『ふん。上手く使え』


マルガレーテの目が光った。


「師匠? どなた」


「名前は言えない。人前に出るのを嫌う方だ」


「嫌う? これだけの知識を弟子に与えられる人物が、無名のはずがない。少なくとも三級マイスター以上——いえ、この回答を書ける師なら、二級グランドマイスターでもおかしくない」


「名前は言えない」


レオンは繰り返した。


マルガレーテは数秒、レオンの顔を見つめた。嘘かどうかを見極めようとしている。だがレオンの表情は動かなかった。


ヨルグが腕を組んで言った。


「理事。隠棲した高位錬金術師は、珍しくない。協会を離れた者の中には、名を伏せて弟子だけを送り出す者もいた。——ワシの師もそうだった」


マルガレーテは小さく息を吐いた。


「……わかったわ。師匠の件は追及しない。——でも、一つ確認させて」


レオンを真っ直ぐに見た。


「あなたの師匠。その方は——最近、シュテルンモースに関する論考を、この協会に匿名で送ってこなかった?」


部屋の空気が変わった。


ゲルハルトとヨルグは意味がわからず、首を傾げている。だがマルガレーテの目は鋭かった。匿名の論考。星素シュテルンエッセンツの触媒効果。あの論考を書ける人間は、帝国中を探しても片手で数えるほどしかいない。——そして今、目の前に、それと同等かそれ以上の知識を持つ少年がいる。


レオンは一呼吸だけ間を置いた。


「——ああ。あの論考は、俺が送った。師匠の指示で」


マルガレーテの指が、机の上で小さく叩いた。


「……やはり」


立ち上がった。壁面の三行の回答をもう一度見た。それから、レオンに向き直った。


「場所を変えましょう。理事室へ。——あなたとは、ゆっくり話す必要がありそうだわ」


◆◇◆


理事室。


マルガレーテは机の向こうに座り、レオンと向き合った。ゲルハルトとヨルグは部屋の隅に控え、受付の娘は記録机に着いた。


「整理するわ」


マルガレーテは腕を組んだ。


「あなたは——あるいはあなたの師匠は——シュテルンモースの論考を匿名で協会に送り、私に検証させた。その間に市場の在庫を買い占めた。協会が公式に価値を認めた途端、価格は暴騰。そして供給の大半を握っているのは、あなた。——ここまでは合っている?」


「正確だな」


「褒めてないわ」


マルガレーテは引き出しから紙を出した。シュテルンモースの市場価格推移。


「帝都のシュテルンモースはほぼゼロ。成長期は三年。つまり、向こう三年間——」


「錬金術師は俺から買うしかない」


「その通り。そして今日、あなたは筆記十割で六級を取得し、四百年の難問を解いた。……立場を作ってから交渉に来る。周到ね」


「褒め言葉として受け取っておく」


マルガレーテの目が僅かに細くなった。怒りではない。面白がっている——ような目だった。


「それで。何が欲しいの」


レオンは鞄から羊皮紙の束を取り出し、机の上に置いた。三枚。


「まず、これを見てくれ」


マルガレーテが一枚目を手に取った。目を通す。表情が変わった。


「——これは」


「高純度回復薬ハイルトランク・レインの改良処方。工程を二つ省き、成功率を九割に引き上げる。コストは従来の半分以下だ」


二枚目。


「持続型魔力回復剤マナ・レストア。現行品の三倍の持続時間」


三枚目。


「解毒万能薬パナケイア・アンティドトゥム。一種類で八割以上の毒に対応する」


マルガレーテは三枚を並べ、一枚ずつ読み返した。顔を上げた。

「……これも、師匠から?」

「ああ」


「とんでもない師匠ね」


『ふひひ。褒められておるぞ、ワシ』


レオンは無視した。


「処方箋三枚とシュテルンモースの優先供給権。これを協会に提供する。——代わりに、金が欲しい」


マルガレーテの眉が上がった。


「2週間後に北の辺境へ発つ。父上の命で封地の管理を任された。村一つと鉱山一つ。何もない場所だ。立て直すには資金がいる」


セレストーム侯爵家の四男。辺境への左遷。——その噂はマルガレーテの耳にも入っていた。


「具体的には三つ。——第一、処方箋三枚とシュテルンモースの優先供給権と引き換えに、前金として金貨五百枚。以後のシュテルンモースは市場価格の七掛けで供給する」


「第二、協会の品質認定印。辺境で精製した薬剤に、協会の名を付ける」


「第三、協会の流通網。辺境から帝都への物流経路がない」


マルガレーテは指先で机を一度叩いた。


「金貨五百枚は大きい。——だけど」



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